第63話 思わぬ遭遇
デッカイドーの辺境にあるとある小屋。
そこは"イレギュラー"と呼ばれるデッカイドーの怪人達の拠点があった。
異世界より転生して女神ヒトトセにより特別な力を与えられた"転生者"にして、特別な称号を持つ勇者達。
赤髪赤服赤マフラーの全身赤の長身の青年"殺戮の勇者"ゲシ。
スキンヘッドに筋肉の隆起した身体を持つ大男"闘争の勇者"トウジ。
もう一人の転生者はこの場にはいない。
代わりに、一人の少女が部屋の隅で膝を抱えてぐすぐすと泣いている。
白い長髪の華奢な少女。彼女は神の声を届ける"預言者"と呼ばれる特別な人物、名前はシズと言った。
シズが泣いている理由は、この場にいない転生者にあった。
"束縛の勇者"うらら。
預言者一族の隠し施設に軟禁されていたシズを救出するに辺り、一人残って三人を逃がした少女。彼女はその後戻ってこなかった。
やってくるのは時折やってくる追っ手のみ。三人はその都度いくつか用意した拠点を渡り歩くように逃げて続けていた。
シズは、うららが囚われたのは自分の責任だと思っている。
ゲシは何度も大丈夫だと慰めているものの、うららが帰ってこない日が重なるに連れて日に日に落ち込んで行っている。
ゲシは"世界の書"で都度状況を確認しているが、うららの情報は載っていない。
"世界の書"はあくまでこの世界の設定書であり、この世界の存在ではないうららの情報は現れないのである。
預言者一族の隠し施設"禁書庫"の情報も追っているが、侵入者関連の情報は、当初行われた拷問、情報を引き出して追っ手を派遣した事以降は載っておらず、脱走があったなどのうららに関するものと思われる記述の変化も見られない。
ゲシとトウジの指名手配はされていないようだった。
これは、預言者シズの取り扱いについては預言者一族のトップシークレットであり、表には出したくない話だという事だろう。預言者一族内で秘密裏に問題を解決したいのだろうとゲシは考えた。
ゲシは別れ際にうららと話をしている。
うららは対峙した勇者、ナツの面子を立てる為にあえて捕まると言った。
そして、捕まった後に、ナツが離れた段階で脱走すると言った。
うららであれば十分に可能だとゲシは思ったが、未だ戻らないうららにゲシも若干不安を感じ始めた事は否定しきれない。
うららからは事を荒立てるなと釘を刺されてはいたものの、そろそろ動き出すべきだろうか、ゲシがそう考えたその時であった。
がちゃりと拠点のドアが開く。
追っ手がもう来たのか? と身構えるゲシとトウジの視線に現れたのは……。
「うらら!?」
「すみません。戻るのが遅くなってしまって。」
少し疲れた様子のうららであった。
トウジの上げた声に反応して、部屋の隅で泣いていたシズもばっと入口の方を振り返る。ボロ布と首の縄、見窄らしい格好の少女の姿を見たシズは、立ち上がり、目に涙を浮かべて駆け寄った。
「うららさんっ!」
シズがたたっと走り、同じくらいの身長のうららに飛びつけば、うららも特に抵抗せずにその抱擁を受け入れた。
ゲシとトウジもざざっと入口に駆け寄り、無事に戻ったうららに安堵の笑みを浮かべる。
「お前ェ遅いじゃねェかよォ! 心配したんだぜェ!」
「良く戻ったッ……!」
「あらあら心配してくれてたんですね。大丈夫って言ったんですけど。」
うららは二人の男の顔を見上げてくすくすと笑って、シズの頭をぽんと撫でた。
「ごめんなさいっ……! 私のせいで酷い目に遭わせてっ……!」
「大丈夫ですよ全然。ほら、泣かないで。もう、シズちゃん泣いてるじゃないですか。そこの男二人、慰めてあげてなかったんですか?」
「い、いえ、ちゃんとお二人とも慰めてくれてました……。わ、私が勝手にめそめそ泣いてただけで……。」
「あら、そうなんですか。じゃあ、私が帰ってきたんだからもう泣かないで下さい。ほら、寒いからドアを閉めましょう。」
よしよしとシズの頭を撫でつつ、うららは小屋の中に踏み入って扉を閉めた。
そして、椅子にまで歩み寄るとふぅと一息ついて椅子に腰掛ける。
「流石に疲れましたよ。結構無理な姿勢で拘束されてたので。」
「ひ、酷い事はされませんでしたか……?」
「楽しい事ならされましたよ。シズちゃんは心配しなくて大丈夫です。」
