プロジェクト・オーダードライブ
留戸信弘
プロジェクト編
第1話 オーダーワン
「うおおぉあああああああ!?」
マイルズは猛烈な回転Gに抗いながら、一対の操縦桿を握りしめる。
わずかな手首の傾きひとつで、眼前を滑る山の斜面が軽やかにロールする。
『オーダーワン』涼やかな、しかし緊張感をはらんだ声。『機体を立て直してください』
「んなこと言ったってな……!」
フットペダルを小刻みに踏み込み、回転に繊細なカウンターを当てていく。――かくんと、すっぽ抜けるように高度が失せた。
裾野に広がる樹林がスクリーンいっぱいに迫る――接触。
「――おぅふ!」
衝撃に揺れる。
スクリーンの景色が縦に巡り、後方の空に赤い人影がよぎった。
高さは成木と同じほど。赤い鎧甲冑の背から青い火を曳いて飛んでいる。肩の装甲に02の印章。ロボット――人型を模した機体だ。
警告音のオーケストラ。視界に機体の模式図と損傷箇所が示される。こちらも人型、頭部が橙色で描かれている。
「くっそ!」
マイルズは歯を食いしばり、視界を広く取る。無数の計器を一覧して全てに同時に対応する。
嵐に巻かれる枯葉のようにすっ飛ぶ機体をなだめすかし、水平を戻し高度を回復、スラスタを切り替えて、
常軌を逸した加速。
宙返りして背中から地面に特攻した。
「ごっはァ!」
木々を砕き、地面をえぐり、轟音が山に響き渡って――そして機体は静止した。
『オーダーワン! 無事ですか!?』
警告音の嵐をついて、焦った声が耳に届く。
装甲に枝が落ちるパチパチという音が減っていく。
まるで舞台を照らす脚光のように、警告灯がマイルズを照らしていた。ステイタスモニタに映る人型はひたすら赤だ。ひとまず、完全に断絶した箇所はない。
マイルズは詰めていた息を吐き出す。
「なんとか……生きてるよ」
『あなたの安否など誰も聞いていません』
涼やかな声は険を帯びて一蹴した。
『オーダーワンは無事か、と聞いているのです。これでオーダーワンが故障していたら、あなたの五臓六腑を塩漬けにしてオーク林にばらまきますよ』
「ちょっとくらい労わっても罰は当たらないぞ、ルーシー」
シートにひっくり返ったまま、マイルズは呆れ顔でスクリーンを見上げた。
樹林の上から窺っている赤い機体。観測する若い技術者に言い返す。
「こっちは三十過ぎの退役軍人なんだぞ。俺が怪我したら他の誰に頼むんだ?」
ぐっとルーシーは声を詰まらせた。
『あなたでなければ……歩くことすらままなりません。怪我はありませんか、マイルズ』
「かすり傷ひとつないよ、現金な子猫ちゃん」
マイルズは背もたれに頭を預けて力を抜いた。
ジャケットの胸には騎士団徽章が縫われている。刻まれた勲章は竜翼蒼殊勲。エースパイロットの証明書だ。
そんな男の駆る青い機体は、手足を投げ出して山に倒れている。
操縦桿に指を添えると、魔力炉から凶暴な唸り声がする。
「あぁ、まったく」
マイルズは自力で起き上がるのを諦めて、操縦桿から手を放した。大人しく救援を待つ。
「魔導外殻に二十年乗ってきて、こんなじゃじゃ馬は初めてだ……」
オーダーワンという符丁は、機体以上に魔力炉としての意味合いが強い。
その数字はゼロドライブから始まる特殊魔力炉、その試作を示す。
ドックで整備される青い機体――オーダーワンをキャットウォークから見下ろして、マイルズはカロリージェルのパックを絞る。ふうと息をついてつぶやいた。
「魂喰らい、ね」
マイルズの隣でボードに留めた書類をめくっていたルーシーが冷ややかな目を向けた。
「ゼロドライブがどうしました?」
彼女は生まれつきこの目つきだ。金髪碧眼長身美女に合わさって苦労しているらしい。
マイルズは両手をあげて肩をすくめる。
「あんな悪趣味なものを作るなんて、開発者はさぞ性根がねじ曲がっていたんだろうとね」
「……どうでしょう」
ルーシーは書類から顔をあげ、オーダーワンを搭載する青い魔導外殻を瞳に映す。
「魂を炉にくべて莫大な魔力を
「ろくでもない話だ。そこまで膨大な魔力がいったい何に必要だったのかね」
「……分かりません。使われた記録も形跡も、どこにもありませんから」
ルーシーは興味をなくしたように手元の資料に視線を落とす。
「いずれにせよ、現代に殺人機械は必要ありません。生きて帰ってこれる程度に性能を落としたコピーを作る。それがプロジェクト・オーダードライブ……あなたの任務です。マイルズ、次の試験に備えて休みなさい」
十歳近く年下の技術者に厳しい口調で命令され、マイルズは肩をすくめた。手すりをつかんでルーシーの細い横顔を覗き込む。
「だが、試作機はすでに六つを数えてるだろう? 聞いた話、オーダーシックスは実用化の段階に向かっているそうじゃないか。オーダーワンのデータなんて取る必要があったのか?」
再び冷ややかな目で、ルーシーはマイルズをにらむ。マイルズは彼女の目つきに感情がこもっているのか自信が持てない。
瞑目したルーシーはため息に解けるように口を開く。
