第137話 魔導書と魔女
勇者"魔導書"アキはデッカイドーの僻地に佇むとある建造物の元を訪れていた。
人が訪れる事はまずないそこは、巨大な鉄の箱に見える、この世界ではかなり異質な建造物である。
ここは魔王城にて利用する電気というエネルギーを作り、送り込んでいる魔王の抱える施設である。
アキは魔法のアドバイザーとして、魔法で動くこの施設のメンテナンス、管理を魔王から仕事として受け持っていた。
一応、座標までは聞いていたので訪れる事ができたが、今までは魔王のゲートにてショートカットをしていたため、流石にここまで訪れるのには骨が折れた。
アキがこの施設を訪れたのは、突如として失踪した魔王の足取りを辿るためである。
魔王城からコタツを始めとした家具ごとまとめて消失してしまった魔王。
故郷に帰ってしまったのか、それとも何か事件に巻き込まれたのか。
それを探る為に、アキは手掛かりとしてこの施設をまず思い浮かべた。
もしも魔王が故郷に帰ったのだとしたら、魔王城に電気を送るこの発電施設を停止しているだろう。世界に危機をもたらす願望機、シキを放置できずに保護した彼の性格を考えれば、エネルギーを生み出し続ける状態で施設を放置する事はないだろうというのがアキの推測である。
アキの推測が外れていたとしても、少なくとも魔王に関わる施設ではあるので調査する価値はあるだろう。
アキは魔王から習った手順にて、発電施設の入口のロックを解除して施設の中に入る。
施設内ではゴウンゴウンと装置が稼働している。
アキは施設内を見回りつつ、ふむと顎に手を当てる。
(施設は稼働中、ですか。故郷に帰る為に身辺整理をしたという訳でもなさそうですね。やむを得ない事情で急いで去った? それにしては、魔王城の整理をしている余裕があるのは気になりますが。)
魔王の足取りを推測しつつ、アキは施設の奥まで歩く。
施設を制御する装置に触って開けば、アキはそこで初めて変化に気付く。
(あれ? 弄った形跡がある?)
アキは発電施設のメンテナンス経験があるため、変化についてはすぐに分かった。
制御装置には直近で操作をした形跡があった。
(……一度停止した? その後で再起動したんでしょうか?)
一度施設を止めて、その後に再起動したような形跡。
装置の今回の魔法部分は弄られてはいないものの、手動のオンオフの機能で一度施設が停止されたような形跡があった。
アキが以前のメンテナンスの際に、念のために仕込んでいた操作の形跡が残る仕組みが功を奏した。
何故、そんな仕組みを仕込んだのかと言うと、魔王が以前に契約していた"魔女"なる存在を警戒してのことである。
元々はこの発電施設の魔法設備を整えたのは、"魔女"なる魔法に長けた存在だったという。しかし、あえて不出来な魔法を組み、短い周期でのメンテナンスが必要になるよう仕組んでいた事がアキの目で明らかになった。
それをきっかけとして、アキが魔王城の魔法関連のアドバイザーになったのだ。
そういった姑息な稼ぎを狙う魔女であれば、設備に外から悪さをするかもしれない。それを警戒して、アキは監視の意図で形跡が残る仕組みを仕込んでいたのだ。
(魔女が触った? いや、それなら魔法の仕組み自体に悪さをする筈です。これは、魔王が自分で一時停止したという事でしょうか?)
魔法部分に手は加えられておらず、魔法に精通していないものでも弄れるスイッチ部分にのみ手が加えられている。そこから魔王が操作を行ったと判断し、アキは更に思考を巡らせた。
(……どうして一度止めたんでしょうか? そして、どうしてもう一度動かしたんでしょうか? もう一度動かしたという事は設備はまだ使うつもりでいたという事?)
