第136話 神の見る世界




 勇者"剣姫けんき"改め"巫女"のハルはカムイ山を訪れていた。

 カムイ山の奥地にある、"木こりの泉"と呼ばれる泉。

 泉に向かってハルが声を上げる。


「女神様~! ちょっと宜しいですか~!」


 そうすれば、すぐさま泉が割れて中から波打つ水色の髪の美しい女神が現れる。

 正直者に恵みをもたらす女神、オリフシである。

 ハルの顔を見たオリフシは、にっこりと嬉しそうに笑った。


「あらあらハルちゃん。いらっしゃい。どうしたの? 上がってく?」

「いえ。ちょっと聞きたい事があって。」


 泉の底のオリフシの家に招こうとしたら断られて、オリフシは少ししゅんとした。

 

「うん……。聞きたい事ってなぁに?」

「魔王がどこに行ったか知りませんか?」

「魔王くん?」


 思わぬ質問にオリフシは首を傾げた。


「魔王城にいるんじゃないの?」

「いえ。何かコタツごといなくなってて。」

「え?」


 ピンと来ていない様子のオリフシ。

 その反応を見て、ハルは少し悲しげに目を伏せた。

 ハルの一挙手一投足をオリフシは見逃さない。自身のパッとしない反応に、ハルを落ち込ませてしまったと気付き、慌てて取り繕うようにあははと笑った。


「え、えっと。魔王くんが魔王城にいなかったのよね? コタツもなくなってたのよね?」

「はい。」

「……うーん。……えーっと。……いや、あれ? ……あっ。」


 必死に気の利いた答えを絞りだそうと悩ましげに唸り声を上げて、思考を纏めるように視線をあちこちに泳がし、ふと何かに引っ掛かり、そして最後に思い出す。

 そんな一連の思考の流れを見せてから、オリフシは口元に手を当てた。


「女神様?」

「あっ、ちょっと待ってね。」


 オリフシが何かに気付いた様子にハルも気付いて声を掛ければ、オリフシは待ったを掛ける。

 そして、何を思ったのか、懐からハルが見た事のない不思議な板?のようなものを取り出して、トントンと指でそれを叩き始めた。

 なんだろう? と不思議そうに思ったものの、待ったをかけられたのでハルはそわそわしながらオリフシの様子を窺っている。

 オリフシは続いて板のようなものを耳元に当てて、視線を上の方に向けた。


 ハルの地獄耳が板のようなものがプルプルと不思議な音を立てているのを聞く。

 そこから遅れて女性の声が聞こえてきた。


『はいはーい。きゅーとでぷりちー、くればーな女神のヒトトセです。ただいま電話に出ることができません。ピーという音の後に用件を話してどうぞ。ちな、伝言を聞くことは確約できません。三行くらいで手短によろ。』


 オリフシの顔があからさまにイラッとしたのにハルも気付いた。


「…………。」

『…………。』

「ピーって言えや!!!」

『ひえっ! 急に大声出さないでよ!』

「あっ! 留守電じゃないなこれ! ヒトトセ先輩! ふざけないで下さい!」

『オ、オリフシもしかして怒ってる? うちなんかやっちゃいました?』

「聞きたい事があるんです!」


 何やら板に向かって話し掛けて、板からも反応が返ってきている。

 それを見て、ハルはあの板は魔王に貰った通話の魔石のようなものなのだと察した。どうやらオリフシは誰かと板を通じて会話をしているらしい。


『な、なに?』

「魔王くんの事です! 魔王くん消えちゃったみたいなんですけど、何か知りませんか!?」

『え? 消えた? 何の話よ?』

「故郷に帰る提案をしてたでしょう! 魔王くんの行き先知ってるんじゃないですか!?」


 ハルがぴくりと眉を動かす。

 故郷に帰る提案をしていた。その単語を聞いて、魔王に故郷に帰る選択肢を提示した相手が、オリフシの通話先にいると察する。


「魔王は故郷に帰ったんですか!?」

『わっ! そっち誰かいんの!?』

「ハルちゃんがいます。魔王くんがいなくなって探してるそうです。」

『え? ハル? あー、そうなん?』

「初めまして! ハルです!」

『あっ、どうも初めまして。うちは女神のヒトトセです。そんな怒鳴らなくても聞こえるから。オリフシ、ちょっとスマホ近づけてやって?』

「あ、はい。」


 オリフシが板を手に持ち、ハルに近寄る。

 板を見せれば、中には不思議な絵が浮かび上がっている。

 ハルには近くで見たところでそれが何なのか分からなかったが、それがヒトトセなる女神と繋がっているものという認識で話を続けた。


「魔王は故郷に帰ったんですか?」

『え? うーん…………これ言っていいのかな?』

「教えて下さい!!!」

『耳痛ッ!!! ちょ、デカイ声やめて!』

「お願いします!!!」

『アッ!!! やめてって! 鼓膜やられる!』

「教えてくれないなら私も思いっきり叫びますよ。」

『オリフシ!? わ、わかったわかった! 話すから音響攻撃はやめてって! もう、なんなのさ~。よってたかってさ~。』


 根を上げたヒトトセが、電話先でスンスンと啜り泣くような声を上げる。

 どうせ嘘泣きだろうとオリフシは思って、トントンと板を叩けば、「ヒッ!」と声を上げてヒトトセが真面目な声で話し出す。


『シキを封じた功績を称えて、故郷でやり直す機会を与える……とは言ったよ。今の生活をこのまま続けるか、故郷に帰れなくなった時からやり直すかってね。どうしたいか考える期間をギリギリまであげて、その上で選んで貰ったよ。』

