第9話
[南のダンジョン・六階にて]
「やあぁああ!!」
鍛えられはしたが、まだ細い腰を据え、腕を振りかぶり銀剣を操るまだ半人前の剣使いがいた。
彼は休みなしでダンジョンを攻略していた。
最近、チャンプ以外の国でモンスターが出没するという問題が起こっているという。その問題を解決するための援助で、他の冒険者達のほとんどがそこらに出掛けて行ってしまっている。ギルドの受付嬢、サナの願いで男、リアンはチャンプに残り、街を守りながらもダンジョン攻略を進めていた。
パーティを組まず〈単独冒険者〉として活動するリアンにしては余裕を見せていた。
南のダンジョンが存在する地では南のダンジョン第一から第六まで、実に沢山のダンジョン塔が建っている。それはこのブルー区では最も多い数だ。しかし、東西北のダンジョンも第一から第五までと、いくら冒険者がいようと攻略しきれない数だった。
また、一つの塔につき百階を超える階層の多さだ。攻略が完了するのは早めて言うと約百年はかかる。
……というわけで、このチャンプには冒険者が溢れかえるほどいるという事だ。今は、あの事件によって激減したが。
銀剣を一振りするたびに掛け声をあげるリアンは、体全体を使って敵を倒していた。
最後の一匹である
リアンは成長はしたものの、師も弟子もいない独り身の青年は色々な重みを感じていた。
また、あの弓使い、スミレの事も考えてしまう。
「もう忘れなきゃいけないんだ……俺は諦めたんだよ……あとは自分を、ゲホッ!鍛えていくだけ………」
詰まった息を整える。忘れろー、忘れろー、と唱え続ければ簡単に頭から消え去り、あとはこれからの事についてじっくりと考えれる。実に容易だった。
買い替えた新しい装備の下にじっとりと脂汗が滲んだ。地面にすぐ感じる
「くっせぇー…。…さて、帰ろう」
リアンは不快そうに鼻をつまみ、踵を返しダンジョンの出口を目指した。
♦︎
[ホワイト区・中心部にて]
丹念に磨かれた白木の弓が翻った。
すらりと伸びた苺色の髪と、それに合った高身長。
口を固く結び背筋をピンと伸ばし、颯爽と歩くクールな美女が歩いていた。
〈一番星冒険者〉–––––様々な二つ名が存在し「最強」と世界から称されている美しい弓使い、スミレ。
彼女にしては珍しく、多様な人々が行き交うホワイト区の中心部に出向いていた。
彼女が横を歩けば誰もが振り返り––––その二つ名を叫んだり囁いたりする。呼び止める者もいる。その中には、カメラを持って顔を輝かせている者もいた。
どこを通ってもそれは同じだが––––まして人通りの多い中心部。それは嵐のようにやってくる。
スミレはそんな人々を上手に避け、ある大きな食品店に入った。店の至る所に飾られる、細長い瓶に詰められたカラフルな果実達が特によく目を引く可愛らしい店だった。
また、その売り子もまた美しい少女だった。
「…このヘアゴムを貸してくれたのは貴女でしょうか?」
その少女に丁寧に問いたスミレは、手首に付けていた黒いヘアゴムを取って少女に見せた。
彼女は嬉しそうに、だが慌てて両手を激しく降った。
「い、いえいえ。いいんです、それは差し上げます。貴女様はこの街を守ってくれた英雄ですから!」
続いて、「〈一番星冒険者〉さんは他の冒険者と一緒に行ってないのですか?」と聞かれ、スミレは「はい」と返事をする。
「わぁ!街を守ってくれてありがとうございます!お礼にどうぞ、好きなだけ持って行って下さい!」
少女はその手をパンと合わせ、大胆な提案を持ち出した。彼女の店は主に果物を扱っているが、この大規模な食品店では「好きなだけ」というのはごく一部の事だろう。しかし、スミレはそれに乗れなかった。
冷静に首を振り、「いいえ、お気持ちは嬉しいですが」と言う。売り子は大袈裟に残念という表現をした。
がくりと上半身を倒し、腕をだらりと下げて「そうですかぁ……」と呟いた。
「申し訳ないですけど」
スミレは口早にそう言う。金髪ショートカットの美少女は体を起こし、「いえいえ、いいです!」と笑った。
「では、このゴムはありがたく頂きます。……ところで、気になることがあるのですが今時間ありますか」
「?はいっ!」
少女は嬉しそうに笑い、羨ましそうに眺める街人にふふんと鼻を鳴らしながら店内へとスミレを通した。
「……あぁ、あの矢のことですね?あれは、ここの店主が昔から持っていたものでして……。店主が「持っていけ!」って言うのでお渡しいたしました」
「そうなんですか。とても助かりました、お礼を言いたいのですが」
「あっはい、奥にいます。呼びますか?」
「はい、出来ればよろしくお願いします」
