第65話 勇者面接・ゲシの場合




 魔王城にて、二人の男が対峙する。


 色白のおっさん、魔王フユショーグン。

 赤髪赤服赤マフラーの真っ赤な青年、"勇者候補生"ゲシ。


 コタツに入って一対一。腹を割った"勇者面接"がここに始まった。


(……いや、なんで俺が勇者の面接してるんだよ。)


 新たな預言により勇者に選ばれた者が三人いるという。

 既に先に選ばれていたハル、ナツ、アキの三勇者には、魔王は世界の危機について話して協力関係を結んでいた。

 新しい三人の勇者にも、その秘密を話すのに相応しい適正があるのか?

 英雄王ユキは、魔王にそれを確かめる為の面接をして欲しいと頼んできた。

 実力面はユキが保証してくれたものの、人間性などの内面を確認して欲しいとのお達しだった。


 一方、ユキから急に勇者に任命されるという話を振られ、更には突然面接まで組まれたゲシも困惑していた。


(……いや、面接ってなんだよ。何か勝手に話が進められてる気がするンだが……。)


 預言者誘拐の罪が不問となった事は喜ばしい事だった。

 褒美も貰えるのなら貰いたいとも思った。

 しかし、今更勇者に任命されると言われて手放しに喜ぶのは、勇者の称号に拘っていたトウジくらいのものである。

 ゲシは別に嫌とは言わないが、喜んでやりたいとも思わなかったのでこの面接に意義を見出せずに居た。


「……えー。あっ、お茶出すので。」

「えっ。あっ。どうも。」


 魔王にお茶を出される。お茶に口をつけ、懐かしい温もりにほっと一息ついて、ゲシは遅れて温かい部屋にも懐かしさを感じた。


「お茶請けとかどうします。煎餅くらいしかないですが。」

「えっと……有り難う御座います。でも、お構いなく。お邪魔してる立場ですンで。」


 ゲシの返事を聞いた魔王は「おお。」と少し感心したように目を見開いた。


と違って大分慎ましいな。見た目は派手なのに。……あっ、面接ってこういうとこ見ればいいのか?)


 魔王は勝手に納得した。

 

「そういえば以前にうちにお越し頂きましたよね。」

「えっ。……あっ。」


 ゲシはハッとした。

 以前に"世界の書"に書かれた"願望機"の存在を聞きつけて、この魔王城なる建物を訪れた事は確かにあった。あの時勢いよく乗り込んだら、普通に前世のアパートみたいな一室の中でおっさんが寛いでたので気まずくなったのを思い出す。

 結局、ここにあったのは"願望機"ではなく"暖房器具"だったので、そのまま退散したのだが、まさかまた此処に戻ってくるとは思いもしなかった。


 ゲシは事前に"英雄王"ユキに面接に行くよう言われた際に『相手の身元は保証するので、自身の境遇などは話しても問題ない』と話されていた。

 更にナツからは『転生者である、という旨の話も把握している相手』だと補足されている。


 思えば、この部屋にある暖房器具の数々や、出されたお茶、出すか尋ねられた煎餅も、ゲシの前世にしかないものだった。

 目の前にいるおっさんの素性は謎だが、そういう別世界にも精通している事情通なのは確かだろう。


(面接……って言うと、下手に隠し事した方がマズイのか?)


 ゲシの切り札、女神ヒトトセから授かった世界の設定書"世界の書"。

 この世界、デッカイドーの全てが網羅された辞書のようなものである。

 便利な反面、このメリットを下手に知られるとマズイかと思っていたゲシは、今までは極力情報は伏せてきた。

 しかし、面接というからには資質か何かを見られているのだろう。下手な隠し事や嘘は心証を悪くするかも知れない。

 目の前にいるのは名高き英雄王がわざわざ指名した男である。パッとしないおっさんにしか見えなかったが、多分普通では無い素性を持つのだろう。生半可な打算は見破られるリスクが高いのではないか?


("世界の書"の事は話していいか? いや、今は話すべきではないか? どうするのが正解だ?)