「魔王は何て?」


 食い気味にハルが尋ねれば、ふぅ、と溜め息をついてヒトトセは答えた。


『故郷でやり直さなくてもいい、ってさ。』


 それを聞いたハルはほっと安堵の息を吐いた。

 魔王は黙って故郷に帰った訳ではないらしい。

 しかし、それなら魔王は何処へ消えたのか? そんな疑問が湧き上がる。

 そんな疑問をハルが口にする前に、ヒトトセは続けて話す。


『まぁ、それだとご褒美無くなっちゃうからさ。人生をやり直す時間遡行には申請通せる期限があるから、早めに返事ちょうだいって言ってたけども。他のご褒美なら別に返事急がないから、また連絡ちょうだいね、って事でうちに会える座標は伝えたんよ。』


 どうやら、魔王は故郷でやり直す権利に変わる、ご褒美を選ぶ期間を与えられたらしい。

 オリフシが板に向かって問い掛ける。


「先輩は魔王くんと連絡取れるんですか?」

『んあ? いや、まぁ取ろうと思えば取れるけど。そっちは連絡できんの?』

「通話の魔石は繋がらないです。」


 ハルが答える。通話の魔石も魔王には繋がらない。

 それを伝えると「あー。」とヒトトセが申し訳なさそうに声をあげた。


『んじゃ、うちでも無理やわ。同じ世界のそっちで念波届かないなら、外側のうちじゃ尚更通じんよ。』

「先輩、一応試してみてくれませんか?」

『う~ん。いいけどさぁ。』


 渋々ながら通話先でごそごそとヒトトセが動き出す。

 一応向こう側で連絡を取れるかを試してくれているらしい。

 しばらくしてから、はぁ、と溜め息が聞こえて、再び声が聞こえてきた。


『やっぱ繋がらんよ。念波の悪いところにでもいるんじゃない?』


 ヒトトセもまた、ハル達と同じように魔王と連絡が取れないらしい。

 ハルとオリフシははぁとがっかりして息を吐く。

 その溜め息が聞こえたらしく、あはは、と通話先でヒトトセは通話した。


『期待に沿えんでごめんね。できれば良くしてあげたいけども、うちの一存ではどうにもできんのよ。んまぁ、魔王くんから連絡あったら、ハルちゃん達心配してたよとでも伝えとくから。』

「あ、はい。すみません。ありがとうございます。」

『ええよええよ。礼儀正しい子やねぇ。まぁ、心配しなくても大丈夫よ。女神ヒトトセが保証しちゃる。』

「ありがとうございます。」

『んじゃ、そろそろ切るよ。』


 そして、ぷつりとヒトトセとの通話は途切れた。

 ハルは少しガッカリした様子だったが、無理して笑顔を浮かべていた。


「女神様、ありがとうございます。私、他の神様にも伺ってみます。」

「ごめんね。あまり力になれなくて。」

「いえ。とても助かりました。」

 

 ハルに申し訳無さそうにオリフシが言えば、心配かけまいとハルは頭を下げる。

 その健気な姿に胸をぎゅっと締め付けられて、オリフシは優しく微笑みハルの肩に手を乗せた。


「ヒトトセ先輩から連絡来たらすぐに教えてあげるわね。私の方でも調べてみるから。」

「はい。ありがとうございます。」


 そして、オリフシはにこりと笑ってハルの頭をそっと撫でた。


「大丈夫。悪いようにはならないわ。ヒトトセ先輩も、私も保証してあげる。女神が『大丈夫』って言ったんだから、何も問題なんてないわよ。」

「……ありがとうございます。」


 その励ましで、少し無理をしていたハルの笑顔がすっと柔らかくなった。


「じゃあ、私行きます。」

「ええ。気をつけてね。無理しちゃ駄目よ。」

「はい。いってきます。」


 ハルはぺこりと一礼して、女神オリフシの元を後にした。

 これからはシキの一件で知り合った、各地に散らばる神様達の元を廻る。

 タッと素早く駆けて、たちまち見えなくなっていくハルの背中を見送ったオリフシは、柔らかい笑みをすっと消し、たちまち心配そうな顔になる。


「……もう、ハルちゃん達に心配掛けるなんて。あの人何をしているのかしら。」


 唇に手を当ててオリフシは考える。

 一番怪しかったヒトトセは何も知らなかった。とはいえ、魔王は故郷でやり直すつもりではないという事だけは分かった。

 他に何か心当たりはないか。

 それを考えたオリフシは「あ。」と今更になって思い付く。


 そして、オリフシはすぐさまもう一柱の先輩に通話を繋ぐ。



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