第20話 大陸横断鉄道<1>

「最近の列車は快適だな」


 大陸横断鉄道の個室シートに腰掛けて、マイルズは窓に顔を向ける。

 大陸を斜めに分断する巨大な山脈が、空に独特なシルエットを描き出していた。

 長距離列車の個室にはロフトベッドの下に小机とソファが用意されている。シートのクッションも柔らかく、マイルズを鉄道の旅にいざなう。

 クローゼットにしまわれたトランクケースには、用意した武器が――含まれていない。ひとつとして持ち込んでいなかった。

 大量に武器を確保したうえでゾロゾロと持ち歩いていれば即座にマークされる。仕入れを担当したマイルズは、武器の輸送をカルロスに任せ、身一つで故郷の王国へと乗り込むことになっている。

 護身用で申請した愛用のリボルバーしか武装がないマイルズは、くつろいだ表情でソファに体を預けていた。

 個室の扉がノックされる。


「失礼、マイルズ・スミスさん。少々よろしいですか」


 マイルズは扉に目を向けた。

 すりガラス越しに、身を屈める大男の人影が見える。


(警察……違うな。駅員でもない。なるほどな)


 思案は一瞬。マイルズはすぐに立ち上がる。金具に引っかける簡単な鍵を外し、扉を開けた。


「どうぞ」

「これはどうも」


 柔和な笑みを浮かべるグレースーツの大男。ラグビーかレスリングの選手といった大きな肩を縮めて、恭しく部屋に押し入った。後ろ手に扉を閉め、鍵をかける。

 マイルズを見て、折り目正しく頭を下げた。


「お初にお目にかかります、マイルズ・スミス元大佐。竜翼受勲者とお会いできて光栄です」

「情報部の人間か」


 正体を言い当てられた男は、感情をおくびにも出さずに鷹揚にうなずく。


「ええ。私のことは、ニンジャとでもお呼びください」


 マイルズは大男を見た。


「……好きなのか?」

「はい!」


 ニンジャは笑みを輝かせる。

 マイルズは呆れ顔を隠さず、シートに腰を下ろした。


「それで、なんの用かな。ミスターニンジャ」


 ふほっ、と変な声があがった。ニンジャはにやけ顔を大きな手で覆い隠してよそ見をする。


「ふふ……なに、あなたには協力者が必要なのではないかと思いまして。具体的には、危険物に国境線を超えさせられるような協力者が」


 マイルズは思索を眼光の奥にひそめ、目を細める。


「狙いは?」

「実はあなたがたが襲われた武装組織、あれは実質、王国の陸軍特殊部隊でして。恥ずかしながら……愛国心なき若輩者たちが、CTI社に引き抜かれる形で"警備会社"を設立してしまったんです」

「なるほど。お灸を据えたいってわけか」

「かといって迂闊に横槍を入れれば、しっぺ返しは痛いじゃ済まない。手を出しあぐねていたところなんですよ。うまいこと親玉を潰してくれればと思います」


 本物の特殊部隊員が、軍事会社の金とコネを使って好き放題している。その代わりにいいように扱われる。そんな不名誉の極致を演じているのが、あのM10というわけだ。

 うなずいたマイルズは顔をしかめてニンジャを見る。


「しかしな、こちらは少数だ。相手を選ぶ余裕はないぞ」

「もちろん。彼らとて承知の上で選んだ道でしょう。軍と違って強制力のない仕事なんですからね。それに、ちゃんと労災が通るみたいですよ」

「福利厚生を任務の理由にするやつはいない」

「ま、そうでしょうな」


 ニンジャは通じなかった冗談を流して肩をすくめる。

 マイルズは唇に指を添え、アームレストを指で叩いた。


「特殊部隊が勝手に動いて、お前がここに来た。……情報部はどこまでつかめている?」


 マイルズは知っている。特殊部隊飼い犬軍事機密M10ノウハウをくわえたまま首輪を抜け出したというのに、軍は動向を把握できていないことに。カルロスの地固めは大いに状況を先んじている。