 そんな事を考えているゲシの目の前で、魔王はふむと顎に手を当てて口を開いた。


「出来れば隠し事はなしにして貰えると助かる。」

(なっ……!? このおっさん、心が読めるのか……!?)


 魔王は心は読めない。しかし、今はちょっとしたズルをしている。

 襖に身を潜めているのは魔王の側近、トーカ。

 彼女が襖に身を隠し、魔王にテレパシーで面接相手ゲシの心の内を伝達している。


 ナツと同じ立場の転生者。恐らく、定められた未来を変える可能性を持つ"外側の人間"である彼らの助力を可能であれば魔王は得たいと考えている。

 しかし、下手に邪心を抱いたものを身内に引き込んでしまい、シキの存在を知られたら逆に悪い未来に転んでしまう可能性もある。

 その為、魔王は面接のつもりはなかったが、転生者達の本心を探るつもりでトーカを隠していた。


「読めるからおっさんって言わないでくれ。」

「し、失礼しました……。」


 ゲシはぺこりと頭を下げた。

 心の中とはいえ、相手におっさん呼ばわりされていた事に魔王は若干傷付いた。

 紛う事なきおっさんなのだが、それはそれとして傷付くのである。


 ゲシは目の前にいる男が只者ではないと理解した。

 下手な隠し事は無用、包み隠さず話すべきだと判断し、懐から一冊の本を取り出しコタツの上にドンと置いた。


「まずは以前の非礼を詫びます。大変失礼しました。」


 ゲシはまずは以前の行いの釈明から入る。


「以前、自分が話していた"願望機"というものについて。それはこの"世界の書"に情報が書かれていました。」

「"世界の書"……?」

「女神ヒトトセに選ばれ転生する際に授かったギフト。この世界の設定書のようなものです。この本にはこの世界のあらゆる答えが記載されています。」

「あらゆる答え?」

「例えば、"魔王は願望機を所有している"、とかですね。」


 魔王はぎくりとした。

 確かに以前、"願望機"を求めてゲシはやってきた。

 その秘密を、この男はこの本を通して知ったのである。

 とんでもなく厄介な代物である、と思う一方で、破滅を食い止める為には非常に有用なアイテムなのではないかとも魔王は思う。


「まぁ、女神が適当だからか分かンねェですけども、やたらと誤字脱字が多いンすけどね。ここにあったの"願望機"じゃなくて"暖房器具"でしたし。」


 実は本当に"願望機"がある、という事はまだ話せない。

 魔王はその言葉を聞いて、ゲシに一つの問いを投げ掛けた。


「君は"願望機"があると知り、"願望機"に何を願いたいと思いましたか?」


 何だか面接っぽい質問出てきた、とゲシも、言った魔王も思った。

 この質問の答えは非常に重要である。

 もしも、ろくでもない願いをしたがる人間であれば、願望機―――シキの存在を知らせる訳にはいかない。ゲシに協力を頼めるか否かは、この質問の答えに掛かっている。


 ゲシも魔王の真剣な表情を見て、この質問が重要である事を察した。


(ろくでもねェ願いをする輩だと思われちゃあマズイって事か。まァ。あれこれ考えてもこの人にゃァ心が読まれちまうンだろうなァ。此処は素直に話していいか。)