アキはうーんと悩ましげに唸った。
わざわざ止めた理由も、再起動した理由も分からない。
(……"良いように捉えれば"、魔王はわざわざ施設を動かした。"この世界に留まるつもりがある"という事です。)
施設を続けて使うつもりがあるのであれば、この世界に残るつもりなのだろう。
わざわざ一度止めたという事は、施設を止め忘れてしまったという事もない。
魔王は何かの理由で一度施設を止めたものの、まだこの世界に残るつもりで再び施設を再起動したのだ。
(……"良くない事が起きたと仮定するならば"、魔王はこの世界に残るつもりだったけれど、何かの事件に巻き込まれて姿を眩ました。)
この世界に残るつもりで施設を起動したものの、魔王城を引き払わなければならない何かに直面した。
(いや、それならわざわざ丁寧に家財を引き払う事もないでしょうし……。)
どうして魔王城から家財を全て引き払ったのか?
アキがうーんと更に悩ましげに唸る。
その時である。
ゴウン、と施設内に装置の稼働音とは別の重々しい音が響き渡った。
びくっとアキは身体を大きく弾ませる。
アキは慌てて装置の影に身を隠し、息を潜ませた。
咄嗟に隠れて警戒する事で冷静さを取り戻したアキは、音の正体を推察する。
(扉が開いた……?)
施設の扉が開いた音、つまり誰かが扉を開いて入ってきた音。
この施設に出入りするには、扉のロックを解除する必要がある。その為にはこの世界には馴染みのない装置を弄る必要がある。
施設へ訪れる者がまず珍しく、施設の扉を開き方を理解できる者は更に少なくなる。施設に入れるのは魔王に
(魔王? それか部下の誰か?)
魔王もしくは関係者であれば、あれこれと探す手間が省ける。
思わぬ嬉しい誤算にアキの顔には笑顔が浮かぶ。
しかし、喜びに任せて物陰から飛び出そうとして、アキはピタリと足を止めた。
(…………違う。)
カツカツという足音を聞いてアキは踏み止まる。
聞き覚えのない足音だった。
まるで底の深いヒールでも履いているかのような音。
アキの知る魔王の足音、配下の者達の足音とは明らかに掛け離れた足音だった。
ごくりと息を呑む。
ここに入ってきたのはアキの知る相手ではない。
そう気付いた時、侵入者が漂わせるただならぬ空気にアキは気付く。
魔王はその関係者、魔王城に辿り着く前に出会った魔物達は持っていなかった、溢れ出るような魔力。魔法に長けた者のみが纏う気配。
施設に入る事ができるもの。そして、魔法に長けたもの。そこから導き出された答えは……。
(……魔女?)
この施設の魔法を組み上げた、アキの前任の魔法のアドバイザー、"魔女"。
アキはぐっと杖を握り締める。
魔女のような友好的とは限らない相手との遭遇を全く想定していなかった訳ではない。今日は装備は整えてきている。
魔女の実力は分からない。アキから見れば明らかに粗悪な魔法を組み上げていたものの、それが実力不足から来るものとは限らない。メンテナンスと称して不出来なものを提供する事で、魔王から余分に報酬をふんだくろうとしているのかも知れない。露骨な荒さから、アキはむしろそちらの可能性のほうが高いとすら考える。
それを差し引いても、魔法で電気を作り出すこのような施設を作れる時点で、魔法の腕は確かな筈だ。少なくとも、アキの知る魔法使いとは一線を画す実力者であろう。
油断はできない。アキは覚悟を決める。
カツカツというヒールの音はすぐそばにまで迫っている。
物陰からもその黒い姿が見えた。
黒いマントを羽織り、黒い三角帽子を被り、箒を携えた背の高い女。
黒い髪を揺らしながら、魔女と思しき女は操作盤の前に立った。
(細工をするつもりですね……!)
