第66話 勇者面接・うららの場合




 魔王城にて、少女とおっさんが対峙する。


 色白のおっさん、魔王フユショーグン。

 ボロ服に首に縄を巻いた薄幸少女、"勇者候補生"うらら。


 コタツに入って一対一。腹を割った"勇者面接"がここに始まった。


「……まさかお前がそうだったとは。」

「以前はどうも。」


 実は以前に合っている二人。

 魔王とは何かを探りに来たうららと、魔王は既に一度会話を交わしている。

 第一印象は二度と関わり合いたくない頭のおかしい怖い少女。印象最悪である。


「……とりあえず、お茶をどうぞ。」

「ちょっと冷めてないですか?」

「熱々にしたらまた一気飲みして自分を苛めるだろ。」

「します。」

「素直っ。」


 やはり掴み所の無いうららに、魔王は渋い顔をした。


(こいつ大丈夫かな……?)


 とにかくヤバイ奴だという事しか伝わってこない謎の少女。

 しかし、一応こいつにも面接をしなければならない。

 魔王は困惑しつつも質問をしていくことにした。


「えっと、転生者という事は、前世があって……という事は中身」

「レディーに年齢を聞くのはNGです。」

「あ、はい。」


 どうやら年齢の話はタブーらしい。

 少女の見た目以上に大人である、という事だけは理解して、魔王は深掘りはしない事にした。

 とりあえず、魔王は一番気になる部分を聞いてみる事にした。


「その首の縄は?」

「趣味です。」

「お、おう。」


 すごいあっさりした答えが返ってきて魔王も困惑する。

 しかし、襖に隠れてうららの心を探っているトーカからテレパシーが入ってくる。

 一度怯んだ魔王だったが、すぐに真面目な顔になって、うららに尋ねる。


「"束縛の縄"という魔法道具なのか。」

「へぇ。ゲシが言っていた事は本当なんですね。」


 どうやら、先に面接を受けたゲシから心が読めるという事は聞いていたらしい。

 うらら本人としてもそれを試した、というのが今の意図だったようだ。

 以前に一度うららが訪れた際も「魔王とは何か」という事を探る為に、遭難した少女のフリをして魔王城を訪れた。

 一概にただの変人と侮れない、腹芸と底知れなさを持った少女である。

 うららは魔王の心が読める力を試して満足したようで、にっこりと笑って首の縄に手を当てた。


「はい。これは"束縛の縄"。物質概念問わずありとあらゆるものを"縛"る事のできる道具です。」

「物質概念問わず?」

「はい。この場でお兄さんを縛り上げて動きを封じる事もできますし、『お兄さんの心を読む力を"縛"る』こともできちゃいますよ。」


 そう言われた魔王はぎょっとした。

 うららはにやりと不敵に笑った。


「『心を読む力』は、お兄さんの力じゃありませんね?」

「……そうだ。……あっ!?」


 思わず口をついて出た肯定の返事に、魔王は思わず口を手で塞ぐ。

 それを見てにやにやと笑っているうららを見て、魔王はうららの持つ力の恐ろしさを理解した。


「実は最初からお兄さんの"心を読む力"を縛ってたんですよ。それでも縛れなかったから、『この場を見ている誰か』の仕業かと疑ったんです。ちなみに、今はお兄さんの"嘘"を縛りました。今は一切の嘘はつけませんよ。」

「……なるほど、そういう力か。」


 嘘を吐く事すら許さない"縛"りの能力。

 非常に厄介である、と感じると同時に、もしかしたらこの能力はシキに有効なのではないか?という期待も過ぎる。


「その能力にデメリットはないのか?」

「ありますよ? 縛るものが大きければ、多ければ、それに応じて強い痛みが所有者に与えられます。」

「……えっ。それどのくらい痛いんだ?」

「"嘘"を封じるくらいならタンスの角に小指を強打するくらいですよ。」

「結構痛くないかそれ。」

「"特殊な能力"みたいなものならスパッと紙で指を切ったくらいですかね。」

「聞いてるだけで痛い。」

「今、私は"死"と"加齢"を縛って"不老不死"なんですけど、まぁ……表現するのも難しいですけど、麻酔無しでドリルで歯を削りながら外科手術を受けて出産するくらい痛いです。」

「お前大丈夫!?」

「まぁ、たとえですよたとえ。」


 目の前で平然と涼しい顔をしている少女が、実は凄まじい痛みを感じながらお茶を啜っているという事がにわかには信じがたい魔王。

 さらっと言った「不老不死」など気にならない程度に無茶苦茶なデメリット、魔王は恐る恐る聞いてみた。


「えっと……じゃあ、例えば。人智を越えた存在を縛り付けるとかする場合は、どのくらいのデメリットがあるんだ?」

「そもそも無理ですね。多分痛みのキャパ超えて私が先にトんじゃいます。」

「そ、そうか……。」


 万能な能力にも限界があるらしい。

 テレパシーで襖から伝わってくるトーカの声によれば、今まで言った事は事実らしい。事実なら事実で、先程たとえたレベルの痛みに平然としているのが恐ろしいのだが。

 本人の負担や限界を考えても、あまりこの能力は頼れるものではないなと魔王は考えた。


「まぁ、もしも何か仕事をご依頼頂けるのであれば、別にあれこれ気にせずにとりあえず頼んで貰って構いませんよ。デメリットがあるからとか、私の身は案じて頂かなくて結構。私ドMですので。むしろ強い痛みはご褒美というか。」