 ゲシはピンと背筋を伸ばして、魔王の質問に答える。


「特に願いはないです。現状でも割と満足してますし。」

「では、何故"願望機"を探して此処に来たんですか?」

「"何でも願いを叶えるもの"があると知ったから。すごいお宝だから手に入れたい、くらいの考えで来ただけです。これと言って願いたいことがある訳でもないです。」


 ゲシの言葉に嘘はなかった。

 何でも願いを叶える装置があると知ったから、持っておけば色々と便利だろう。その位の気持ちで願望機を取りに来ただけであった。

 あればラッキー、なければまぁいいや、その位の気持ちで来た為に、魔王城に乗り込んで来た時もあっさりと勘違いだと引き下がったのである。


 そういう考え方は魔王にも理解できた。悪意を持って願望機を欲している訳でもない事も分かった。


「仮に"願望機"が実在するとして、願いを叶えられるとして、代わりに何かを犠牲にしなければならないとしたらどうしますか?」


 魔王は続けて質問する。ゲシは特に考えずに答えた。


「犠牲になる"もの"にもよりますかね。自分の持ち物が失われるくらいなら使うかも知れないですけども。他人に迷惑掛けるようなモンなら遠慮しますわ。」


 トーカのテレパシーで今の言葉に嘘が無い事は分かった。

 どうやら、このゲシという男、思ったより常識人らしいという事が魔王も理解できた。「他人に迷惑掛けるようなモンなら遠慮する」というのなら、「世界が滅ぶ」なんてリスクを知ったらきっと利用するのを辞退するような人間だろう。

 初対面こそヤバイ人だったが、面接と称して此処を訪れた時からは慎ましい青年という印象を受けたので、魔王は何となく彼なら大丈夫かな、と思い始めた。

 "世界の書"という便利そうなアイテムもまた魅力的である。魔王もこの世界の全てを知っている訳ではない。そういった情報は、もしかしたら課題の解決に大いに役立つかも知れない。


「色々と答えて貰ってありがとうございます。」


 魔王はとりあえず面接官みたいなノリで頭を下げた。ゲシも釣られて頭を下げる。


「逆にそちらから何か質問などはありますか?」


 魔王がそう尋ねて見れば、ゲシは若干気まずそうな顔で口を開いた。


「あの……ところでこの面接ってェのは一体なんなんです……? 自分、英雄王サマに言われて来たンですけども。」

「あ、ああ。そこから……?」


 魔王も実際面接と言われても何をすればいいのか分からずにやっていたのだが、向かい合うゲシも何だか分からずに付き合っていたのである。


「えっと……まぁ、実は色々とこの世界には解決すべき課題があって……手が足りないので可能であればお力をお貸し願えないかな、と。」

「はぁ……その課題ってのはまだ教えて貰えないンすかね?」

「ちょっと今日の面接の結果をユキ……英雄王と話してから改めて考えさせて頂きたい。こっちの都合ばかりで申し訳ないけど。」

「あぁ、いえいえ。」


 ゲシはペコペコと頭を下げながら考える。


(……"世界の書"に書かれた"破滅"とやら関連……なんだろうなァ。まァ、そうなりゃ断るって選択肢はねェか。)


 一方的に勇者をやれと言われている立場ながら、ゲシはそれを受け入れている。

 その心の声をトーカを通して聞いた魔王は驚いたように目を見開いた。

 魔王の顔を見たゲシは、ぎくりと頬を引き攣らせる。


(やべっ……! そういや考えてる事筒抜けか……!)

「その"世界の書"には"破滅"について書かれてるのか……?」


 やはりバレていた心の声。ゲシはもう取り繕う事無く仕方が無く話す事にした。


「ええ。まァ、勇者の役割がその"破滅"を防ぐこと、くらいのふわっとした記載ですがね。自分もこの世界に滅びられちゃ困るンで、可能な限り協力はしますよ。」


 ゲシは大まかな自身のスタンスを告げる。

 その言葉に嘘が無い事を把握した魔王は、ほっと一安心した。


(良識のある相手で良かった。これならまぁ大丈夫だろう。)


 魔王はふぅと一息ついた。


「他に聞きたい事とかは?」

「えっと……一応、おたくが"魔王"とは聞いてたンですけども……本当にあの"魔王"?」

「あぁ、そこはまぁそう思いますわな。まぁ、そちらが思い浮かべてる"魔王"だと思って貰って大丈夫です。ただ、まぁ対立しようという意思はないのでそこはご安心頂ければと。」

「まァ、お茶まで出して貰って悪人だとは思ってませんよ。……言葉選ばないなら気のよさそうなおじさんだなくらいにしか思えてないし。」

「一応これでもユキと同い年なんだけどなぁ。」

「えっ。」

「そうやって驚かれるけど。あいつが若作りなだけだからね?」

「な、何歳なンすかあの人……?」


 そんな様子で雑談に興じつつ、魔王の第一の勇者面接は特に問題なく終了した。



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