心配するシズににっこりと笑って、肩と首をぐるぐると回してうららは身体をほぐす。流石に疲れているようで、そんなうららをゲシは気遣ってコップに温かいお湯を入れて出してやる。
「しかし、無事で良かった。もう少し帰ってこなけりゃもう一度乗り込むところだったぜ。」
「ご心配どうも。実はちょっと色々あって。」
うららはお湯をずずと啜ってふぅと白い息を吐く。
「元々は無理矢理脱出するつもりだったんですけど、何か揉め事があったようで。外がゴタゴタしてたので出るのに時間が掛かってしまって。」
「揉め事? ゴタゴタ? 禁書庫で何かあったンか?」
「"世界の書"で何か情報更新されてませんか?」
ゲシはうららに言われて"世界の書"をパラパラと捲る。
ゲシは捕らえられたうららの安否を気にして、脱走者の情報などを重点的に眺めていたが、確かに言われてみると何やら禁書庫で揉め事があったらしい。
取るに足らない些細な出来事であったようだが、何やら警備兵や管理者達の間で些細な諍いがあったとようだ。
細かい内容までは"世界の書"には現れていなかったが、確かに何かが起きていたらしい。
「よく分かンねェけど、確かにゴタゴタはあったっぽいな。」
「牢からは様子が分からなかったので慎重に動いたけど杞憂でした。私の事全然気にしていないみたいで、想像以上に楽に脱出できました。」
預言者誘拐犯の一味であるうららの警備が雑になるほどの混乱。
一体禁書庫で何が起こっていたのか。
ゲシは禁書庫ではなく、預言者一族について調べて見る事にする。
"世界の書"をぱらぱらと捲ると、預言者一族についての記述が一部更新されていた。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
預言者一族に一部預言の隠蔽、預言を利用した不当な利益の授受の疑惑。
預言者一族内の長老派閥にて不穏な動き。
一部施設に王直属の調査隊が派遣される。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
どうやら、預言者一族の黒い一面が王に勘付かれたらしい。
意外な展開にゲシは目を丸くした。
「……王直属の調査隊が預言者一族の一部施設に派遣だァ……? どういうこったこりゃ……?」
長い歴史の中で隠されてきた預言者一族の暗部。
それが、イレギュラー達の潜入から丁度表に広まり始めた。
ゲシやトウジは極力外部との接触を避けており、うららも拘束されていた為に外部にイレギュラーから情報が漏れる事は有り得ない。
一体どこから情報が漏れたのか? ゲシとうららは顔を見合わせて、一つの心当たりに行き着いた。
「……ナツが何かしたのかァ?」
勇者ナツ。預言者を連れ去ろうとしたイレギュラーの前に立ち塞がった、彼らと同じ転生者の一人。
預言者一族からの依頼を受けて、預言者の奪還の為にうららと対峙したナツが、唯一外部に情報が漏れるルートとして考えられた。
「……確かに私は事情をナツさんに話しました。彼が王に情報を話したのでしょうか? ただ、勇者と預言者一族の間に余計な諍いを生まないように余計な事はするなと釘を刺したのですが……。」
ゲシはぱらぱらと再び"世界の書"を開く。
ナツの情報は彼らと同じく転生者である為載らない。そこで、王がどうやって預言者一族の事情を知ったのか、を手掛かりにせんとする。
不思議な事に、"世界の書"には一切の情報が記載されていなかった。
"まるで突然王が預言者一族の事情を知ったかのように"、悪い言い方をするなら"思い付いたかのように"、突如として湧いて出た話のようであった。
「駄目だ。ナツが王に取り次いだなんて話は出てこねェ。」
全然話が飲み込めないトウジとシズが、うららとゲシを交互に見て困惑した顔を見せる。
「ど、どういう事だ? "
「……クッソ、"世界の書"じゃ分からねェ。いざって時に役に立たねェなこれ。直接会って確認した方が早ェか?」
「えっ。ゆ、勇者様に会うんですか……? だ、大丈夫なんですか……?」
シズの心配ももっともであった。
シズの救出に立ち塞がった勇者ナツが預言者一族側に未だに付いている可能性は捨てきれない。
そして、うららもあえて勇者に余計な繋がりを見せないようにわざと捕まったのである。ここで再び接触しに行っては、その計らいも無駄になるかも知れない。