「なるほどね。そういうキャラなのね。」


 熱いお茶一気飲みなどの奇行の理由に魔王は納得した。

 何か心配するだけ馬鹿馬鹿しくなったので、魔王はとりあえず違う質問に移る事にした。


「質問させてくれ。たとえば、何でも願いが叶えられるとして、代わりに何かを犠牲にしなければならないとしたらどうする?」


 全能の願望機、シキと向き合うのに問題のない人物かの確認の為の質問である。

 うららは質問を受けた際には面を食らったようにきょとんとしていたが、視線を右上に泳がせてから少し考えた後に魔王の方に目を戻す。


「他人に迷惑を掛けるようなリスクがあるなら結構ですね。私のモットーは『人の嫌がる事はしないこと』。自身の利益の為に他人に不利益を押し付ける事はしません。」

「ほう。意外だな。」

「こう見えて常識は弁えてるんですよ。趣味趣向がアブノーマルな事は理解していますし、生粋のドMですので他人に嫌々プレイを強要するドSな事はしたくないというか。」

「いや、性癖の話じゃなくて。」

「性癖ではなく生き様の話ですよ。とにかく、人の嫌がる事はしませんよ私は。」


 トーカからも嘘はないと若干ドン引き気味のテレパシーが届く。

 うららは狂人ではあるものの、変な所で常識のラインを引いている狂人らしい。


「でも、さっき俺の"能力"とか"嘘"を縛ったよな?」

「嫌ならやめますよ。事実、その気になれば『私の人となりを探らないといけない理由』を、無理矢理聞き出していないじゃないですか。」

「…………まぁ、確かにな。」


 うららの能力を目の当たりにして、魔王は彼女と接点を持った時点で隠し事は不可能だと理解した。一応人となりを探り、シキの一件に関わらせて良いかを探ったものの、そんな考慮をしてもしなくても秘密は暴かれてしまうだろう。


「『願いを叶える何か』に関する質問から察するに、それに関する何かがお兄さんの目当てなのでしょう? そこを無理矢理聞き出さない辺りで、私がさしてそれに興味が無いことの証明として貰いたいです。」


 自身の能力の万能性を見せ、あえてそれを行使しない事で自身の本心をアピールする。今まで会ってきた勇者には無かった、侮れない駆け引きや抜け目のなさを見て、魔王はあまり敵に回したくないなと思った。

 そんな魔王の心中を察してか、うららは不安を和らげるようににこりと笑った。


「まぁ、私としては勇者がどうとかあまり興味はないんですよ。称号やら栄誉やら、大して欲しくもありません。今まで通り、便利屋として依頼があるならお仕事は受けます。」


 先のゲシという青年についても同じであった。

 ここまで見てきた限りでは、この勇者候補生達にはこれといった英雄願望がないらしい。英雄王ユキに言われたから来たというだけで、強い目的意識がある訳ではなく、かといって固辞する程に嫌だという訳でもない。

 勇者という称号に強い責任感を持っている先の三勇者とは違うタイプなのだと魔王は感じた。


(転生者か……別の世界を識っているからか、それとも二度目の人生を歩んでいるからこその達観なのか。)


 最初はどうして勇者候補の面接なんてしなきゃいけないのだ、と思っていた魔王も今では良い機会だったと思い始めていた。


「他には何か聞きたい事あります?」

「いや、もう十分だ。」

「なぁんだ。面接なんて久し振りだからもっと色々聞かれると思ったんですけどね。随分とあっさりしているんですね。」

 

 つまらなさそうに溜め息をついて、うららは冷めたお茶の入った湯飲みの縁を指でなぞった。


「で、私は合格なんですか?」

「それはユキと話してからだ。」


 うららの面接はこれにて一旦終了である。

 あとはユキに話した結果を報告し、互いに仕事を頼むかを決める事になる。


「ゲシから聞いたんですけど、お煎餅とかあるんですか?」

「あるけど。欲しいのか?」

「久しく食べてないんですよねぇ。前世の子供の時以来でしょうか。」

「え。前世だと大人だったのか?」

「年齢探るのはNGです。」

「いや、自分から言い出したんだろ。」

「昔話をすぐにしちゃうのって年取った兆候ですかね。嫌だわぁ。」

「刺さるわぁ。で、いるのか? いらないのか?」

「いります。後は熱々のお茶を……。」

「やめとけ。熱いの一気飲みすると身体に悪いとか何かで見たぞ。」


 しばらく他愛のない話題を交わしつつ、二人目の候補生の面接は終了した。




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