第25話

[ブルー区・冒険者ギルドにて]


「おかえりなさいませっ、お二人共! ご無事でなによりです!」


 静まり返った木造のギルド内に、甲高い声が響き渡った。ただ一人受付窓口に座る受付嬢サナは一際大きな仕草で両腕を広げた。


「ええっと、これに、帰還証明をよろしくお願いいたしますね」


 彼女は引き出しから一枚の紙を取り出すと、それを二人の前に置いて、インク壺を差し出した。

 二人がサインを終えると、サナは素早くそれを回収して、自分もサインをし、引き出しに戻した。

 –––と、「あっ」と慌て始め、


「あっ、こっちじゃなかった!」


 と、再び引き出しから証明書を出して別の引き出しにしまった。


「…コホン。失礼いたしました。…あれっ、スミレさん、弓は…」


 サナは、スミレの背後を覗き込む。いつでも背中にかけてあったはずの白木の弓がなかった。リアンは息を呑むと、じっと彼女の動かない瞳をみつめた。


 スミレは動じることなく答えた。


「折れました」

「えっ?!」


 サナは驚きに驚いて、それからおどおどしだして、電話の番号をいじりだした。


「し、失礼しましたっ…今すぐに弓を発注して–––」

「いえ、その必要はありません。家に予備がありますから。ご心配おかけしました」


 淡々と事を完結させるスミレ。リアンは一瞬の戸惑いも隙も見せない山吹色の美しい瞳から目を離さずにいた。あの時、弓が折れても、彼女は表情を崩したりしなかった。流石のスミレでも、そんなはずはないと彼は思ったのだ––––彼でも分かるくらい、スミレはその白木の弓を大切に、愛していたから。


「そうですか…」


 サナは、弓使いの表情を伺いながら受話器を置いて、口角をゆっくりと上げた。


「今日はお二人ともゆっくりとお休みくださいね。

 お疲れ様でした」


「サナさんも」とスミレは社交辞令をきっちりこなし、リアンにも軽く礼をしてさっさとギルドを後にした。


「「……」」


 サナとリアン、二人顔を見合わせる。


「何かあったんですか?」


 サナは今にも泣き出しそうに、瞳を潤ませて出口の方をじっと見つめている。

 リアンが任務での出来事を一連で話すと、サナは口を真一文字に結び、ぎゅっと指を組んだ。


「今でも……何年も経ったのに……思い出すんですよね……小鬼ゴブリンの話を聞くと……」


 サナは左腕を押さえて俯く。リアンはそれを見下ろして、「そうですね」とだけ答えた。


「あは……は……なんか…馬鹿らしいですよね…今更…怖がって…」


 暑くも寒くもない部屋で、サナは身震いしながら冷や汗を流した。


「でも––––––」


 胸が締め付けられるような苦しい微笑み。

 リアンはその身が細い糸で縛られるような感覚に襲われた。


「こうやって––…リアンさんが生きているだけで希望を感じます」


 次に、えへへ、と照れ臭そうにサナは頭を傾げた。

 生まれつき金髪で、黒茶紺色の髪色が多い村の中で目立っていたリアンは、その弱気で見栄っ張りな自分を振り払ってここまでまだ来ている。それでも、サナとの立ち止まった関係には内向きだった。妹が生まれたのも知らない幼馴染。生きていたのにまともな言葉を交わそうとしなかった。

 それでも、幼き頃からの気持ちは変わらない。


「……俺もだよ」

「? 何か言いました?」


「…いえ。じゃあ俺はこれで」

「はい! さよーなら!」


 ギルドの出口付近で再び振り返ってリアンに、サナはにこにこ、手を振った。思わず顔が赤面してしまうのを感じて、リアンは顔を背け、手を振り返してギルドを後にした。



 扉が完全に閉まると、サナはキャスター付きの椅子をぐるぐる回して体を回転させながら手を頰に当てた。


「わー……ほわー……言っちゃった……! どーーしよー…うふふ」


 と悶えて、足をばたつかせる。


 すると、背後で何かが動いた。


「何やってんの? サナ……」


「ほえ??」


 その砕けた顔のまま振り返ったサナは次にさあっと蒼白させて立ち上がった。


「おおおお帰りなさいませ…先輩方…」



 サナの先輩である受付嬢たちが、出張から帰ってきていた。みな、心配そうに首を傾げている。

 彼女らはいつも、そんなサナに呆れているが、内心では乙女満開な彼女を本気で可愛がっていた。

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