「……俺一人で言ってくるわ。トウジ、うららは預言者サマを頼むぜェ。」
「だ、大丈夫なのかゲシ?」
「隠密についちゃこの中で俺が一番の筈だぜェ。それに、"世界の書"の情報アドバンテージがある俺が適任だろうよ。」
"世界の書"を懐に入れて、ゲシは小屋の出口に向かう。
「追っ手が来たら遠慮無く逃げろよなァ。居場所は"世界の書"で分かるから、どこ行っても追い掛けるからよォ。」
心配そうにその背中を見るシズの肩に、うららがぽんと手を置いた。
「大丈夫ですよ。ゲシの言った通りです。コソコソと動く事にかけては彼の右に出るものはいません。シズちゃんの救出のような見つかる前提の仕事でなければ、まず誰にも見つからないでしょう。」
シズはゲシの実力を知らない。
しかし、ゲシとうららの言葉を信じて待つ事しかできない。
ゲシは一人、勇者ナツの元に乗り込んでいく。
"世界の書"からの様々な関連情報を調べて、ゲシはナツの元に辿り着いた。
街中を歩くナツの後ろに立ち、ゲシはぼそりと声を掛ける。
「ちょっといいかよ、ナツ。」
一応、まだ預言者一族側の敵である可能性を考慮して、ゲシはナツの背後を取った。周囲から敵意のようなものは感じない。ナツの周りに預言者一族の回し者がいない事は確信していた。
声を掛けた瞬間、ナツの身体が強ばったのを感じる。ゲシは警戒しつつ、懐に潜ませたナイフに手を掛ける。
「話がある。」
ナツは振り返る。
その顔を見て、ゲシはぎょっとした。
「か、顔色悪ィなお前ェ……だ、大丈夫か?」
「…………ああ、話したい事は分かってる。場所を変えよう。」
ナツはやつれた顔で、真っ青な顔をしていた。如何にも具合が悪そうな調子を見て、ゲシは思わず懐のナイフから手を離し、ナツの肩に手を掛けた。
「い、いや、具合悪ィなら別に無理しなくていいぞ? それともどっか休める場所探すか?」
「…………お気遣い無く。すぐに話さないといけない事があるんだ。だから……。」
「わ、分かった分かった! じゃあ、どっか休めるところ探そう! 今にも倒れそうな顔色だぞお前ェ!」
「…………すまない。」
よろよろしているナツに肩を貸し、ゲシは適当にそこら辺にある店に入る。
店に入って目に付かない席を借りると、ナツを座らせてから店に水を頼んだ。
水が運ばれてくる。ナツはそれを一口啜り、ふぅと一息ついた。
少し落ち着いた様子を見て、ゲシはナツに話しかける。
周囲に敵がいるかも知れない、ナツがまだ敵かも知れない、ナツに余計な迷惑が掛かるかもしれない、そういう懸念はいつの間にか吹き飛んでいた。
「お前ェ、本当にどうしたんだよ?」
「…………先に謝っておく、申し訳無い。」
「な、なんで謝ンだよ……? その前フリはちょっと怖ェよ……?」
「…………大変な事になってしまった。」
「だから、怖ェって! お前ェ何したンだよ!」
「…………奴に相談したのが全ての過ちだった。」
「奴って誰だよ!」
「…………俺とお前達で預言者一族を潰した事になってしまった。」
「…………は?」
ゲシは唖然とした。
「…………悪ィ。何言ってっか全然分かンねェんだけど。」
「…………まだ公にはされてないが、預言者一族は取り潰しになった。」
「…………悪ィけど、順番に経緯を説明してくれるか?」
ナツは神妙な面持ちで顔を伏せる。
「…………うららから預言者一族の秘密を知った俺は、勇者という立場で歴史ある一族と争うべきなのか、黙ってお前達に任せるべきなのか葛藤していた。そんな中、ほんの僅かな気の迷いで奴を尋ねて悩みを打ち明けてしまったんだ。奴は俺を助けてやると言った。その時点でろくでもない事が起こると察して止めるべきだったんだ。俺は奴の力を侮っていたのかも知れない。気付けば、奴の力で瞬く間に預言者一族の黒い噂は広がり、しかも王の耳にも風の便りは届いてしまった。俺は預言者一族の黒い噂を調査する為に潜入していたスパイであり、協力者と示し合わせて不当に監禁していた預言者様を救出したのだという話が伝わっていたのだ。俺は王に呼び出されて事実関係の確認をされた。身に覚えが無いと言ったのだが、手柄など考えずに裏で動こうとしていた謙虚な男と勘違いされてしまい、必死に弁明をしたのだが預言者一族の各施設には調査隊が送られ、俺も禁書庫と呼ばれるあの時の施設への案内と同行を求められたりと色々と忙しく」