「……オーダーワンだけは、プロジェクトの産物ではないからです。常識外れの水準を保ったまま、乗員の犠牲を抑えた非侵蝕魔力炉。現物だけを置いて行方をくらませた謎の天才、イデア・グレースの残した、現代のオーパーツです」
「で、俺はオーダーワンをおだてて神秘のヴェールを脱がすダンスパートナーというわけだ」
マイルズの言い回しに、ルーシーはわずかに目元をゆがめる。小首を傾げ、冷たい視線を送った。
「今日はフェアレディの足を踏んで怒らせたようですが」
「彼女は踊りが激しすぎるんだ。パートナーのことを考えてくれない」
大げさに嘆いて見せながら、マイルズは心中で安堵する。冗談で返したということは、機嫌を損ねたわけではないらしい。
ドックに顔を向ける。整備されているのは二機。オーダーワンともうひとつ。実用化に向けて最終モデルへの調整が進むオーダーシックスだ。
「聞きたいのは俺の任務のことじゃない。なぜプロジェクトが終わらないのか、だ。実用化に向かうモデルが決まったなら、プロジェクトがゴールに近づいたってことだろう? オーダーワンはその逆、いわば開発のためのヒント集め。やってることがちぐはぐだ。つまり、言い換えよう」
マイルズはカロリージェルを握ったままの手で、オーダーワンを示す。ルーシーを見た。
「なぜ、この期に及んでオーダーワンなんだ?」
ルーシーは細面をうつむかせて目を伏せる。
「……オーダーシックスのスペックはご存知ですか?」
「もちろん。従来の燃料式魔力炉より三倍以上の出力を持ちながら、稼働時間も延びている。乗ったこともあるが、まるで理想の淑女だよ。一歩下がってこちらを立たせ、合図ひとつで察してくれる」
出力の増減もなめらかでムラがなく、美しく操縦に追従する。無茶が続く戦闘機動で性能を落とすこともない。完璧な仕上がりと言ってもよかった。
たとえゼロドライブの足元にも及ばない出力であろうとも、誰だって命を取られないほうを選ぶだろう。そもそもゼロドライブはひとつしかない。
ルーシーはかぶりを振る。
「それでも、侵蝕はゼロではありません」
ルーシーの細い声に、マイルズはうなずく。
「俺もはじめ、実感はなかった。稼働制限時間ぎりぎりまで飛んだが、魂が削られる予感などなく、なんならもっと飛ばしてもいいと思ったほどだ。死にたくなかったから戻った。……それで、正解だった」
マイルズはドックに視線を投じる。整備を受ける魔導外殻、紫の機体がオーダーシックスを擁している。
その日、マイルズは試験運用の後に報告書を提出し、夕食の子羊肉に舌鼓を打って、シャンパンを空けて眠りについた。いつもと同じだ。
そしてルーシーにたたき起こされた。
丸一日昏睡していたのだ。
予定されていた試験はすべてキャンセルした。それ以降に昏睡や意識の混濁は見られなかったし、あらゆる検査で異常も見つからなかった。また稼働制限時間に対して余裕を持った運用で支障が見られたことはない。
偶然。日頃の疲れ。酒の巡り。いろいろな理由はあるだろう。
だが、手ごろな理由で片づけるには、魂を食らう魔力炉の響きは不穏に過ぎた。
「綺麗な花には"毒"がある……そういうことになるのかな」
「わかりません」
ルーシーは正直につぶやく。
関連性は実証されていない。おそらく今後されることもないだろう。なにせ魂の計量だ、容易くはない。
それでも、シックスが理想的なスペックを誇っていることは間違いない。
プロジェクトもタダではない。長引かないうちに成果をあげようと考えるのは自然な話だ。
ほうとため息をつき、もうこの改装用ドッグに収められることがなくなった赤い外装の機体に思いをはせる。
「オーダーワン同様に魂を喰らわない代わりに、出力が市井の燃料式魔力炉にも劣ってしまうオーダーツーとはすべてが違う……っと」
マイルズは口をつぐむ。体を返して隣を振り返った。
ルーシーは黙ってうつむき、唇をかんでいる。
オーダーツーはルーシーが開発を主導した。プロジェクトの方向性を定めた実験モデルとしてシリーズに加えられているが、その実、プロジェクトの叩き台でしかない。
要するに、いちばんしょぼい、という評価を受けている。
マイルズは平静を取り繕って言葉を付け足す。
「今のは言い方が悪かった。搭乗者の魂を削らないのはオーダーワンと、ルーシー、きみの息子だけなんだ。乗るたびに魂が削られるほかのモデルとは違う、とそういうことが言いたかった」
「構いません、事実ですから。それに」
じろりとルーシーはマイルズを見る。おそらくは、本当に冷たい目で。
「あなたが女性に言い寄っては機嫌を損ねて逃げられるデリカシーゼロドライブとは聞き及んでいます」
冷静にルーシーは棘を刺した。
金の長髪を引いて、ヒールを鳴らし踵を返す。
「マイルズ・スミス技術一佐。次の試験に備えて休息を命じます。直ちに部屋に戻りなさい」
「おい、待っ」
立ち去る背中に届かなかった右手で、マイルズは額を覆った。
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