第49話 ダブルミッション
街中を歩くのは二人の男女。
細身ながら筋肉質ながたいの良さが見える無表情の男と、その傍らを歩くローブを纏い顔を隠した白い髪の少女。
傍目から見ると兄妹のようにも見える二人の男女は、何処か余所余所しく並んで歩いていた。
男の名前はナツ。勇者"
少女の名前はシズ。天の神の声を聞く、当代の預言者である。
どうしてこの二人が並んで歩いているのか?
事のきっかけはシズの失踪事件から始まる。
少し前に預言者シズが王城から姿を消すという事件が起きた。
夜に失踪し、幸いな事にその夜の内に事件に気付いた為にすぐさま捜索が行われた。更には丁度王都に別件で勇者が滞在していた事もあり、彼にも捜索依頼が出された。その勇者こそが"拳王"ナツである。
勇者ナツは何者かの侵入の証拠を見つけ出し、その優れた追跡能力ですぐさま預言者シズを見つけ出した。
誘拐事件として事件は解決したかと思われたのだが、問題だったのはこの後の事。
預言者シズは「これは誘拐ではなく家出だった」と言いだしたのである。
シズが一人で家を抜け出せる訳もなく、勇者ナツの判断からも誘拐事件であると思われたのだが、頑なにシズは家出であるとして譲らない。
勇者ナツもシズを見つけて連れてきたとしか言わず、誘拐犯の存在が分からないままになった。
シズは誘拐犯を庇っているのか? 庇うとしたらその理由は? それとも本当にただの家出なのか? 家出だとしてシズ一人ではとても出来ない家出をどうやって成し遂げたのか? 協力者がいたのか?
様々な憶測が飛び交い真相が闇の中に消えていった一方で、預言者一族がこの騒動についてシズを叱りつけたところで更なるトラブルが発生する。
今までは従順に言うことを聞いていたシズが反抗し始めたのだ。
今まで感じてきた不満等の悪感情を洗いざらい吐き出し、締め付けの厳しい預言者一族の掟に対して物申したのだ。
今回の件を不問に処すこと、今後も外出を認めること、それらを要求し始めて、預言者一族は揉めに揉めた。
シズの要求を呑むべきだと主張し、不満についても理解を示したのは歴代の預言者達。彼女達は預言者の不自由について思うところがあったらしい。時代も時代だという事で、ある程度の自由は認めるべきではないか、掟も見直すべきではないかと発言する。
一方、管理者はそれを認めない。今回の一件を何者かによる誘拐事件だと決めつけているので、むしろ厳しく見張り管理するべきだと主張する。
そんなドロドロのお家騒動を終わらせたのは、シズの「此方の要求を呑まないのであれば、二度と神の声は聞かないし、婚約もしない。」という脅し文句であった。
預言者が預言者の仕事を熟さなければ、預言者一族の存在意義がなくなる。
更に婚約もしない、つまり子供を作らないとなると、預言者の力は引き継がれず、預言者はシズの代で終わりを迎える事になる。
既に似たようなお家騒動で断絶した巫女一族を知る者達からしたら、洒落にならない脅しであった。
結局のところ、妥協点を探す形で歴代預言者と管理者によるお家騒動は収束する事になった。
そして、今勇者を傍につけて街を歩く預言者の姿こそがその妥協点の一つなのである。
今までかなり厳しい管理がされていた預言者の生活は少し緩和された。
しかし、その一方で完全に自由を与えると、預言者を狙われる危険性もある。
そこで、たまに制限付きでの外出を認める、という形で話が落ちついたのである。
実力と人間性共に信頼の置ける護衛として、天の神から選ばれた勇者を付ける事を条件に、身分を隠した上での外出を認められる事になった。
一応、未だにドロドロのお家騒動は続いているそうなのだが―――。
まさに今、預言者シズは勇者ナツを護衛に付けての外出をしている。
「ご、ごめんなさい。い、以前もご迷惑をお掛けしたのに、また、ま、巻き込んでしまって。」
ナツと再開したシズは申し訳なさそうに言った。
「……構わない。」
ナツは言葉数少なく答えた。
実際のところ、ナツとしては別に迷惑とも感じておらず、むしろ都合が良いとさえ思っている。
それには魔王に以前持ち掛けられた相談事が大きく関わっていた。
―――預言者について知りたい。そいつが声を聞いているという神についても。
―――"闘争の勇者"とやらとの関係についても気になるな。
―――可能であれば接触した際に、色々と情報を聞き出して欲しい。
護衛任務がある事を話したら受けた相談事。
何やら事情があって色々と情報を集めているという事は聞いていたナツは、出来る範囲でという条件でその頼みを聞いた。
