第53話 最後の試練




 魔王城のコタツを挟んで二人の男が向かい合う。

 一人は魔王。もう一人はスーツ姿に仮面を被る怪しげな男、魔王軍幹部"魔道化"テラ。


「で、報告とは何だ?」

「結論から述べましょう。前々から監視の目を光らせていた三厄災さんやくさいが、いよいよ動き出したようです。」

「三……厄災……。」


 テラは仮面で表情こそ窺えないものの、深刻そうな声で告げる。


「……何だそれ?」

「ズコー。」


 魔王の疑問にわざとらしくテラがズッコケた。

 ギャグっぽいノリになったのを見て、いやいやと首を横に振る魔王。


「いや、マジで俺知らないんだけど。何なのそれ。」

「デッカイドーを脅かす厄災クラスの魔物の事ですよ。あれ、本当にご存知なかったのですか?」

「うん。初耳。」

「……まぁ、魔王の座を引き継いだ時に説明してなかったですよね。」

「ほらな? 教わってないんだから知ってる訳ないじゃん。」


 テラはおほんと咳払いして、ポンと手のひらに三枚のトランプのカードを出現させる。それをバラッとコタツの上に広げると、その三枚のJQKのカードには魔物の絵が描かれていた。


「何故トランプなんだ……。」

「格好よくないですか?」

「わざわざ仕込んできたのか……。」

「まぁまぁ、とりあえずこれ見て下さいよ。」


 Jのカードに描かれているのは、無数の骸骨や炎に囲まれた、髑髏顔の紳士服を纏う魔物。

 Qのカードに描かれているのは、着物を纏った真っ白な女。

 Kのカードに描かれているのは、多種多様な虫に囲まれたおぞましい怪物。

 それぞれ違った魔物の姿が描かれた中で、魔王がひとつだけ見覚えのあるものを指差した。


「これ、雪女だよな?」

「ええ。」


 雪と氷のゴースト、雪女。

 強大な力を持ち、勇者達との熾烈な争いと魔王の手助けの末に昇天した魔物。

 その強大な力はデッカイドー全土の気温を下げている程であり、魔王も危険な魔物としてマークはしていた。

 魔王城付近に出没する事がある、という理由だけでなく"気温を下げている"という魔王にとって重要な要素を持ち合わせている為だ。


「勇者と貴方で倒した雪女もまた、三厄災のひとつなのです。」

「……じゃあ、アレと同格の、お前の支配下にいない魔物がまだ二体もいるのか?」

「正解です。」


 Kのカード、髑髏の魔物を指差すテラ。


「かつては厳しい環境故に誰にも看取られない死体が多くあったと言われるデッカイドーにて、死人や魂を従える事のできたアンデッド……その存在故にデッカイドーに火葬の文化を生まれさせた"死の王"―――"ハイベルン"。」


 続いてQのカードを指差すテラ。


「こちらはもうご存知ですね。デッカイドーに根付く凍り付く程に冷たい怨念。大地を凍て付かせる氷雪の悪霊"雪女"―――"スオウ"。」


 最後にKのカードを指差す。


「古き四季のある時代より多くの人間に畏れられ忌み嫌われてきた、無数の蟲を率いる大自然の主……通った道には何一つ残らないという"暴食の王"―――"寒蠱守ふゆこもり"。デッカイドー全土に影響を及ぼすこれらの魔物を"三厄災"と呼ぶのです。」