やはり悪事を働きに来たらしい。アキはそれを確信して、いよいよ魔女を対峙する事に決める。
魔女はこちらには気付いていない。しかし、不意討ちをするつもりもない。
アキはすっと物陰から歩み出て、操作盤に向き合う魔女に背後から声を掛けた。
「何をしているんですか!」
「ひゃああああああああっ!?」
アキに声を掛けられた魔女が悲鳴を上げた。
魔女が身を捩らせる。ヒールを履いた足が足首の辺りからぐねっと曲がった。
そして、そのままバランスを崩し、ビターン!と魔女は地面に転んだ。
アキはきょとんとしていた。
魔女は地面に転がって、アアアアア、と声にならないうめき声を上げている。
どうやら派手に転んで腰かお尻の辺りをしたたかに打ち付け、更には足も捻った激痛からもんどり打っているらしい。
敵対するつもりでいたアキも流石に心配になって歩み寄る。
「あ、あの大丈夫ですか?」
「アアアアア……!」
「か、回復魔法かけますね。」
敵対するつもりだった魔女に、回復魔法を施す。
回復魔法が掛かると、息の荒かった魔女の身体の動きは次第に小さくなっていった。
完全に治ったところで、アキは改めてしゃがみ込んだまま声を掛けた。
「あの、大丈夫ですか?」
魔女は顔を上げた。見た目は普通の人間の女性のように見えた。
涙目の魔女は、アキの顔を見てカッと怒りの形相に変わる。
「い、いいいいいいいきなり脅かすな! 死ぬかと思っただろが!」
「ご、ごめんなさい。」
大体分かってた事だが、いきなり後ろから声を掛けて思いっきりびっくりしてひっくり返ったらしい。どんな悪辣な相手かと思ったら、思ったよりも小心者らしい。
「なんなんだお前は一体!? 迷子か!? 悪戯しにきたのか!? ここは関係者以外立ち入り禁止だぞ! というかどうやってここまできた!? なんなんだ!? 何なんだお前は一体!? なんなん」
「えっと、一旦落ち着いて…………誰が迷子ですか!? 私は立派な大人ですよ!!!」
「は!? どう見てもガキンチョ……。」
「私は大人です!!!」
「ひゃっ……!」
アキの怒声に魔女はきゅっと目を閉じた。
「怒鳴るなよぉ……! びっくりするじゃんかよぉ……! なんだんだよぉ……!」
大人げなくしくしくと泣き始める魔女。
見た目は大人の女性なのだが、あまりにも大人げない姿を見て、アキの方が申し訳なくなってきた。
「ご、ごめんなさい。今のは私が大人げなかったです。一旦落ち着いて。泣かないで下さい。」
「うぅ……ぐすっ……! 泣いてねぇよぉ……ふざけやがってよぉ……!」
ごしごしとマントで涙で鼻水を拭って、魔女は真っ赤な顔と目でアキをじろりと睨み付けた。
「なんなんだよぉ、お前よぉ……かなり高度な回復魔法使ってるし……!」
「あなたは何者なんですか?」
「質問に質問を返すなよぉ……! あたしが先に聞いてんのに……。」
「そこで何か悪さしようとしてたでしょう?」
アキが制御盤を指差すと、魔女はびくりと肩を弾ませた。
そして明らかに目を泳がせて、ガタガタと震え出す。
「べ、べべべべべべべべべべべべべべべつに何も」
「あ、慌て方すごいですね……。」
「あ、あわ、あわわわわわわ慌ててな」
「いやそういうのいいですから。」
あまりにも取り乱すのでアキの方が冷静になってくる。
埒が明かないのでアキは自分から自己紹介をして会話を試みることにする。
「私はアキ。"魔導書"と呼ばれている勇者です。」
「"魔導書"……勇者…………ひっ!? 勇者!?」
自己紹介を聞いた魔女の顔がたちまち真っ赤から真っ青に変わる。
そして、魔女はさっと足を折りたたみ、正座の姿勢に入ってから、額を地面に擦りつけた。
それはそれは綺麗な土下座であった。
「こ、殺さないで下さい!!!」
「殺しませんよ!?」
勇者を一体何だと思っているのか。
まさかの命乞いにアキはぎょっとした。
勇者"魔導書"アキは、魔王の発電施設で魔女と出会った。
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