第29話
[イエロー区・門付近にて]
リアンとサナがスミレのいる所にかけつけると、倒れていた少女は目を覚ましていた。スミレと何やらやりとりを交わしている。二人は目を見合わせ、サナは取り巻きに駆け寄った。
「大丈夫ですか?」
「んええ…なんとか…」
少女は額を真っ青に染め、げんなりと息を吐く。サナは手に握っていたポーションのボトルを彼女の口元に持っていき、「飲めます?」と問うた。黄色い液体で、容器の口から、果物の香りが漂い始める。少女はげつそりと黙ったままだ。そこで、今度はスミレが容器を持って彼女の唇に当てた。
「流しますよ」
手慣れた様子で、口の中にポーションを注いでゆく。リアンはそれをまじまじと見つめてから、決まりが悪そうに髪をかきあげた。何か視線を感じるのだ。少女の細い首が動き、きちんと飲み込んでいるのが分かる。スミレはゆっくりと液体を注いで、空になると、素早く口を布で拭いてサナに手渡した。サナは慌てて受け取り、懐にしまい、「もうすぐ担架がきますからね」と、幼い魔法使いに笑いかけた。
「んん…」
少女が表情をゆがめたので、取り巻きはざわついた。大丈夫か、気持ち悪いのか、などと声を掛けるが、彼女は答えない。
「大丈夫です」
サナとスミレがギルドへ行ってしまったので、リアンは自分一人で安心をさせなければならなかった。リアンは耳が熱くなるのを感じながら、「仕事奪いの蜂」の事を説明する。ここにいるほとんどの人が初耳のようで、皆顔を見合わせて口をぱくぱくさせていた。
こうなるのも無理はないか、と、リアンは首を傾けてみる。ここ最近教育者不足で、冒険者の育成が追いつかないという噂がたっていた。「仕事奪いの蜂」は、リアンもちょうど一週間前ほどに聞いたくらいだ。この新人パーティは、あまり、修行やらと厳しい事をやり遂げてきていないのかな。
リアンは心の中で苦笑する。そういえばあの訓練は大変だった。今ではあの、おかしな教育者のいう事も素直に受け止められる。
そういえばあの人はどうしているだろうか––––
と、一ヶ月ほどの記憶を呼び起こして、それをまたこの新人パーティに説明しようとしたところ。
「あ、あの!」
ずっとおろおろしていた剣使いの少女の声だ。顔を真っ赤にして、リアンの方を見つめていた。
彼女よりも一年と少し先輩であるリアンだったが、どう受け答えすればいいのかわからない。スミレのようにクールに流すのか、 サナのように笑顔で応えるのか、それとも…–––
が、悶々としている暇はなく、少女は彼にとって人生初となる問いをふっかけられた。
「おっ…お名前っ! 教えてくれませんか?!」
[ブルー区・冒険者ギルド受付にて]
コンビの相棒と、幼馴染から視線を向けられて、リアンは視線を逸らした。
「で、どうやって答えたんです?」
サナは昔のようないたずらっぽい笑みを浮かべて、窓越しに身体を乗り出した。リアンは心臓が胸の中で跳ね上がるのを抑えるように、右手で左腕を握りながら「普通に、ですね」と答える。スミレは何か考え込むように首を傾げた。
「……あの剣使いの子ですか」
「なっ、なんで分かったんですかっ」
なんとなく、とスミレ。勘が鋭いんですね、とサナ。
「あの子、やけにあなたに話しかけようとしていましたよ。挙動不審でしたし、あなたがそっちの方を見るたびに反応してて」
サナも、知っていたかのようにクスッと笑う。
「そうそう! いつ話しかけるのかなあって思ってたんですけどね。私たちがいない時に言ってましたねえ」
どうやらサナも気付いていたようだ。どうりで視線が感じたわけだ、リアンは呟き、困ったように首を振った。
「連絡先交換はしたんですか」
唐突に、スミレが問う。サナは吹き出し、顔を真っ赤にした。
「……いや、そこまでは…」
言葉が詰まるリアン。サナも耐えきれなく、わざと大声を張り上げた。
「そっ、そういえば! お二人にお話がっ!」
「はい、なんでしょう」
さすがは一流のスミレ…なのか。
「えー、これをどうぞ」
リアンは気を取り直し、渡された紙を見た。
つらつらと説明が並べられる、その題は。
「「新人パーティの会」…」
「そーですっ! ここギルドのお隣、パーティー会場に、新人さん達が集まる…いわば顔合わせ会の様なものですよっ! それに参加をいただきたいんですよ」
サナはすがる様な表情をつくる。でも、とスミレは改めて自分の身なりを確認する様に俯いた。
「新人じゃなきゃ参加できないんじゃ…」
「いえいえーっ。ここに、「パーティを組んで一年以下の者」とありますよね。スミレさんとリアンく、さんはコンビを組んで一年以下ですので参加できるんですよ」
二人、改めて顔を見合わせる。確かに見慣れた顔だ。でも、出会ってからまだ一年くらいしか経っていない。不思議なものだ。
「会はあさって! 美味しいお食事付きです! あ、もちろん無料です!」
サナは二人の間で、にこにこしながら両手のひらをこすり合わせた。
「どうですかぁ……?」
「私は大丈夫です。リアンも…ですよね」
「あ、もちろん」
「やった……あっいえ、ありがとうこざいます。じゃあ、これ、持って行ってくださいね」
サナは隣の先輩の視線に気がつき、さっさと棚から何やら取り出して二人に渡した。それは、金色のバッヂだった。
「参加証です、ではこれで!」
サナは、いたたまれないと叫びたげに、奥に引っ込んでしまった。
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