まさかの妹登場


 というわけで本編再開である。


 某巨大掲示板やQ&Aサイトに、

『バイトをクビになりそうだ』とか『アパートを追い出されそうだ』とか、質問を書き込んだところである。

 質問というより泣き言だ。


 ネット住民の誠意に期待する。

 頼んだぜ、みんな。


 さてと。俺の書き込みにレスが付くまで、しばらく間がある。

 メールのチェックでもするか。

 メールをやり取りする相手なんか誰もいないけどな。


 たまにポイント付きのアンケートや懸賞情報が届くから、暇を見てはメールのチェックをしているのだ。


 俺は普段使っているフリーメールのアカウントにアクセスする。

 何通かの未読メールが届いている。

 タイトルをざっと確認する。


 ほとんどが業者の広告だった。

 だが、業者の広告メールの中に混じって、一通のメールに俺の目は釘付けになった。


 メールのタイトルは次の通り。

『お兄ちゃんへ』


 普通、こんなメールをもらったら、出会い系やエロサイトのスパムメールかと思うだろうな。


 でも俺は普通の精神状態ではない。

 よって、反射的にメールのタイトルをクリック。


 メール本文が表示される。

『こんばんは、お兄ちゃん。いよいよ明日、四〇歳の誕生日だね。

 ちょっと早いけど、誕生日プレゼント、受け取ってもらえますか。お兄ちゃんのために、がんばって作った動画です。ぜひ見てね。

 お兄ちゃんの妹のシャーロットより』


 メール本文の下には、有名動画サイトへのリンクも記載されている。


(なんじゃこりゃあ?)

 俺には妹なんていねぇぞ?

 ていうかシャーロットって誰?


 たぶん出会い系サイトの宣伝だろう。

 でも俺の誕生日と年齢、どこで知ったんだろう。

 エロサイトや出会い系サイトの会員登録欄に、生年月日を入力した覚えはないぞ。


 次の瞬間。

「ププッ」と俺は噴きだしてしまった。


 だってよ、もし俺に妹がいたとしても、三〇代後半だろ?

 三〇代後半の大きなお姉さんが「お兄ちゃんへ」はない。

 いくらなんでも。


 それともあれか。

「妹系不倫主婦」みたいな、ややこしい性癖のおっさん向けか。


 俺が突然笑い出したので、萌々が「ハッ」と顔をあげた。


 ちなみに萌々は今、コタツをはさんだ俺の正面に、肩をすくめて座っている。

 手入れされたセミロングの黒髪が顔を半分ほど隠している。


 俺よりも落ち込んでいるじゃないか。

 可哀想に。


 萌々は、未亡人みたいにしおらしく、

「どうしたの、コタローさん。突然笑い出したりして……」


「いや、アホみたいなメールが届いたんだ。萌々ちゃんも見るか? 笑えるぜ」


「えっ、どれどれ」

 萌々はハムスターみたいにちょこちょこコタツの外周を回って、俺の隣に膝をついた。


 俺は、萌々にもメールが読めるようにノートパソコンの向きを変えてやった。

「俺の妹からのメールだってさ」


「えっ? コタローさん妹がいたの?」

 萌々は目をまんまるにして驚く。


「いないって。俺は一人っ子だ」


「だったよね」


 もちろん可能性はゼロではない。

 俺の親父の宇良島亀吉は、二〇年以上前に離婚して家を出ていった。

 それ以来、ずっと行方知れずだ。


 もし亀吉が再婚して娘ができていたとしたら、俺にも妹がいるってことになる。


「な? 笑えるだろ。アラフォーのおっさんに向かって『お兄ちゃん』とか」


「ぷぷっ。たしかに可笑しいよね」


 萌々の顔に、いつもの明るさが戻った。

 良かった良かった。

 やっぱりアイドルには笑顔が似合う。

 制服も似合うけど。


「ま、スパムメールというやつだ。リンク先の動画を開くと、微妙にそそる映像が出てきて、本命のエロサイトへのアドレスが表示されるんだ。続きはこちら、みたいな形で」


「へぇ。さすがコタローさん。そういうことには、やたら詳しいんだね」


 いやはや。

 褒めてるんだか、皮肉なんだか。

 萌々の視線が痛い。


「まあ、せっかくだから、どんな動画が見てやろうぜ」


「ええっ? でもこれ、え、エッチな動画なんでしょ……?」

 とたんに焦った顔をする。


 ふふっ。

 下ネタになると、すぐ動揺するからな、萌々ちゃんは。


 そして下ネタより苦手なのが、これだ。

「いや、グロ動画の可能性もあるぜ?」


「ぐ、グロ動画?」


「ああ、白いホッケーマスクを被った凶悪な殺人鬼が、血だらけのチェンソーを持って……」


「きゃあああっ!」

 萌々はパソコンの画面から身を反らす。


 あっはっはっ。

 ちょろいなぁ、萌々ちゃんは。


「なに、大したことないって。有名動画サイトにはやばいコンテンツは載らないからな。では、萌々ちゃんのために、俺が中身を確認してやろう」


 メール本文に記載された動画のURLを、カチッとクリック。


 すると、画面の左下に『お兄ちゃんへの誕生プレゼント』とタイトルが記載された動画ページに移動した。


 いやまあ。

 四〇歳のおっさんとしては、『お兄ちゃんへの誕生プレゼント』と言われても、あまり嬉しくはないのだが。


 ここは怖いもの見たさが勝った。

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