「持っていけ!」の声真似をする際大きく腕を広げ大口を開けて表現をした売り子は、店の奥へと走って行った。スミレはその背中を目で追った後、店内を見渡す。
赤黄緑紫青桃……。実に「カラフル」な果実達が店内の隅々を覆い、煌びやかな明るい照明を受けて照り輝いている。毒々しい色はあれど、昼光のお陰で美味しく見える。スミレは口に溜まった唾液を飲み込んだ。
しばらくすると、店の奥から可愛らしい声が聞こえた。
「ほら、早く!」
別に急かさなくていいのに。と思いながら、スミレは店主が姿を現わすのを待った。
「お待たせしました!ほらおじいちゃん!〈一番星冒険者〉さんですよ!」
その「店主」は老人だった。綺麗な白髪にハンチング帽、ほどよく皺の入った優しそうな表情をした老人は、スミレを見るなり頰を緩めた。
杖をついている。突っ立つスミレに近付きながら「お目にかかかれて光栄です」と優しい声をかけた。そらでハッと我に返ったスミレは背中に背負った籠からピカピカに磨かれた矢を取り出し、老人に差し出した。
「お返しします––––とても助かりました。ありがとうございます。あの、よければお名前を教えていただけないでしょうか」
スミレから名前を聞くのは珍しい事だった。普通は、周囲の人から一方的に名乗られるばかりだったから。
老人は目を丸めてその矢をしばらく見つめ–––––首をゆっくり振った。
「いいんですよ、それは差し上げます。お役に立てたのなら光栄です。……私の名前はダニー。ダニエル・ジーンと申します。貴女様のお名前も教えていただきますかな?」
「私はスミレ、スミレ・シェルといいます。…いいのですか?頂いても。こんな高価なもの」
「いいんです、いいんです。……素敵なお名前とお似合いですね。私には持病がありましてね。もうそれは使わないのです。昔は使っていたのですがね…………。スミレさんに使って頂けるのならそれで嬉しいですよ」
老人、ダニーは目を細めてにっこりと笑顔を見せた。目尻の皺が深くなる。
「……そうなんですか。ではありがたくいただきます」
せっかく綺麗に磨き直して返しに来たのだが、また貰ってしまった。これでいいのだろうか。などと考える。スミレはゆっくりと矢を籠に戻しながら老人から目を離さないでいた。ここでは、弓使いが少ない。この老人がかつての弓使いだとしたら、伝説があるものなのだろう。
かつての〈一番星冒険者〉たちのほとんどが弓使いと剣使いだったことを思い出す。総勢十名しか存在しなかった〈一番星冒険者〉の半分が弓使い、またその半分が剣使いだった。今はスミレしかいないため、〈一番星冒険者〉に剣使いはいなくなってしまった。
あの事件以来姿を消した〈一番星冒険者〉達の行方は不明だ。もしかしたらこの老人はかつての〈一番星冒険者〉なのかもしれない。
どうしてもそれが気になったスミレは問いてみた。
「……あの、失礼なようですが、ダニー様、弓使いだったのですよね?〈一番星冒険者〉とはご存知ですか」
老人の静かな青目が、ゆっくりと見開かれるのが確認できた。
スミレの今の質問は「あなたは〈一番星冒険者〉だったのですか?」に繋がる事だといち早く理解したのだ。
それからダニーは優しく、銀歯を見せた。
「……、……。昔の話です」
やはり。スミレは小さく息を呑んだ。ここには、かつての仲間がいる。あの事件で姿を消した冒険者の一人、ダニー。当時〈一番星冒険者〉に認定されて間もなかったスミレはその者達の名前まで覚えていなかった。
「あな、たが」
生きていた。きっとこの老人は、助けに向かわなかった私を恨んでいる。
スミレは何も言えないでいた。
ダニーは続けた。
「スミレさん。私は信じておりました。生きているとね。私はあの事件での唯一の生き残り。あとはみんな死にました。あれ以来力を無くしてしまいましてね。このざまですよ」
まるでおとぎ話のように語る老人。スミレは耐えきれないでいた。がくりとその場に腰を下ろし、杖をついて立つダニーの足元にしゃがんで平伏した。
「申し訳ございませんでした。いえ、謝るだけでは済まされないと思っております」
「立ちなさい、スミレさん」
スミレの謝罪を断ち切って、厳しい口調で言ったダニーは、しゃがんで顔を上げたスミレの掌を包んだ。
「貴女は国に関わる大事な使命で席を外していたんてすよ。悪くなんかありません。すぐに助けに戻るなんてできませんでしたから」
立たないでいるスミレ。
老人はそのまま続けた。
–––にっこりと笑って–––––
「よかったら呑みに行きませんか」
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