第134話 コタツをしまう日
シキの事件からしばらくの時が経ち。
ハルがシキに"名付け"した
世間には世界に寒さをもたらしていたのは魔王であり、魔王が倒された事で世界が次第に温まり始めていると信じられているが。
魔王を倒した、という事にはなっているが、未だに世界には魔物が現れ続けており、危険はまだまだ残っている。
魔王討伐の功績を称えられた勇者は、魔王を討つ者としてではなく、今は守護者として人々の尊敬を集めている。
……と言いつつも、実際にやっている事は今までと変わらない。
頼まれ事をすれば手伝い、国からの要請があれば働く、便利屋のようなものである。
魔王を倒すという表向きの仕事が終わっただけで、世界の変化とは対照的に何かが大きく変わったという事はない。
「すまない。待ったか?」
「いや、待ってない。」
「結構待ちましたよ。」
街の一角で待ち合わせるのはプライベートの私服姿の三人の勇者。
待ち合わせ場所に先にいたのは、長身の表情に乏しい青年"拳王"ことナツ。そして、小柄な少女のように見える"魔導書"アキ。
遅れてやってきたのはすっかりお洒落に小慣れてきた"剣姫"ハルである。
勇者の仕事が変わらないとは言え、いつも忙しく駆け回っている訳ではない。
今日は三人の勇者達は同時に予定を開けて、集まる約束をしていた。
遅れ来たハルが苦笑しつつ頭を掻く。
「ごめん。何を着ていくのか迷って。」
「別に怒ってはないです。待ってないっていうのは違うと訂正しただけです。」
「まぁ、集まれたんだしよしとしよう。早速移動するか。」
ナツが軽く指を振る。すると、周りには見えない黒い霧が周囲に満ちる。
ナツがすっかり自前の力として操れるようになった"虚飾"という力。
既に隠していた自身とアキに加えて、ハルもまた周囲の視線から覆い隠す。
あくまで今日はプライベート。国の有名人である勇者達は、静かに過ごすためにナツの力で文字通りお忍び状態になった。
今日この三人の勇者が集まったのは何もお忍びの交遊という訳ではない。
彼らはとある目的の為に集まったのだ。
時は少し前に遡る。
「魔王にお祝いか何かしないか?」
ハルの提案がきっかけであった。
共に世界の危機を救った仲間、魔王フユショーグン。
彼の方から祝勝会と称した催し物に招いて貰ったものの、勇者達の方から彼に対しては特に何もしていない。
一応は世界の危機を乗りきる大きな助けになった人物である。更に、祝勝会で色々とお世話になってしまった事もあり、今までの諸々も含めて、丁度いい節目でもあるのでお礼をしてはどうだろうかとハルは考えたのだという。
「ハルからお返しなんて発想が出るなんて意外です。」
「どういう意味だアキ。」
そんな感じで若干喧嘩もしたものの、何やかんや魔王と付き合いの長い勇者三人で何かしようという事になった。
勇者達がそう考えたのは、つい最近に魔王と会った時の事が引っ掛かっていたという事もある。
魔王は故郷に帰ろうか迷っているらしい。
遠からずどこかへ行ってしまいそうな雰囲気を勇者達は察していた。
居なくなってしまいそうな彼の事を考えると、何かをしたいと勇者達は思ったのである。
思惑はそれぞれ違う。
此処から去りたくないと思わせたいと思う者もいた。
せめて去るなら最後にお礼を伝えたいと思う者もいた。
彼のこれからの為に何か背中を押す機会にしたいと思う者もいた。
望む未来は違うのかもしれない。しかし、彼に何かをしてあげたいという想いは共通している。そして考えが違ったとしても、各々が考えている事に全員が同意できるだろう。
勇者達は集まって、各々が贈り物を用意して、魔王に贈ることにした。
存在感を隠しつつ、街中をぶらりと移動する。
相談しながら、各々が思い思いのものを探して街を歩く。
やがて贈り物を見つけたら、そのまま今日の内に魔王城に向かう事にした。
魔王との通話ができる魔石を持っているが、今日はサプライズのつもりだ。事前に連絡はせず、直接押し掛ける事にする。
私服姿とは言え、無装備でも十分魔法を扱えるアキ、そもそもその身一つで戦えるナツ、剣だけで無く身体能力だけでも強いハルの前には魔物も出る道のりも恐るるに足らず。三人揃えば最早誰も止める者はいない。
魔王城へと向かう道も、以前は雪の積もった白い道だったが、今は雪が溶け始めていて土の地面や隠れていた草が見え始めている。
「あれから見る度に景色が変わってるな。」
「そうですね。」
「ああ。」
今まで何度も通ってきた道を感慨深く眺めながら進めば、見慣れた小屋が見えてくる。
暖房器具で暖かく保たれていた小屋は、雪が降りしきる日も凍り付く事はなかった。変わりゆく景色の中で、そのちっぽけな小屋だけが変わらずに残っている。
魔王城。その小屋を見た者は最初は「本当にこれが魔王城か?」と疑うだろう。
見ての通りのたった一間の小屋だが、入ればこの世界にはない快適な空間が広がっている。
一度入り浸れば癖になる魔性の空間である事を誰もが理解するだろう。
そんな魔王城の前に勇者達は立つ。
以前は「Welcome to 魔王城」とかけられていた看板はいつの間にか無くなっていた。
ハルが先頭に立ち、魔王城の扉をノックする。
ドン、ドン、ドン、といつもの調子で。
いつもならすぐに「入って良いぞ」と声が掛かる。
しかし、今日は中から返事が返って来なかった。
怪訝な顔をしてハルがもう一度ノックする。やはり、返事は返って来ない。
魔王が留守である事は過去にもあった。
しかし、基本的に誰かしらが留守番をしていた筈だ。
魔王が魔王城のコタツの中に封印していた願望機シキ。それから目を離さないように誰かがいつも居たはずだった。
「留守なのか?」
シキが居なくなった今、魔王城を空けることもあるのだろうか?
そう思ってハルがノブに手を掛ける。
ノブは抵抗もなく動き、扉はギィィと音を立てて開けられることに気付く。
戸締まりを忘れたのだろうか。不用心だな。
そんな事を思いながらハルは扉を押し開く。
後ろからナツとアキも続いて魔王城に入ろうとする。
扉を完全に開いたとき、勇者達は言葉を失った。
魔王はそこにはいなかった。魔王の配下の者達もまたそこにはいなかった。居候の神様、四季も、黒猫のシキもいなかった。
そして、いつもならその中央に置かれていた筈のコタツもまた、既にそこにはなくなっていた。
置かれていた暖房器具や僅かな家具までも全てが消えて。
魔王城はもぬけの殻となっていた。
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