「ちょちょちょ、お前ェ急に凄ェ喋るな!?」
ゲシがストップをかける。
「一旦落ち着け、なァ?」
「落ち着いてるんだが。」
「お前ェ、普段の黙ってる時と喋り出したときの振り幅がでかすぎるンだよ。まとめて喋られても分からンねェから一個ずつ話そうぜェ?」
「……ああ。」
ナツはこくりと頷いた。
「で、まず"奴"って誰だよ? そいつに預言者の問題について話しちまったンだろ?」
「……魔王軍幹部、魔王側近のトーカという女だ。」
「へェ、魔王軍幹部……って魔王!?」
ゲシは思わず聞き返した。
「なんで、なんで魔王……?」
「……それは追々話すとして……。」
「お、おう……。」
「とにかく、奴の能力で王国全土に事実と異なる噂をばらまかれてしまったんだ。」
「色々と分からねェけど何だそいつやべェな……。」
「ああ。俺もそこまでヤバイ奴だと思ってなかった。」
とりあえず、何かヤバイ奴に事実と異なる噂をばらまかれてしまったらしい。
そして、その事実と異なる噂というのが……。
「預言者一族のあることないこと滅茶苦茶に噂が広まった。」
「あることないこと……?」
「そして、俺が密かに預言者一族に探りを入れていたという噂までも流れた。そして、俺が便利屋をやっている三人組と協力して不正を暴こうと動いているとまで話が広がり……。」
「お、おお……?」
「俺も王に呼び出されて事情を聞かれた。俺はそんな事をしていないと言ったのだが、どうも謙遜してると思われたのか聞き入れて貰えない。そして、そのまま成り行きで預言者一族の施設の調査隊に同行させられたりして、不正の証拠を掴むに至った。」
ナツから経緯を聞いてもゲシは訳が分からなかった。
「と、とにかく、色々あって預言者一族の不正が暴かれたってェことか?」
「大体そんな感じだ。すまない。俺も詳しく状況が飲み込めていないんだ。俺が奴に話をしたのが悪いって事だけ分かったので、多分迷惑が掛かるであろうお前に先に謝った。」
「め、迷惑が掛かる? な、何かあンのか?」
「えっと……うん……。」
「そこ濁すなや! 気になるだろうがよォ!」
ナツの言葉がいつになく歯切れが悪く、ゲシの不安を煽る。
ナツも不安を煽る物言いをしている自覚はあるようで、悩ましげに腕を組みながら何かを考えているような表情をする。
やがて、何かを思い付いたような顔をすると、ナツはゲシの顔を見た。
「……一度、時間を貰ってもいいか? 可能であればお前達の居場所を教えて欲しい。」
「はァ? ……いや、時間をおくのは構わねェけどよ……流石に追われる身で、居場所を明かすのはちょっと抵抗あるぜェ?」
「……いや、追われる身にならなくなるんだよ。俺もまだハッキリとは言えないんだが……。」
「……じゃあ、俺に繋がる魔石を渡すから、都合がある時はこっちに連絡寄越す、ってェのはどうだ? こっちもその時の状況を見て会うかどうか決める、ってすりゃ譲歩できるぜェ。」
「ああ、それでいい。多分、次に会えるときはお前達も大丈夫だと判断できる状況になってると思うから。」
問題があるのかないのか良く分からないナツの言い分。
ゲシは身の安全の確保を意識しつつ、悪意や敵意を感じないので妥協案を出して一部応じる事にする。
こうして、この場ではゲシとナツは分かれる事になるのだが……後日、思わぬ形で再会する事になる。
「いやぁ、すまないね。色々と面倒を掛けてしまったみたいで。」
そこはイレギュラー達が隠れ家としている拠点のひとつ。
既に自分達が安全である事を確認した上で、ナツの連絡を受けて、イレギュラーは自分達の居場所を教えた。
緊張した面持ちで拠点を訪れたナツが伴って来た、にこやかに気さくな挨拶をした青年?を見て、イレギュラー達と預言者シズは顔を引き攣らせた。
この国に住まう者なら知らない者はいない、この国で一番の有名人。
「初めまして。ユキというものです。一応、この国の王様やってます。」
かつて世界を危機から救った、この国の現国王。
"英雄王"ユキと呼ばれる男がそこにいた。
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