ーThird Stageー

第36話

[冒険者ギルド・受付窓口にて]



 ギルドではいつも通り、日常の音声にあふれている。

 七つ、受付窓が開けてある木造の室内では、冒険者や職員達は床を踏み、書類の数を数え、掲示板を確認し、装備を揺らしたりしていた。


 端の受付窓口では、窓と壁を挟んでサナとスミレが向かい合っていた。受付嬢は俯いて、しばらくもじもじした後、上目遣いになって口を開いた。


「あの……随分前に仰っていた「処分」の話ですが」

「…」


 サナの方を見下ろして、スミレは微動だにせずに次に紡がれる言葉を待った。サナはスミレの顔色を窺いながら、拳を膝の上で握り締める。


「あれ……ギルド長に相談した結果、処分はなしということになりました。––す、すみません! 決断が長引いてしまって… ただ、こちらも色々……」


 サナは汗を頰に伝らせながら、訴えるように彼女に話した。必死になって伝えた––––いなくなってほしくない、と。


 スミレはしばらく、呆けたように口を僅かに開け、山吹色の瞳を下に向けて逡巡する。



「…––––

 ……ええ、分かりました

 –––私は、いなくなりません」


 そして、ギルドの心中を察したように、ふと、微笑んだ。


「……!」


 サナはスカートを握っていた拳を一気に開き、音を立てて椅子から立ち上がった。


「えっと…ちょっと、いいですか?」


「その、私的な、話を」と、サナはまたもや恥ずかしそうに眼を泳がせる。その頰は赤く染まり、オリーブグリーンの輝いた瞳のハイライトは揺れ動いていた。


「…はい、どうぞ」


 スミレはかつてなく優しい表情で、サナの方に顔を近づけた。


「……––あの、り、リアンさんについてどう思います?」



「……–––

 リアン、ですか」



 一呼吸おき、スミレは息を吐き出すように答える。スミレがもう一度サナの顔を見つめると、彼女は肩を引き上げて顎を引き、斜め下に視線を移しながら唇を尖らせているのが分かった。––––––色恋には興味ゼロのスミレだったが、彼女は勘がいい–––––瞬時に察した。



「––…ああ、そうですね…

 剣技に磨きがかかっていて、とても逞しくなったと思います。先月の事件のときも、一般人を守ろうと奮起して、魔力まで使いこなせるようになった……成長が速い、言ってしまえば伝説級ですね。…ただ気になるのは、最近彼にはそうなんです」


「…えっ!」


 かかとを上げて跳ね上がるサナ。スミレは生真面目な顔で頷いた。


「…デリダさんから聞きました。デリダさん曰く「恋する若者は可愛い、応援したくなる」そうですけど––––サナさんも、そうですか」

「んあっ?! ふ、ふぅ……えぇっと、……うー…ん……は、い……、そうです…」



 う、嘘がつけないよ……

 サナはスミレの見抜かれる様な鋭い眼光にやられ、思わず頷いた。嘘をつく必要はないが、スミレのコンビがその相手だというのはどことなく知られたくない思いがある。サナは、自分がこの話題を振ったことを悔やみながら、席についた。



「…


 ……そうですか

 頑張ってくださいね」


 スミレの顔を見れず、項垂れていたサナは、この一言で静止した。頑張って。そう声を掛けられたのだ。スミレから。やはり、心が変わった彼女から、すがすがしい声色で、心から。


「はい…はい!」


 サナはもうどうとでもなろうという気持ちで、スミレに笑顔を見せた。





 ––––––弾ける様な笑顔を見せられ、スミレは釣られて自分の頰をも緩むのが分かった。


 –––彼には…この人を、幸せにしてほしい




 そうして二人が長らく向かい合っていると、ギルドの扉が開き、二人の方へ誰かが歩んで来た。


 サナはそれを視界に収め、すぐに笑顔をフリーズさせる。そのまま首や耳までが赤く染まった。



 その分かりやすい変化に気付いたスミレは振り向きざま「リアン、来ましたか」と声を掛けた。


「すみませんっ、待ちました?」

「いえ。ちょうど良かったです」


 リアンは何も言わないサナの方に視線を向け、「こんにちは」と、目を細めにこりと微笑みかけた。それを横目に、スミレは心の中で独りごちる–––––––隠すのが上手い人だなと。


 …しかしそう振る舞っておいて、笑顔のまま赤面するサナを見て、リアンは一人頭を抱えて彼女の可愛さをそっと噛み締めていた。


 ––––––どうしたものか、近頃サナの顔を見ると調子が狂う………





 ♦︎





「あの、すみません。リアンさん、少しよろしいでしょうか」


 次の任務や世間話をしていたリアン、スミレ、サナの三人は、別の受付窓から顔を出してきたカリーナに向かってそろって「なんでしょうか?」と問うた。


 カリーナはその映像に笑みを溢し、「リアンさんに、金等級への昇格のお話です」と告げる。彼女の手には、面接試験の案内が記された紙があった。


 サナは、今までリアンと面と向かえなかったもどかしさから解放されると思いパッと顔を輝かせる。


「ああ! もうレベルも基準に達していますもんね」


 そう。金等級へ昇格する条件は、レベルが三十に達する事、面接への合格–––––––である。リアンの現レベルは三十三。充分に達している。そこでカリーナが、新人冒険者の面接と合わせて行う昇格面接の誘いを持ちかけたのである。


