謎の美少女


 かくして運命の動画の再生が始まった。


 真っ暗な画面から徐々にフェードイン。

 場所は、どこかの教会の聖堂か。

 壁の窓や柱には壮麗な装飾。

 床は石造り。

 画面中央には白いスポットライト。


 天使の姿をした美少女がそこに立っていた。

 白基調のゴスロリ・ファッションに、金髪のツインテール。

 磁器のような白い肌。

 首には十字架のシルバーアクセサリー。


 3DCGみたいな美貌である。

 美少女の姿をした天使というべきか。


 金髪ツインテールの美少女天使が、穏やかな表情でしゃべりはじめる。

『こんにちは、お兄ちゃん。わたしはシャーロットといいます』


 シャーロット?

 まったく知らない名前だな。


 それにしても、透き通ったガラスのような美しい声だ。


『動画を見てくれてありがとう。今日は、お兄ちゃんのために、歌とダンスを披露したいと思います』


 微妙にたどたどしい日本語である。

 どうやら外国人らしい。

 アジア系とヨーロッパ系の混血のような顔立ちだ。

 年齢は一〇代なかば。

 ゴスロリがこの上なく似合う。


 この動画から分かることはただ一つ。


 この金髪ツインテのゴスロリ天使は俺の妹じゃない。

 九九パーセントくらいの確率で。


 萌々は、俺の後ろで目を塞いだまま、

「ね、ねぇ、それ、グロ動画?」


「グロでもエロでもないぜ」


「じゃ、なに?」


「ロリだ」


 萌々は指の隙間からパソコンの画面を恐る恐る覗く。


 その時。

 美少女天使がパチンと指を鳴らした。

 背後で演奏がスタートする。


「あ、この曲知ってるぜ、俺」


「あたしも知ってる」

 イントロを聞いただけで、その曲が分かった。

 有名なアニソンだ。


 イントロが終わると、すぐにゴスロリ天使が歌い始めた。


「おおっ、超上手いじゃねーか」

 俺は思わずつぶやく。


 不純物のない透明な声。

 完璧な音程。

 しかも、歌いながらきちんと振り付けもしている。

 歌番組でそのまま放映できるレベルだ。


 萌々は、パソコンの画面にグッと顔を近づけ、呆気にとられた表情で、

「……う、上手すぎ……。歌もダンスも……。てゆーか、この子、誰……?」


「さあ。シャーロットっていうらしいけど」


「てか、この動画、めちゃくちゃお金がかかってるよ。衣装もロケーションも高そうだし、収録機材もプロ用の使っているし……」


「いくらくらいだ?」


「最低でも百万円くらいかな」


「ひえっ! 俺の年収かよ」


 正直、俺にはクオリティは分からない。

 でも、現役アイドルの萌々をして呆気に取らせるほどだから、相当なのだろうな。


 三分ほどで歌と踊りが終わった。

 あっという間だった。


 ゴスロリ天使は、ツインテールの金髪を子鹿のしっぽのように揺らしながら、丁寧なお辞儀をした。


『わたしの動画、どうだった? お兄ちゃんに気に入ってもらえたら、最高です。じゃあ、今日のところはこれで……』

 ゴスロリ天使はにこりと微笑む。


 今日のところはって、次もあるのか?


 やがて画面はフェードアウト。

 動画はそこで終了した。


   ☆


 俺と萌々は、同じタイミングで互いの顔を見合わせた。


「で、この金髪美少女は誰だ?」と俺。


 さあ、と萌々は首をかしげる。

「でも、この子、たぶん有名人だよ。だって、何もかもハイレベルすぎるし」


「どれくらいのレベルなんだ?」


「う~ん、そうだね。うちらのアイドルグループを草野球とするなら、この子はメジャーリーグかな。無名のはずがないよ」


 なるほど、わかりやすい例えだ。

 でもよ。

 たとえこの美少女天使がメジャーリーガーで、萌々ちゃんたちが草野球だったとしても、俺は草野球の方が断然好みなんだぜ。


 この天使と俺は、住む世界が違いすぎる。

 別の世界線の住人だ。


 萌々は物欲しそうな顔で、

「この子がうちらのグループに入ってくれればなぁ~」


「でも、この子だけ浮いちまわないか?」

 昭和風にソロアイドルで売り出してみたい気がするが。


「それもそうだけど……」

 と言いつつ、指をくわえる仕草をする。


 ふと、あることに俺は気付いた。

「そういや、この動画、再生回数〇だぜ」


「ほんとだ。ってことは、この動画を見たのは、あたしたちが最初?」


「そうなるな。ということはつまり……」


「つまり?」

 と萌々は俺の顔を覗き込む。


「つまり、どういうことなんだってばよ」


「下らないボケはやめてっ!」

 萌々は俺をにらみつける。


「すまんな、おっさんの哀しい習性なんだ」


 萌々は何かに思い当たったらしく、

「そうだ。動画をもう一度再生してみて」


「了解だってばよ」

 再び金髪ツインテのゴスロリ天使がパソコンの画面に登場した。


 萌々は、人形みたいな美貌のゴスロリ天使と俺の顔を見比べ始める。


「う~ん。コタローさんとこの子、やっぱ微妙に似てる気がするんだよねぇ~」


「似てるわけないだろ」と俺。


「気がするだけだよ。顔とかじゃなくて、雰囲気とかが」


 萌々はそこまで言って、俺の顔を見て「ぷぷっ」と手を口に当てて笑った。


「こらっ、笑うなっ」


「だってコタローさん、全然四〇歳に見えないし。どう見ても一五歳ぐらいだし」


 ううっ、気にしていることを!


 そう。

 俺は、顔も背丈も、中高生みたいな外見のおっさんなのだ。


 俺のこの不老体質は、親父の亀吉からの遺伝だ。

 亀吉も小柄・童顔だった。


 ちなみに亀吉は、二〇年以上前に失踪している。

 生きていれば七〇代だ。


 いずれにしても、俺の妹がこんな美少女天使のはずがない。


 そもそも見た目からして日本人じゃない。

 金髪碧眼だし。

 名前もシャーロットだし。


 きっと日本のオタク文化が好きな外国人少女なんだろう。

 アニメキャラを真似て『お兄ちゃん』とか言ってるだけだ。


 ともあれ動画の感想を書き込んでおこう。

『ヘイ、マイ・エンジェル。YOUのパフォーマンス、グレートだったぜ。お兄ちゃん、大ハッスル! もしYOUに会えるなら、ベリーハッピー!』


「それはそうと……」

 萌々がいきなり真顔になる。


「どうした、萌々ちゃん」


「コタローさんのバイトの話なんだけど……」


「そうだったな……」

 俺も暗い顔に戻る。


 某巨大掲示板やQ&Aサイトに書き込みをしたままだった。


 そろそろレスが付いている頃である。

 ネット掲示板には、本物の専門家先生も匿名で活動している。

 有効な打開策を指南してくれるはずだ。


 俺は、期待を膨らませながら某巨大掲示板のスレを開いた。

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