PC同士で殴り合うのはやめよう


 アパートの六畳間に蛍光灯がともる。

 時刻は午後六時。

 窓の外は夕焼け空。

 四月中旬なので日が長い。


 ゲームはクライマックスに突入したところである。


 ここまでのシナリオは、まずまずの成功だった。

 二人のプレイヤーも良く付いてきた。


 萌々は、アイドルらしい積極性で能動的に活躍してくれた。

 シャーロットも、問題行動だらけではあったが、ロールプレイには一貫性があった。


 二人のギクシャク関係も、見ようによっては凸凹コンビだ。

 お笑いの舞台を目指してほしいところだ。


 よし。

 この勢いのまま、感動のクライマックスへ向かって進んでいこう。

 この二人なら、きっと最後の試練も乗り越えられるはずだ。


 そう。

 まだシナリオは終わっていない。

 PCプレイヤーキャラたちには最後の試練が残っている。


 クライマックスで、PCたちは選択を突きつけられる。

 果たして、PCたちは、正しい選択をできるか?


 GM

「君たち四人組は、ついにグラドス要塞の中央司令室を制圧した。後は自爆装置を起動させるだけだ。ここでアリスが言う。

『皆さん、ここまでご苦労様でした。突然ですが、皆さんとはここでお別れとなります』」


 ピーチ

「えっ、お別れ? ひょっとしてアリスちゃん、自爆装置を起動させるために、ここに残るの?」


 アリス

「はい。ご明察の通りです。みなさんが安全に脱出するのを見届けてから、自爆装置を起動させます」


 ピーチ

「えええっ? そしたらアリスちゃん粉々になっちゃうじゃん」


 アリス

「(優しく微笑みながら)おっしゃる通り、体は破壊されますが、私の精神にはバックアップがあります。ですので、ご心配なく」


 ピーチ

「アリスちゃんも一緒に脱出できないの?」


 アリス

「自爆装置を起動してからグラドス要塞が崩壊するまで、数時間の猶予があります。ですから私も一緒に脱出することは可能です。しかし、その場合、脱出支援ができず、あなたがたは危険にさらされます」


 ピーチ

「そ、そんな……(絶句)」


 さあ。

 ここで二択だ。

 君たちはどちらの道を選ぶか?


 危険を顧みずアリスと共に脱出するか?

 それともアリスを中央司令室に残したまま、PCたちだけで安全に脱出するか?


 正直、難しい選択だ。

 しかしスペオペ(という名のB級アクション劇)の世界では、どちらを選ぶべきかは決まっているのだ。


 そう。

 アリスと一緒に脱出するのが正解だ。

 たとえ馬鹿と言われようと。

 たとえ愚者と言われようと。

 ヒロインのロボットを見捨てる選択はヒーローにはない。


 ヒロイックな行動はすべてに優先する。

 それがスペオペのお約束である。


「う~ん、う~ん」

 二人のプレイヤーは、腕組みしつつ天井をにらむ。


 いいぞいいぞ。

 存分に思い悩んでくれ。


 そして数分後。

 金髪少女が口を開いた。


 シャロン

「やっぱり、アリスちゃんも、わたしたちと一緒に脱出するべきだと思います。だってアリスちゃんはアリスちゃんで、他の誰でもないのですから。アリスちゃんの代わりは、この広い宇宙のどこにもいないのです」


 おおっ。なんということだ!

 俺は嬉しさのあまり、心の中で感涙する。


 君は外見だけではなく、内面もまた、人間離れした美しさを持っているようだ。

 本当に君は人間なのだろうか?


 ここはシナリオの分岐点だ。

 美少女型ロボ・アリスを連れてグラドス要塞から脱出する場合は、帰り道に待ち受ける試練をアリスの力で無事クリアできることになっている。

 つまりハッピーエンドだ。


 しかし、もしアリスをこの中央司令室に残してPCたちだけで脱出する場合、PCたちは脱出の際に、運悪く敵に捕まることになっている。

 つまりバッドエンドだ。


 つまりシャーロットは、見事に正解を選び取ったのだ。

 さすがは俺の妹である。

 将来、とんでもないオタクになるぞ。


 GM

「アリスは、シャロンに感謝のまなざしを向けつつ言う。『うれしい申し出ですが、私はただのロボットです。私のことはどうか気にならなぬよう……』」


 シャロン

「大丈夫です。自爆装置は、アリスちゃんの代わりにピーチが起動させますから(にっこり)」


 え? 今なんて言った?