 "死の王"ハイベルン、"雪女"スオウ、"暴食の王"寒蠱守ふゆこもり

 "三厄災"と呼ばれる魔物達の詳細を聞かされた魔王はうーむと唸った。


「死体を操るとか虫を率いるとか……なるべく関わり合いになりたくない奴らだなぁ……。」

「まぁ、そうでしょうね。一応これトランプに絵を描くに当たって大分マイルドにしてますから。」

「うわぁ……絶対に見たくないやつぅ……。」


 テラはカードを向かい合わせる。


「これら"三厄災"は今までは私が睨みを利かせていた……からではなく、互い同士の三竦みによって均衡を保って沈黙していました。」

「三竦み?」


 テラはQのカードをKのカードにぶつける。


「"雪女スオウ"がもたらす寒さは"寒蠱守ふゆこもり"の蟲達の活動を鈍らせます。所詮は蟲、寒さには弱いのです。」


 続いて、KのカードをJにぶつける。


「"寒蠱守ふゆこもり"の蟲の軍勢はありとあらゆるものを食い尽くします。"ハイベルン"の率いる死体達は骨も残さず食い尽くされる。」


 最後に、JのカードをQにぶつける。


「"ハイベルン"は死を統べる王。災害の如き"雪女スオウ"もゴーストに過ぎず、ハイベルンと遭遇すれば支配下に置かれていたでしょう。雪女がそこまで広く活動でkずに、密かに動いていたのは無意識下にハイベルンの目を避けていたと考えられます。」


 魔王はそこまで話を聞いて、大方の事情を理解した。


「……つまり、その三竦みの一角を落としてしまったが為に、今まで保たれていた均衡が崩れてしまったと。」 

「ご明察です。」


 勇者達と魔王は雪女を退治した。

 それによる影響は気温の変化に収まらなかったらしい。

 三厄災なる三竦みで均衡を保っていた魔王ですら制御不可能な魔物達が、雪女が居なくなった事で均衡を崩したのだ。

 流石にそこまで理解できると、魔王も悩ましげに唸った。


「う~~~ん。そういうのは先に引き継いでおいてくれないかなぁ。」

「どちらにせよ、勇者が欠ける危機だったのだから雪女は退治していたのでしょう?」

「まぁ、そうなんだけど。」


 雪女はやむを得ず倒した。魔王もその選択を後悔していない。

 

「……具体的にそいつ等放っておいたらどうなる?」

「ハイベルンはデッカイドーの全生命を配下に置くために皆殺しに動くでしょうね。寒蠱守はデッカイドーの全てを食らい尽くすでしょう。そして、彼らにはそれを実現するだけの力がある。」

「想像もしたくないな……。」


 割と本気でデッカイドー存亡の危機らしい。


「一応、私の部下達が睨みを利かせて牽制していますが……気温上昇により冬眠から冷めた寒蠱守の軍勢は今にも動き始めそうです。多分見たら背筋がぞわぞわしますよ。」

「いやいやいやいや……マジで見たくないわ……。」


 テラがわきわきと両手で指を動かせば、魔王はコタツに入っていながら背筋をひやりとさせる。


 テラは現在、魔王軍の魔物を監督し、魔物の動向の管理と被害の抑制という任についている。

 魔物と言っても一枚岩ではなく、魔王軍とは別の魔物や、そもそも理性を持たない獣のような者達もいる。

 魔王の目的の為に余計な損害を出さない為に極力は管理をしているのだが、その役割を担っているのがテラである。

 基本的には報告も上げずに大体の問題を対処するこの男が、わざわざ魔王に報告に来たという事は、彼の手には負えない事態であるか……あるいは……。


「……で、どうしたいんだ? じゃないだろう?」


 魔王がさらりと言うと、テラは一瞬黙った後に、仮面の奥で「くっく」と笑った。


「買い被りすぎですよ。まぁ、提案があって持ち込んだ話ではあるのですが。」


 テラは"魔道化"と呼ばれる戯けた男だが、魔王の評価では大体の問題を何事もなく解決できるだけの力を持っている。少なくとも死者の王やら虫の王やら、その程度の存在の処理に困るような存在ではないと魔王は考える。