「どうしますか? 面談は七日後ですが……」


 リアンは判断に迷い、スミレの方をちらと見た。スミレは肩をすくめ、「私はどちらでも。合わせます」と告げた。


「…じゃあ、やります。面接」

「かしこまりました! では七日後にこれを持って窓口まで来てくださいねー!」


 カリーナは営業スマイル満点に、書類をリアンに手渡し、持ち場へさっさと戻っていった。冒険者の列がずらりと並んでいたのだ。

 二人が後ろを振り返ると、やはり列が続いている。


「…では、私達はこれで。この任務を受けたら戻ります」


 一息に言い放ち、スミレは依頼書を人差し指と親指で摘んで持ち上げ、列から抜けた。リアンも後についてゆく。後ろに並んでいた新人たちは、憧れと畏怖の眼差しを二人の冒険者に向けていた。

 その中を、特に気にすることなく颯爽と通り過ぎてゆくスミレ。慣れていないリアンは、その新人達と目を合わせないようにスミレの背中を追いかけた。





 今回の依頼は南、北範囲のダンジョンの安全地帯を探し、ギルドに報告すること。比較的簡単である南北ダンジョンでは、新人パーティが攻略を挑む。そのため、安全地帯をある程度でも見つけておくことが彼らにとって大切なのである。


 南北ダンジョンの安全地帯は、低層の範囲では、ある程度攻略をされている。…が、中層から高層の範囲ではまだ、満足な攻略がなされておらず、つい先日も安全地帯に逃げ込み遅れて襲撃されたパーティが出たという情報が入った。–––––だから、依頼されたのである。



「安全地帯には池がありますよね」


 リアンは、北東ダンジョンの入り口をくぐりながらスミレの腰に括り付けてある依頼書を覗き込んだ。


「そうです。その池を調べれば–––この液体で–––分かると言われました」


 スミレはギルドから渡されたポーション容器を片手に持って、中の液体を眺める。それは無色透明で、瓢箪型のガラスの容器に並々と注がれていた。


「……」


 リアンはよそ見するのをやめ、真っ直ぐに前を向いて歩き出す。難易度が低いダンジョンだからといって油断は大敵。中層付近に辿り着くまでも任務–––である。


 二人が階を上る階段に足をかけた瞬間、地を揺るがす地鳴りがダンジョン内に響き渡った。それは同心円状に続いて遠くまで広がる––––中心、その音の主は––––


「……大ボスだ」


 リアンは足を止めることなく、むしろ歩調を早めてスミレの横に並び、新しく打ち直してもらった銀剣の柄に触れた。手袋越しに、ざらざらとした握り慣れた感触。何度も落とし、何度も拾い上げたそれは、今では頼もしい仲間である。



「上層地帯の大ボス––––オーガ、ですね」

「北区域ダンジョンでも、そんな大型が…」


「とにかく、進みましょう」




 二人は十階まで階段で登り切ると、次は転移門を使って中層階へ行くことに決めた。禍々しい葉の紋様が彫刻の様に刻まれた大門の前で、転移呪文を使えないリアンはスミレの体に捕まっていなければならない。……もっとも、彼女に肩に捕まるという場面は今までに何度もあったが。

 –––––彼らは慣れた動作で、五十階へと転移した。


 ギルドによると、ここ付近は攻略が甘く、その為新人が駆り出されるのが多いという。つまり、このダンジョンのレベルについてゆけていない新人冒険者たちがいる、なので手助けしてあげて欲しい–––レベルにあわない攻略を目指す彼らはから––––

 …この話については、リアンが一番よく理解している。なぜなら、まだ冒険者になって三ヶ月の頃、無理をして東ダンジョンに挑み、あやうく命を落とすところだったからである。

 –––あの時スミレが、俺を助けてくれた。彼女は命の恩人だ…––––



 リアンはそんな彼女の背中をいつまでも追い続けるのであった。




 ♦︎




[北東ダンジョン五十階「鉱石洞窟」にて]


「…あの、スミレは」


「…どう思いますか?」


 なにを、と言いたげにスミレは四つん這いの姿勢で振り返った。


「ええと…ここが「安全地帯」かどうか、です。こんなに狭いところが……」

「いいえ、多分ここは違います」


「えっ」


 ガラスの様に透き通った色の鉱石は、先が尖っておりナイフのように鋭利だ。リアンはそれにぶつからないようにするのが精一杯で、手がかりを見つけることは出来なかった。


「私は『先見の泉』を探しています」


 さらに奥へと進んでゆくスミレを慌てて追いかけながら、リアンはその初耳の単語を反芻した。


「……『先見の泉』は、だいたい安全地帯のすぐ近くにあります。この奥にはそれの気配がする。確証を得ないと」


「…でもここは安全地帯ではないんですね…不思議です」


 リアンは頬に突き刺さった鉱物を指で押さえる。幸い傷にはならなかった。ただ、ここまで道が細くなると本当に出口があるものか疑ってしまう––––リアンは困惑して、一旦目を閉じて落ち着こうと––––––––


 __ガッシャァン!!!



「あ、ありましたね。これです、リア…––どうしましたか」


 その剣使いは、驚きに驚いて手を滑らせてしまい、尖った鉱物たちに押しつぶされかけていた。

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