 萌々も、鳩が豆鉄砲を食ったような顔になった。


 ピーチ

「ひょっとして、あたしが残るってこと?」


 シャロン

「そうです。わたしたちの脱出をしっかり支援してくださいね(天使の微笑)」


 き、君は、天使を装った悪魔だったか。


 ピーチ

「はあああ? そんなの認められるわけないでしょ! って言うか、あんたが残りなさいっ!」


 シャロン

「いやです(きっぱり)」


 こうして、萌々とシャーロットの二人のプレイヤーは押し問答をはじめた。


「シャロンが残りなさい。アンタ、足手まといにしかならないんだから!」


「ピーチが残るべきですっ。わたしには、銀河ナンバーワンのケーキを待っているお客さんがたくさんいますからっ」


 ま、待ってくれ。

 俺のお気に入りのシナリオをぶち壊さんでくれ。


 ピーチ

「もう怒った! 今からシャロンを拳で攻撃します!」


 ちょ、ちょっと!

 萌々ちゃん、それは積極的すぎるだろ!


 俺の制止を無視して、萌々はサイコロを振った。


 ころころ。

 六ゾロの目が出た。


 ピーチ

「やった! クリティカル・ヒット!」


 とほほ。

 こんなところで喜ばないでくれよ。


 ピーチ

「さ、シャロンは回避判定をして」


 シャーロットはしぶしぶ回避の判定を行うためにサイコロを振る。

 ころころ。

 しょぼい数字。


 シャロン

「うぐっ。回避に失敗しました……」


 ピーチ

「じゃ、さっさとヒットポイントを減らしなさい」


 シャロン

「(青筋を立てつつ)ガッデムですっ。では、今度はわたしのターンです。ピーチを球型ペットロボットで攻撃します」


 シャーロットも負けじとサイコロをころころ振った。


 二人のプレイヤーは、こうして勝手にサイコロを振り始めた。

 シナリオがちょうどクライマックスを迎えたところなのに。


 敵の要塞の中央司令室で、仲間割れを演じる二人のPC。

 これじゃ、B級アクションどころかC級コメディじゃないか。


 GM

「あ、あのですね、お嬢さんたち。今、とっても大事な場面なんですけど……」


 ピーチ

「それどころじゃないでしょ」


 シャロン

「決着をつけるまで待っててください」


 なんてこった。

 あと一息で、美しいシナリオが完成するところだったのに!


 慎重に慎重に積み上げたトランプタワーが、根本から崩れ落ちて行く。


 やむを得ん。

 GMの権限で強制介入だ。


 GM

「キャプテン・コジローは二人に向かって言う。『ヘイ、マドモアゼル。とりあえず、仲間割れは止めようぜ。ここはリーダーである俺の顔に免じて……』」


 ピーチ

「GMは黙ってて!」


 シャロン

「マドモアゼルは単数形です」


 GM

「と、その時だった。ちゅど~ん! ぽかぽかと殴り合うピーチとシャロンの至近距離で、突如として小さな太陽が発生した。まばゆい閃光と炸裂音が、ピーチとシャロンを襲う」


 ピーチ&シャロン

「(二人同時に)な、何?」


 GM

「閃光手榴弾だ」


 ピーチ&シャロン

「(二人同時に)じゃ、回避します」


 GM

「回避判定は不要だ。二人は抵抗する間もなく意識を失った」


 ピーチ

「えっ、気絶するの?」


 シャロン

「なにそれ、ひどいですっ!」


 GM

「閃光手榴弾の衝撃が収まり、リーダーのキャプテン・コジローがつぶやく。

『やれやれ、ガキどものお守りは大変だぜ』キャプテン・コジローは、倒れたピーチの体を肩に担ぎつつ、

『アリスは、そっちの軽い方を運んでくれ。一緒に脱出だ』と命じた……」


 ピーチ

「ちょっと! 勝手に話を進めないでっ」


 シャロン

「ええっ、このまま終わっちゃうのですか?」


 戸惑う二人のプレイヤーを無視して、GMは一方的にエピローグへと移行する。


「……アリスは自爆装置を起動させた。四人はグラドス要塞からの脱出を開始する。その後、四人は、幾多の困難を切り抜けて、なんとか宇宙連邦軍の基地へと帰還を果たした。そして莫大な報酬金と、後世にとどろく名誉を手に入れたのだった……」


 FIN。

 強制終了である。

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