第132話 魔王と英雄王
魔王城に訪れたのは、この世界を治める王。
かつて"白の勇者"と呼ばれた勇者であり、世界の危機を退けた功績を認められて後に"英雄王"と呼ばれた男。
その名をユキという。
「悪かったな。せっかくのパーティーに顔を出せず。流石に抜け出せなかった。」
「構わん。王がそうホイホイと消える国の方が心配だ。」
「ははは。確かにそうだ。」
金髪、赤い眼、雪のように白い肌の中世的な顔立ち、そしてかつて世界を救った頃から時が経っているにも関わらず、若々しい風貌の青年にしか見えない男。
それと相対するは色白なくたびれたおっさん。
魔王城の主であり、現魔王であるフユショーグンである。
魔王がユキの好みの砂糖多めのコーヒーミルクを淹れて差し出せば、ユキは「ありがとう」とカップを受け取った。
「本当はもっと早く挨拶に来たかったんだが、まぁ歩く死体騒ぎの始末に追われてな。シキの一件とは別口であんな厄介者が紛れ込んでいたとは。ついでに処理してくれて助かった。」
「いや。お前の方で処理してくれなかったらもっとパニックになっていただろうからな。」
この世界に人知れず訪れていた破滅の危機。
願望機シキがもたらす破滅の未来と、魔王は勇者と手を取り戦った。
そんな中、シキの力を狙って紛れ込んだ"三厄災"と呼ばれる魔物、"死の王"ハイベルン。
シキの力の横取りを謀り、それ以前から世界征服を目論み世界中に歩く死体を忍ばせていた危険な魔物とも魔王達は戦った。
実はそれらの伏兵の全容までは掴めていなかった魔王達だったのだが、その対策の為に隙無く兵を配置していたのが英雄王ユキである。
ハイベルンの存在を嗅ぎ付けた魔王が、ユキにも情報を共有し、事情は伏せつつ兵を配置して国の危機に備えていた。
結果としてハイベルンの伏兵が暴れ出すまでもなく制圧する事が出来たのだが、ハイベルンの潜ませた死体は街中どころか、国の中枢にまで及んでいた。
ハイベルンを魔王として『勇者が魔王を討った為に歩く死体は制御を失い死体に戻った』という筋書きを用意する事で、なんとか混乱を治めたのである。
それらの事後処理にユキは今まで追われていた。家臣に丸投げしようにも、シキの事件は秘密裏に処理された為に、多くをユキが自分で受け持つしかなくなった。そのお陰で祝勝パーティーにも参加できなかったのだ。
ようやく落ち着いたという事で、ユキは魔王の元を訪れていた。
「長かったな。」
「ああ。」
勇者としてやってきたユキと対峙して以来、魔王はユキと秘密裏に組んで、世界の破滅と立ち向かってきた。
ユキが一言だけ零した「長かった」という言葉では足りない程の時間があった。
「まぁ、今更語るような思い出もないが。」
「各々の仕事をしてただけだからな。」
ミルクコーヒーをずずと啜って、ユキがふぅと息を吐く。
その様子をブラックコーヒーを飲みながら、魔王は眺めてふっと笑った。
「まぁ、俺はハッキリと覚えているぞ。魔王を倒しに来たと言いながら、無警戒にも図々しくここで寛いで飲み食いして。その時は呆れたもんだ。」
「そうだったっけ? ……そうだったかも?」
出会いは魔王を倒しにきたユキが魔王城に乗り込んで来た所から始まった。
最初は敵対関係になるかと思われたが、魔王城に入って早々に魔王が飲んでいたコーヒーとクッキーに興味を持ち、そのまま暖かい部屋でくつろぎ始めた勇者。
魔王がそれをハッキリと覚えているのは、直近で似た勇者を見たからであるのだが。
ユキはコーヒーを啜り目を閉じる。
「会った時から『こいつが魔王?』と思った事だけは覚えてるな。今見てもそう思うが。」
「ほっとけ。それにお前が言えたことか。」
「耳が痛いな。まぁ、お互いに王様なんて向いてないって事だ。」
普通のおっさんにしか見えない魔王と、容姿端麗ながら貫禄のない若々しい英雄王。王らしからぬ二人は顔を見合わせてハハハと笑った。
ユキは笑いを次第に小さくしていく。そして、少しだけ真面目な顔になって尋ねる。
「トウマは魔王から降りるのか? 一応、ハイベルン? だかに押し付けて、世間的には魔王は死んだって事にはなったが。」
「ん? そうだな……まぁ、あくまでこの世界で邪魔されない為に借りた肩書きだからな。いつまでも持っておくつもりもない。」
「これからどうするつもりなんだ?」
ユキが問えば、魔王は少しだけ考えてから口を開く。
「……故郷に帰るか、今後も旅を続けるかで迷っている。」
「此処に残るつもりは?」
「此処に居る理由がない。」
魔王がデッカイドーに根を下ろした理由は、願望機シキを封じ込めるのに適した環境であるからだ。シキの課題を完全に解決した今、魔王にはこれ以上この世界を拠点とする意味はない。
配下の者達や現在の勇者達にはなかなか言い出せなかったが、ユキには自然と今後の話をできた。長らく戦って来た戦友への信頼からか、そこまで近くにいなかった距離感から来る気安さからか、それとも目の前の男が纏う不思議な安心感からか。自然と自身の考えが口から出たことに魔王は後から驚いた。
魔王の素っ気ない返事に、ユキはふっと笑って更に尋ねる。
「故郷に帰るというなら止めないが。此処から去らないといけない理由もないんだろ?」
「……まぁ、そうだな。」
「此処はそんなに居心地が悪いか?」
「悪いだろ。」
「まぁ、そうか。寒いもんな。」
ハハハ、と笑うユキ。
魔王はあわせて苦笑した。
「……寒さに目を瞑れば、あながち悪くないとは思うがな。」
「そうか。それなら良かった。」
魔王の本音を聞いたユキは優しく微笑む。
大人びた視線を向けられて、「むう」と魔王は参った様に頭を掻いた。
そして、誤魔化すようにコーヒーを啜る。それにあわせてユキもコーヒーに口をつけた。
しばらく、静かな時間が流れる。
やがて、さらりと何の脈絡もなくユキが口を開く。
「お前の好きにすればいいと思うぞ。もう周りに気を遣う事はないんじゃないか?」
「え?」
「心残りがあるなら僕が引き取る。後の事は気にするな。」
力強い言葉には、疑問を抱かせない説得力がある。
ユキの言わんとしている事は魔王にもすぐに伝わった。
「……分かった。必要であれば声を掛ける。」
「ああ。いつでも頼ってくれ。遠慮はいらないぞ。」
にっと歯を見せる年に似合わない無邪気な笑みでユキは言う。
「友達だからな。」
魔王にとってこの世界で唯一「友人」と呼べる歳の近い相手。
そんな彼の言葉で魔王の心に残った最後の荷は降りた。
明日、魔王は女神ヒトトセと会う。
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