 その推測は当たっており、テラは提案とやらを持ち出した。


「これらの処理を勇者にやらせては如何でしょう?」

「何?」


 思わぬ提案に魔王は怪訝な顔をした。


「あぁ、悪巧みではないですよ。別に勇者をどうこうしたいとか、遊びで言ってる訳じゃありません。」


 魔王が怪訝な顔をする、気が進まない理由を理解した上で、テラはハハハと誤魔化す様に笑った。


テストを、これを使って行ってみては? という事です。」


 魔王は眉をぴくりと動かす。

 『本来であれば魔王が行う筈だったテスト』。

 魔王も忘れた訳ではなかったが、なぁなぁになってしまっていたのは確かである。

 ここ最近で雪女の退治や、ビュワの視た未来の変化、シキに訪れた変化、勇者達の魔王に対する疑念などなど、転換点が多く訪れているのでタイミングとして適切なのは事実だと魔王は考える。


「雪女を倒した事で彼らの実力は十分分かりましたが、それと同格の存在を全て倒す事ができるのなら、文句なしで合格という事で宜しいのではないですか? デッカイドーの脅威も取り除けて一石二鳥というやつです。」

「……まぁ、一理あるか。」

「それと、我らも後処理の面倒な死体と蟲の対処に当たらなくて良くなるし。」

「うん、それはそうだな。」

  

