第10話
[ホワイト区・中心部の大衆酒場「ベール」にて]
「…どうして知っていたのですか」
「それは、有名な話でして。スミレさんが大のお酒好きだとはね、趣味は酒蔵巡りだとか」
「そこまでですか。ありがとうございます、誘って頂いて」
「いえいえ」
がやがやと賑わう街の大衆酒場「ベール」のカウンター席に並んだダニーとスミレ。二人はお猪口片手に会話に親しんでいた。
ダニーはゆっくりとした動作でお猪口を持ち上げた。藍色のそれには並々と注がれた和酒「雪月花」の熱燗が揺れている。彼らの傍には瓶に墨文字で豪快に書かれた「雪月花」の文字が印象的だ。その瓶にはまだ半分以上の酒が入っていた。
その「雪月花」が大好物だというスミレは、いつになく幸せそうにお猪口を啜った。
彼女にしては珍しく、頰を緩め目を細めていた。ダニーはそれを微笑ましく見守り、椅子に深く腰掛け直した。
「雪月花」のほとんどをスミレが飲み尽くしていた。
ダニーは死んだとされており、街中では注目されない存在だが、スミレと共にしていると自然と視線が集まる。スミレの熱狂的なファン達は周りでチラチラと様子を伺い、コソコソ、ヒソヒソと話し合っていた。スミレはそれを気にする様子を見せず、
スミレは飲んべえとしても有名だった。彼女は隠す様な素振りを見せないからだ。街に美味しい酒場があれば仕事帰りに寄る。世界各地の酒蔵を巡るのが唯一の趣味だという。各国から目撃情報が寄せられている為発覚した。
「人気者ですね、スミレさん」
ダニーはスミレの方に体を寄せて、周りの人に聞こえない様にヒソヒソとしゃべった。
「そうですか」
「そうですよ。……ここは客が多いですね。人気なのですな」
「私も常連なんですよ。特に雪月花の入荷が凄くて。……あの、親父さん。雪月花はどこから入荷しているのですか」
「雪月花か?雪月花ならチャンプの隣、ビーンズのバラ高原だぜ」
「近いですね、ありがとう」
スミレはダニーの思ったより嬉しそうに笑った。
♦︎
ダニーはスミレに折れ、彼女に奢ってもらった。
「わたしが誘ったのだからいいのに……」
「いえ」
スミレはごく短く答え、腰の巾着から金貨を一枚取り出す。それは大衆酒場のオレンジ色の光に照らされきらきらと輝いていた。
それを見た酒場の親父は目を見開いた。
「さすが〈一番星冒険者〉様だぜ………」
親父は驚いたまま大量の銀貨をお釣りとしてスミレに手渡した。
小さな巾着に入りきらなかったそれらの残りは、スミレはスキニーパンツのポケットに入れた。
店から出ると、ダニーは帰りますと言った。
スミレはダニーの向かう反対方向を指差した。
「美味しかったです、ありがとうございました」
「こちらこそ。スミレさん、あなたはもっと笑った方がいいですよ」
ダニーはにこりと笑った。目尻の皺が深くなる。
ダニーは酒を飲んで幸せそうにするスミレが好きだった。笑っている彼女は素敵だと思ったのだ。
幼い〈一番星冒険者〉のスミレを育てたのはダニーだった。もっとも、スミレは記憶にないのだが。
その時スミレが何度も笑顔を見せたのをダニーは覚えている。
スミレははぁ、と頷いた。
「……アドバイスありがとうございます」
それはやはり無愛想だったが、スミレの白い頰には少し朱の色が滲んでいた。
それから二人はお辞儀を交わし、それぞれの帰路についた。
♦︎
[オレンジ区・戸建街の外れ、白壁の質素な戸建てにて]
「……」
鏡台の前に座った白美人、スミレは自らの頰を指でつまんでいた。
そのまま、頰を釣り上げる。
ぐいと引っ張られた頰は釣り上げられ、目は細まった。
次にスミレはつまむのはやめ、掌で頰を覆ってみた。
それから、また釣り上げる。
自然と笑みが作られた。
彼女は無言でそれを見つめた。
彼女は笑ってはいるものの、それは自分の手にて作ったものだった。
表情筋が死んでいる美女は自分で笑顔を作るのが難しくなっていた。ダニーが言った通り、酒を飲んでいる時の彼女は素敵なものの、彼女はそれを認識していなかった。
しばらくそれを見つめているとばかばかしく思えてくる。スミレは腕を下げた。
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