竜宮塾長と対決する


「あのね。コタローさんをクビにするのは、塾にとって大きな損失なんだよっ!」


 竜宮学習塾の教室で、ブレザーの制服を着た姫騎士が抗議の声を上げている。


 魔王・竜宮恭志郎に向かって勇猛果敢に攻め立てる萌々の姿は、まるでジャンヌ・ダルクのようだ。


 グレーのスーツ姿の竜宮塾長は、手を後ろに組んで、無言のまま室内を行き来する。

 姫騎士の攻勢など、どこ吹く風である。


「はっきり言って、お祖父ちゃんよりコタローさんの方が、教え方もうまいしっ! 生徒にも、それなりに人気あるしっ!」


「……」

 塾長は岩のように無言のまま。

 姫騎士の攻撃が効いている様子はない。


 竜宮塾長は七〇代の老人だ。

 ほぼ白髪だが、姿勢はシャキッと伸びる。

 プロイセンの将軍のような髭を蓄えており、老紳士然とした風格を漂わせる。


 姫騎士・萌々は、塾長への攻撃が効かないと見るや、矛先を俺に変えた。


「コタローさんも、何か言ってよっ! これはコタローさんの問題でしょ!」


「あ、ああ」


「権力の横暴にはきちんと抗議の声をあげなくちゃ!」


 う、うむ。そうだな、分かった。

 勇者は意を決した。

 室内をゆっくり歩く塾長に向き直って、

「えー、おほん。今回の、ふ、ふ、……」


 ギロッ。

 竜宮塾長が刃のような視線を俺に向ける。


「ふ、ふ、ふと……」

 魔王に睨まれたゴブリンのごとく、俺は言葉を途中で飲み込んだ。


 今回の不当解雇には納得がいかない、と言うつもりだったのだが、不発。


 萌々は全身で落胆を表現しつつ、

「コタローさんの意気地なしっ!」


「すまん。抗議とか苦手なんでな……」

 肩をすくめる他はない。


 萌々は人差し指を上に向けて、

「じゃあさ、こうしよう。抗議じゃなくてアピール」


「アピール?」


「ほらっ、コタローさんにもセールスポイントとか、あるでしょ。それをアピールするのっ」


 すまん、萌々ちゃん。

 俺は抗議も苦手だが、自己アピールはもっと苦手なんだ。


 というか、そもそも俺にセールスポイントなんかあるのか?


 塾講師としての学力は、かなり下の部類だろう。

 中学生までしか教えられないし。

 トークもいまいち。

 カリスマなんて微塵もない。


「ごめん、萌々ちゃん。俺のセールスポイントが見当たらない」


「もっとよく考えてみてっ! 一つくらいあるでしょ!」


「うーむ、うーむ」

 俺の強みか。

 そんなマジックアイテムみたいなものが、ほんとにあるのか?

 考えろ、俺。


 と、その時。

 天啓のようなものが俺の脳裏を走った。


(あった、あったぞっ!)

(誰にも負けない俺の強みがっ!)


 俺は、悠然と歩く塾長に向き直った。

 エクスカリバーを装備した勇者の気分だ。


「竜宮塾長!」

 と俺は勇気一〇〇倍の声で呼びかける。


「なにかね? 小太郎君」


「俺がここで仕事を始めて一〇年になります。塾講師としては、それなりのキャリアを持っているわけです」


「……」

 塾長の足がとまった。


 俺は言葉を続ける。

「にも関わらず、俺はほとんど最低賃金で雇われています。つまり、コストパフォーマンスでみれば、俺は最強レベルの人材というわけです!」


 エクスカリバーの一撃が決まった。

 手応えあり!


 そうだよな。

 俺ってかなり使える人材なんだよな。

 俺をクビにするなんて、愚策もいいところだぜ。


 これでどうだい? と麗しの姫騎士にサムズアップ。


 萌々も勇者に向かってウィンクを返す。


 よし。

 この線で攻めよう。

 勇者よ、バイトの契約継続を勝ち取れ。


 コホン。

 竜宮塾長が乾いた咳払いをした。

 それから、もったいつけた口調で、

「君たちは勘違いをしているようだ。私はお金の事は問題にはしていない。これは経営の問題ではないのだ」


 ええっ? 動揺する俺。

「で、では、何が問題なんです?」


 塾長は、カッと目を見開いて、

「これは理念の問題なのだ!」


 塾長は部屋の壁を指差した。

 そこには「夢」と大きく書かれた色紙が額縁に入れられて飾られている。


「当塾では、生徒たちが夢を持って生きていけるように指導をしている。したがって、何の夢も持たずにダラダラ生きている講師の居場所など、当塾にはないっ!」


 魔王の指先から放出された強烈な攻撃呪文が勇者に直撃する。


 ぐはっ。

 勇者の命運も、ここまでか──


 と、その時だった。


 プルルルッ~、プルルルッ~。

 塾長室の電話が鳴った。

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