 倒した後の死体や蟲の処理をしたくないというのも本音である。


「まぁ、とりあえず危ない仕事ではあるからユキには大丈夫か確認とっておくけど。その方針で進めてみるか。」


 そう言いながら早速通話の魔石を取り出す魔王。

 その答えを聞いて、テラは身を乗り出す。


「もしもこの試練を彼らが乗り越えられたなら……いよいよ話すという事でよろしいですか?」

「頃合いを探っていたが、そろそろいいだろう。」


 勇者達が魔王が悪なのかを疑い始めている。

 そして、そろそろ魔王を討伐できずにいる影響が出始めている。

 雪女の討伐、気候の変動、シキの変質、未来の変化、状況も大きく変わった今、まさしく頃合いであるだろう。


 魔王は決意する。いよいよ自身の抱えた秘密を打ち明ける事を。

 覚悟を決めて、魔王は―――"英雄王"ユキに通話を繋いだ。










 ~~~~~~~~~~~~~~~~~




「倒してきたぞ~。」


 ガチャリと魔王城の扉を開いて、ハルを先頭にして三人の勇者がやってきた。


「ノリ軽すぎない……?」


 英雄王ユキに確認したところ『多分大丈夫だから好きにしていい』という事で、依頼を出したところ特に何事もなかったように数行で依頼を完遂してきた。

 勇者三人がぞろぞろとコタツに入ってくる。

 寒さだけでなく、怖気立つような敵を相手にした事もあり、ぶるりと身体を震わせてアキが腕を擦っている。


「うぅ~~~、気持ち悪かったぁ……。なんてもの退治させるんですか……! 二度と御免ですよこんなの……!」

「キャーキャー言いながら一発で殆ど消し炭にしてただろ。あ、魔王。お茶くれ。」


 勇者達の実力は魔王としても想像以上のものだった。

 雪女の時点で見ていたのだが、改めて見ると桁違いの実力であった。

 "戦力"として見る勇者は、その名にそぐわぬものであると魔王は認めざるを得なかった。

 既にくつろぎムードにあるハルとアキの傍らで、ナツが魔王の目を見る。


「……今更なんだが、魔王がどうして魔物の討伐を勇者に依頼するんだ。」

「何の疑問もなしに依頼を受けてくれたから説明しそびれたんだけど、疑問に思ってくれて安心したよ。」


 一応敵同士なのに、討伐対象の説明をしたら普通に請け負ってくれたので魔王は逆に困惑していた。本来ならがっつり事情を説明してから送り出すつもりだったのだが、その手間が省けたのを有り難くも思っていたが。

 アキがナツの疑問に対して、魔王が答える前に口を開く。


「魔物の王様といえども一枚岩じゃないんでしょう? 手に負えない厄介者の排除を依頼したってだけじゃないんですか。私達としても危険な魔物は放っては置けないですし、利害は一致してるから依頼を出したんでしょう。」

「まぁ、大体そんな感じだ。」


 どうやらアキは分かっていて依頼を受けたようだ。


「へぇ。」


 ハルは何も分かっていないようだった。

 大体想像通りだったので今更呆れる事もせず、魔王は補足する。


「まぁ、大体はアキが言ってくれた通りだな。ただ、それ以外にも目的はあった。」

「え? あの気持ち悪い虫とゾンビの軍団を相手にするのが嫌だっただけじゃなく?」

「………………そんなつもりでは依頼は出してないぞ。」

「今の間は何ですか。事前に言って下さいよ、あんな気持ち悪いの相手だって。まぁ、言われたところで放っておけるものでもないから嫌々依頼は受けてたでしょうけど。」

「ま、まぁまぁ……報酬ははずむから。」


 アキがブツブツと文句を言う。

 魔王もゲートで遠巻きに実物を眺めていたが、ハイベルンも寒蠱守もどっちも相当に見ていてキツかった。文句を言うのも納得できたので、仕方ないと思いつつ。


「とにかく、他にもきちんと理由があったんだ。お前達の実力をテストするというな。」


 魔王は三厄災討伐の裏にあった真実を打ち明けた。

 

「テストって何の事だ?」

「人を試すみたいな事してたんですか。随分と上から目線で言うじゃありませんか。」

「……………………。」


 何の話か分からないと先程から続いてとぼけた顔をしているハル。

 試されていた事に不満げなアキ。

 何を考えているのか分からないナツ。

 各々の違う反応を見て、まずは不満げなアキを宥めた方がいいかと思って魔王は話を続けた。


「すまない。試すような真似が気に食わなかったのなら謝ろう。」

「誠意を示して下さい。アイス五個です。」

「安い誠意だな……。まぁ、それでいいなら喜んで示すけども。」


 文句言う割には安く話が付くアキ。とりあえず物申しておきたかっただけで特別不快に思った訳ではないらしい。


「今回、勝手ながらお前達の実力を測らせて貰った。本来であれば、俺や配下の者達で実力を測る手筈だったのだが……まぁ、な。」


 なんか勇者が存外魔王城に入り浸っていて、実力を測るとかいう空気じゃなくなっていた……というのをどう説明すればいいのか分からずに、魔王は言葉を濁した。


「まぁ、とにかくこれでお前達の実力はしっかりと分かった。これなら俺達がわざわざ実力を測る為に相手をする必要もなくなった。」

「ちょっと待って下さい。」


 そこでアキが口を挟んだ。


「それってつまり……私達の『魔王を倒す』って任務が、ただの私達の実力を測るための試験だったって事ですか?」

「察しが良くて助かるよ。」


 アキの発言をそのまま認める魔王の言葉を聞いて、静かに口を閉ざしていたナツがようやく口を開く。


「……魔王討伐は英雄王から授かった任務だった筈。それが、試験だったという事は……。」

「……まぁ、ここから先に言った方がすんなりと受け入れやすいか。」 


 魔王はナツの言葉を聞いて、話す順番を変える事にした。


「早い話が、お前達が英雄王と呼ぶ……かつての勇者であったユキという男は、元々俺と同じ目的で動く仲間だったのだ。」

「な、なんだってー!?」

 

 ハルだけが勢いよくリアクションした。

 ナツとアキはあくまでその真実を聞いても冷静で、むしろ腑に落ちたような、どこか安堵したような表情さえ浮かべていた。


「まぁ、こんなお人好しが悪人だなんて思ってませんでしたよ。」

「……むしろ、英雄王が魔王討伐にそこまで躍起になっていない事が腑に落ちた。」


 ナツとアキはそれぞれ勇者の任、魔王討伐に対して違和感は感じていたので、すんなり飲み込んだ。

 ハルだけがショックを受けたまま固まっている。


「試験に合格したから、いよいよ事情を話してくれる気になった、と受け取っていいんですね?」

「ああ。全てを話そう。」


 最後の試練を乗り越えた勇者達に、魔王は真面目な顔で向き合った。


「まずは、全ての始まりとなったとある世界の話をしよう。」





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