 ニンジャは自身の不明を恥じるように、困窮した眉を揉み解す。


「正直なところ、確かなことはなにも。特殊部隊の辞職と暴走に関してCTI社の裏工作があったらしい……というだけです。いくら裏が取れて信頼できる相手だからって、すでに部外者になった人間に期待する程度には空手形ですよ」

「情報部も落ちたものだ」

「積極的に情報収集を控えた判断は正しかったと思っていますよ。熟達した兵士の勘はどこで働くか分からない。実際、あなたは一瞥で私の正体に気づきましたからね。さすが――陸海空の全軍から選抜されたエリート中のエリート組織、騎士団ナイツに選ばれたお方だ」


 マイルズは黙って肩をすくめる。

 特殊部隊を支えているのは、実のところ特別な技術でも特殊な能力でもなんでもない。「軍」という巨大なバックアップだ。

 太い兵站、潤沢な装備、最新鋭の兵器、それらの緻密な連携と、積み重ねた高度な訓練。そういった「軍隊のすべて」を少人数のかたちに濃縮した"高純度の軍人"――それが特殊部隊だ。

 換言すれば……個々人にできることは限られる。バックアップ体制がなければ、人間にできることしかできなくなってしまうのだ。

 大きく息を吐いて、マイルズはヘッドレストに頭を預けた。


 だから、あの紅い機体に負けた。


「……その抜けた特殊部隊員が作った"警備会社"に、魔導外殻の操縦が抜きんでたやつはいるのか? あるいは、外部のそういう人間は」

「もちろん全員が高度な訓練を積んでいますが……そういう意味ではないですよね。彼らは自分たちが最優のチームだと考えているから独立したんです。外部の人間を招き入れることはないでしょう。それがなにか?」


 怪訝そうなニンジャに、マイルズはあいまいに返事をする。

 ニンジャは自称どおりなにもかも調べ上げたわけではないらしい。兵器散乱事件……それを引き起こした紅石色の機体については知らないようだ。


 あの機体――。

 あれは、おそらく軍の関係者ではない。

 ルーシーもハッサも紅色の機体も姿を消した、すべてが終わった後にようやくコックピットから脱出したマイルズは目の当たりにしている。

 道路にはマイルズの機体だけでなく、あのM10まで崩壊させられていた。

 軍事機密を無頓着に放り出して立ち去るなど、一線を退いたマイルズでさえ抵抗がある。

 さらにもう一つ。

 隔絶した魔術の技量がある。

 あれほどの魔術はもはや、特殊部隊"ごとき"で到達できる領域ではなかった。

 謎の勢力の介入――マイルズが情報収集を焦り、武力行使さえ厭わない覚悟で臨むのは、その存在が大きかった。

 マイルズは物思いから顔をあげて、プロレスラーのような体格のニンジャを見る。


「お前たちは俺になにをさせるつもりだ? 仲間のメンツのために体を張るほど誠実な組織でもないだろう」

「これは手厳しい」


 照れたように自分の額を叩いたニンジャは、誤魔化さずに口を開く。


「実際のところ、糸を引いているCTI社の連中には目星がついています。あとは具体的に誰がどこでなんの役割を演じたか絞り込み、首を挙げて見せしめにしなければいけません。そのためには特殊部隊が期待以上の迅速さで成果を挙げてしまっては困る。あなたに頼みたいのは陽動と妨害。相手の急所に蹴りを入れてくれればもっといい。その過程であなたの望みは達成されることでしょう。これはそういう取引です」

「要するに」


 話を吟味したマイルズは顔をあげてニンジャを見た。


「俺には関係ない事情で、お前たちが暴れる手伝いをしてくれるわけだ」


 身も蓋もない言葉に苦笑して、ニンジャはうなずく。


「その通りです」


 マイルズは険しい表情を緩めて破顔する。

 二人は固く握手を交わした。


「取引成立だ」

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