(別にたまにあるくらいの一日の護衛程度なら大した負担にもならないし、報酬まで出されるのであれば断る理由もない。ついでに世話になっている魔王に礼を返す良い機会でもあるし、貸しを作るのも悪くない。それに、個人的に"闘争の勇者"との関係は気になるし。俺以外の転生者に繋がる情報も手に入れられるかもしれない。)
ナツは勇者ではあるものの、魔王退治のみに従事している訳ではない。
普段は色々な依頼を受ける便利屋のような活動もしつつ生活をしている。
これもその依頼の一環と思えばむしろ仕事を貰えた事を有り難い事であり、更に預言者から話を聞けるという一石二鳥なのである。
預言者シズを護衛しつつ、預言者シズから情報を引き出す。ナツは二つのミッションを抱えて動く。
街中を歩く預言者シズに歩調を合わせて、勇者ナツは共に歩く。
互いに何も言葉を交わさずに歩いて行く。
(彼女は何処を目指しているのだろうか。ふらふらと歩いて大分時間が経ったが。)
ナツはそんな事を思いながらも護衛としてシズについて歩く。
(この人ずっと黙ってるけど、やっぱり怒ってるのかな……。)
一方のシズの方も黙ってついてくる無表情の勇者にビクビクしながら歩いていた。
以前に彼女を連れ出して、見たことのないものを見せてくれた勇者として数えられていない勇者、トウジ。
彼からの助言を聞いて、彼女は預言者一族に対して自身の想いを話す事を選んだ。
闘わなければ勝ち取れない。お前は後悔しない生き方をしろ。
後悔しない為に闘う事を選んだシズだったのだが……思いの外、母や先代の預言者、その周りのものが盛り上がってしまい、預言者一族内で派閥に分かれての大騒動が起こってしまった。
(やっぱりこんなワガママ言うべきじゃなかったのかな……。)
しゅん、としながらぽつぽつと歩く。
しかしながら、落ち込んではいるものの、ナツが気にしているような「ふらふらと歩いている」のはそのせいだけではない。
(外出許可が出たのは嬉しいけど……街の事とか全然分からないなぁ……。)
護衛付きで外出許可を勝ち取った最初はシズも喜んだのだが、いざ外に出てみると何をしたらいいのか分からない。
ついてくる護衛の勇者もずっと無言、無表情である。
スタスタと歩いていると、やがて街の出口にまで辿り着く。
今日のところは街の中の散策しか認められておらず、外に出る事はできない。
気付かぬ内に街の中を歩いて抜けてきてしまったらしい。
「…………預言者様、街の外に出る事は認められていません。」
「は、はい……わ、わかってます……。」
護衛兼監視役の勇者ナツがそう言うと、シズは来た道を振り返る。
(案内……とかはしてもらえないよなぁ……。)
ちらりとシズはナツの顔を見上げる。相変わらずの無表情で感情がまるで読み取れない。散々迷惑をかけておいて「エスコートをして欲しい」という図々しい事を言う勇気はシズにはなかった。
仕方なくシズはとぼとぼと元来た道を戻っていく。
(あれ? 戻るのか? 何をしに此処まで来たんだ?)
ナツは不思議そうにシズの横を並んで歩いた。
街の中で何かを見るでもなく、ただ出口まで歩いて、そしてそのまま元来た道を戻っていく。先程からナツは歩調を合わせつつシズの顔を見ていたのだが、特に街の中を見るでもなくただ前を向いて歩くばかりで、たまにナツの顔を恐る恐る伺うだけであった。
(散歩がしたかっただけなのか? 参ったな。歩きながらあれこれ聞く事もできないし。)
あくまで預言者はお忍びで街を見に来たのである。歩きながら衆目の中で話せるような内容でもない。
(どこか人目の少ないところに誘う……という訳にもいかないか。あくまで俺は彼女の護衛。彼女の行動に合わせて動くだけ。しかし、これではらちが明かない。)
ナツはそんな事を考えながら、ただただシズの横を歩いていた。
かたや内気で人付き合いに慣れていない箱入り娘。
かたや感情が表に出ない無口な不器用男。
どちらも心の中ではあれこれ考えているものの、会話を切り出すキッカケがない。
(どうしたらいいの……。)
(どうすればいいんだ……。)
いよいよ二人が困り初めて来たその時であった。
「ちょっといいかい、そこのお二人さん。」
ナツとシズの前に二人組の男女が現れた。
一人は赤髪に赤い服、赤いマフラーと全身真っ赤な長身の男。
一人はボロ布を纏い、何故か首には縄を巻き付けている少女。
関係性がまるで見えない二人組の男女を前にして、ナツは身体を震わせた。
(この気配は……。)
異質な見た目とはまた別の、独特な異様な空気。
それは、ナツが転生する時に見たものと同じものであった。
(転生者か!?)
