第5話②

昼。街の高校。二人の少女が会話していた。

「あーあーあー! やっぱり今からでも……!」

「だめよ。」

恋が静穂の肩を掴む。静穂は堪えきれぬ様子であった。


「だって、あの人が、逮捕されてるんだよ! 大量殺人なんて、ありえないのに!」

静穂の目は真剣である。それを引き止める恋も同様であり、冷静を保ちつつも混乱を噛み殺していた。


この日の朝。静穂は学校ではなく豊水が捕まっているという地元の警察署に一直線に行こうとした。それを先回りして恋が止めていたのである。


「気になってしかたないよ! むしろ恋は……」

「私だって! でも……。あの時の戦いを、見たでしょ!」

恋は冷静さを多少欠き、感情を噴出させる。

あの魔王の戦いは、……特に彼女にとっては、当事者なのである。


「またあんな戦闘が起きたなら、今度はほんとに死ぬよ……!」

「だけど……!」

「きっとあの人は大丈夫……強いから。あのモンスターの戦いは、豊水さんに任せておけばいい。そうでしょ?」

その言葉は彼女自身に言い聞かせるようでもあった。


恋は自らの兄を魔王の戦いによって失っている。

彼女はエピキュアとプロトプラズマの戦いの後、危険を承知で街に残った。この戦いを始め、兄を化物に変え殺した「誰か」への怒りがあった。自らの目でその正体を見定め、真実を問い正し、そして裁きを受けさせたかった。家族の、そして不幸にも死んでいった人々無念を晴らしたかった。


しかし。

「私だって逃げたくなかった。けど! またたくさんの人が死んだ! それになぜか目撃者もいないけど……四月一日さんの家が荒らされて! 街中で行方不明者が大勢いる! もう、私達が入っていけるレベルじゃないのよ……!」

静穂は恋の少し震える声に対し、何も言い返すことはできなかった。数秒の沈黙の後、息を吐き、答えた。

「んう……わかったよ。わかった……。我慢するよ。」


「……よし、偉いよ。静穂。」

恋は一呼吸おき、冷静さを取り戻し、いつもどおりの調子で言った。

「はは、そりゃそうよ。一番偉そうなのはなにを隠そう私よ!」

静穂もまた、調子を取り戻し、笑顔を浮かべた。


「はいはい。……ほんと、あんたまで死なれちゃまじでキツイんだから、こっちも……。」

「おお!?」

思わぬ言葉をかけられ、静穂は変な声をあげた。

「ちょっと照れるぜ、それは!」

「ん……言わなきゃよかった。」

しかし、悪態をつきつつも、彼女の顔は少し赤くなった。恋も心内では認めているのだ。不安と恐怖とに押しつぶされる日常の中で、能天気に笑う友の存在にが、救いとなっていることに。


「さ、そろそろ昼休みも終わるわよ。」

「昼寝の時間だ。」

「せめて起きる努力はしないとあとでノートみせないよ。」

「スパルタ教育……。」


そして頭に入らない授業が始まる中で。恋は今後のことを考える。逃げる方法を。生きる方法お。家族を説得し、助けるにはどうすればいいか。明日にでも、疎開を実行すべきなのだ。警察も軍隊も魔王の前にはまるで赤子だろうから……。


連城恋は思索する。

しかし。


全ては手遅れであった。

終末戦争の歯車は回り始めてしまったのだ。




「ヅッ……ガハッ……!」

魔王エピキュアは意識を取り戻した。その手には黒石――連城恋から受け取った謎の物体が握られている。


「なぁあなた、だいじょうぶかい?」

年配の女性が心配そうに豊水に声をかけた。

「ええ、大丈夫です……。これでも頑丈さには自信あるので。ちょっとめまいがしただけですから。」


今、豊水はありふれたカフェチェーンで食事をしていた。警察署から難なく脱出した後、適当に身を潜めていたのだ。

もっとも、警察から逃げる経験など彼にはなかったので、あえて堂々と一般店を利用した。


豊水は思考する。

そもそも冤罪だし、まぁ警察が来ても捕まることはないし、日本の警察なら一般市民を巻き添えにすることはないだろう。最悪、おとなしくしょっぴかれれば良い話だ。それよりも問題なのは魔王と戦闘が始まる場合だ。魔王の戦いを早く終わらせて、これ以上二次被害を出さないようにしたいが。適当に準備したら人気の居ないところで敵魔王が――スターチャイルドが来るのを待つべきか? いやそれでは俺に不利過ぎる……。


そのような思考を巡らせていた時であった。打ち付けに、彼の意識が飛んだ。


先日魔王ロンジェビティと戦闘があった、あの海岸の光景である。緑髪の魔王が人々を襲った、凄惨な映像が豊水の脳裏で再生されたのだ。


豊水は無意識のうちに黒石を掴んでいた。彼は考える。

今の映像は、本物なのか? いや、おそらく事実だ。魔王センスの影響か、妙な現実感があった。なら、この黒石はなんなのだ? 映像の中であの女魔王、黒い煙みたいなものを使っていた。固体化する黒煙。光を吸い込む、真っ黒い武器。似ている、この石に。


「……行くか。」

おそらく、また人が死んだ。助けられなかった。だが、今すぐなら魔王を倒せるかもしれない。黒石は敵の罠かも知れぬ。しかし、この機会を逃すわけにはいかなかった。


豊水はカフェを離れ、警察の目を逃れ街の隙間を縫うように走った。緑の魔王と戦うために。





同刻。海岸。晴天の空を墨汁めいた黒煙が広がる。

「どこだ。どこにいる?」

無残に破壊されたレストラン。魔王マレヴォレントは警察の死体と、まだ片付けられていない先日の被害者を椅子代わりにして座る。


彼女は現在、魔王の捜索を行っている最中である。魔王サスペシャスの能力である黒煙は自己の感覚を補う効果を持つ。彼女の片目を黒煙で形成できるのもこの効果ゆえだ。マレヴォレントは黒煙の触手をこの事件現場から伸ばすことで、まだ周囲に潜んでいる可能性がある魔王を見つけ出そうというのだ。


「前のトコじゃ見つかんなかったがな……。クソ、こんどは釣り上げてやんよ!」

魔王は爬虫類じみた目を怒りで見開く。

前の事件現場、どこかの金持ちの邸宅の破壊後では目撃者や被害者の意識に細工が施されており、魔王の尻尾を掴もうとしても徒労に終わったのだ。


「どこにいる、どこにいる。臆病者の魔王共! 私はここにいるぞ! おめーらはどこにいる!」


そして。


魔王マレヴォレントの口元が歪んだ。瞳に喜色が映る。

「見ィつけたァ……!」


黒煙から送られる視覚情報は、マレヴォレントの眼孔に収まる漆黒の目に送られる。彼女の毒手は魔王のソウルを嗅ぎ分けたのだ。


しかし、マレヴォレントは喜びでも敵愾心でもない感情で顔を歪めた。

「アア? こいつは……」


規則正しく並ぶ机。黒板にチョークで数字を刻む教師。

学校。


それ自体はおかしくない。マレヴォレントも、かつて交戦したサスペシャスも学生だったのだから。

しかし、黒い目に映る光景は、予想外であった。


「ガキ……? 小学生か、まさか?」


黒く短い髪。制服ではなく、私服。手には鉛筆。大きな瞳。

そのありふれた子供は。

魔王スターチャイルドは。


マレヴォレントに顔を向け、笑顔を作った。

小さな子供にするような、見下した笑みを。


「殺す!!」

魔王マレヴォレントは激昂した!

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