ナツは前世の記憶を持ち、この世界に転生させられた転生者である。
女神ヒトトセによって"虚飾の勇者"として選ばれ転生した。
彼と同じように転生した三人の勇者が居る。
一人は預言者失踪事件の裏の犯人である"闘争の勇者"。そして"殺戮の勇者"と"束縛の勇者"という称号を与えられた者もいた。
ナツが目の前にいる二人から感じ取ったのは、転生する機会を得た者達が纏っていたただならぬ空気であった。
ナツは預言者シズを守るようにして身構える。その動きにシズはビクッとした。
ナツの警戒態勢を見た赤い男は、クククと笑って両手を挙げる。
「おっとォ、落ち着いてくれ"拳王"サンよォ。俺達ゃ別に喧嘩をしに来た訳じゃあねェンだ。」
「…………お前は"殺戮の勇者"か? お前も預言者様を狙っているのか?」
「あれ? なンでお前知ってンだ?」
恐らくその反応から見ても"殺戮の勇者"というのは正解なのだろう。
"殺戮の勇者"は、懐から一冊の本を取り出しパラパラと捲る。そして、怪訝な顔で本を眺めると、パタンと閉じて溜め息をついた。
「……まァ、いいか。それも含めて聞きゃ良いだろ。」
にやりと笑う"殺戮の勇者"を見て、ナツが臨戦態勢に入る。
赤い男は凶悪な顔つきをしていた。そして、何よりも"殺戮"という物騒な称号からしても危険な奴という認識しかナツにはなかった。
そんなナツを見て、"殺戮の勇者"は再び両手を挙げた。
「だから争うつもりはねェンだって。俺らはそこの預言者様と話がしてェだけなンだよ。」
「…………何が目的だ?」
「実はそこの預言者様とトラブった"トウジ"って男について話があって……ンな警戒すンなって! 怖ェよその殺気!」
「……やはり、お前らは"闘争の勇者"の仲間か。」
「ちょ、ちょっと待って下さい!」
トウジ、"闘争の勇者"の称号を授かった転生者であり、預言者シズを攫った張本人。"殺戮の勇者"も"束縛の勇者"も彼と繋がっているらしい。彼と目的を同じくして預言者に手を出そうとした……と思い、戦闘態勢に入るナツだったが、思わぬタイミングでシズの待ったが掛かる。
シズはナツの前に出て、赤い男に恐る恐る声を掛けた。
「あ、あの……ト、トウジさんのお知り合いの方なんですか?」
「あァ。腐れ縁というか何というか……。アイツがやったような馬鹿な真似はしねェから、ちょっと時間を貰えねェか? そっちの護衛も付けてくれていいから。」
ナツは警戒していたが、シズは思いの外前向きであった。
「は、はい。わ、私もお話伺いたいです。い、いいですよね? 勇者様。」
ナツは考える。
(何故こいつらは俺達がお忍びで外に出ている事を知っているんだ? 内通者がいる? それとも、何かそれを知る手段を持ち合わせている? そもそも狙いは何だ? "闘争の勇者"についての話がしたいという事だったが……。しかし、殺気や敵意は感じない。とはいえ、相手は俺と同格以上かも知れない相手二人。油断は禁物だ。)
難しい顔をしているナツを見て、ゲシは苦笑しながら言う。
「だからそう警戒すンなって。丁度メシ時だろ? この街の美味い店紹介してやるからよ。奢るから、そこでメシでも食いながら話そうや。個室もある店だし、預言者サマのお忍びの邪魔はしねェから。」
それを聞いてナツはハッとした。
(個室のある店……其処であれば預言者様から話を聞き出すことができる? いや、しかし、相手の案内した店にノコノコと踏み入って大丈夫なのか? 待て、でも俺と同じ転生者達の話を聞けるのも丁度いい機会なのではないか?)
自身の目的や転生者同士の交流という旨みと、預言者の護衛としての思考で揺れ動くナツ。
その迷いを掻き消すのはシズの鳴らした音だった。
ぐぅ~~~。
腹の虫が鳴く音。その音に視線が集まると、シズはたちまち顔を赤くした。
「…………お腹空いたんですか?」
「お前ェ、デリカシーって言葉知ってる?」
普通にシズに聞くナツに、赤い男がツッコミを入れる。
更に顔を赤くしてぷるぷると震えているシズを見て、ナツは「しまった。」とハッとした顔をした。
「立ち話もなんですし、とりあえずお店に移動しません?」
若干気まずい空気を断ち切ったのは赤い男の付き添いの少女だった。
首に縄を巻くという異質な格好ながら、周囲の視線は何故か向いていない。
恐らくは"束縛の勇者"であろう少女の言葉を聞いたナツはこくりと頷いた。
(…………まぁ、預言者様がお腹空いたならいいか。敵意も感じないし大丈夫だろう。)
こうして、預言者シズと護衛の勇者ナツは、"殺戮"と"束縛"の謎多き勇者と共に移動する事になった。
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