第32話 ある雪の日(後編)



 時間はハルがアキの杖を発見したところまで遡る。

 アキの杖を見つけたハルはすぐに魔王城へと戻った。

 魔王城にかなり近いこの辺りの事であれば、魔王が一番詳しいのではないかという考えからの動きであった。


「魔王。帰り道にアキの杖が落ちていた。何かに巻き込まれた可能性が高い。この付近でそういったものに心当たりはないか。」

「何?」


 魔王はハルの話を聞いて、すぐさま心当たりを思い浮かべる。


「……雪女か?」

「雪女?」

「この付近の雪原に出没する子供を攫う妖怪だ。」

「つまり、アキは子供と間違われて攫われたと?」

「心当たりの一つというだけだけどな。」


 アキの子供のような容姿から、雪女に攫われる可能性は高いと魔王は考える。

 更に、魔王城に辿り着いたアキであれば、既に魔王配下の幹部クラスの戦闘員を倒している筈である。そんな実力者が遅れを取る相手に、魔王は雪女以外の心当たりがなかった。


「雪女は何処にいる?」

「…………居場所は分からなくもないが。」

「教えてくれ。」


 ハルに詰め寄られて魔王が怯む。

 魔王にはひとつの懸念事項があった。

 そもそも、雪女に勇者が勝てるのかという懸念がひとつ。

 そしてもう一つは、万が一、勇者達が場合の懸念である。

 デッカイドーにおいて危険な災害のような存在である雪女を魔王が放置しているのには大きな理由があるのだ。

 勇者と雪女が戦う事に、魔王はリスクしかないと考えていた。


 しかし、ハルのかつてない気迫に押される。

 部屋で焼肉パーティーの片付けをしていたトーカが更に口添えした。


「教えて差し上げてもいいんじゃないですか。」

「うーん……。」

「前向きに考えましょう。『雪女を真正面から倒せるのであれば、彼らは十分な力を持ち合わせている』。そろそろに進んでもいいのでは。」


 トーカの進言にふむと魔王は顎をさする。

 更にハルは頭を深々と下げて頼み込む。


「頼む。敵であるお前に頼むのは筋違いかも知れない。だが、他に手掛かりがないんだ。」

「……俺からも頼む。見返りは払う。」


 ナツも共に頭を下げる。

 魔王は険しい表情で問う。

 

「……雪女は強いぞ。恐らくお前達が戦って来た魔物よりもずっと。あれは魔物や幽霊とは違う、このデッカイドーに根付いた怨念であり災害のような存在だ。」

「私は負けない。」


 ハルは力強く言い切った。ビリビリとした強い気迫に魔王が身を震わせる。

 空気だけで分かる。その言葉はハッタリではない、と。


「……いいだろう。」

「ありがとう、魔王。」

「……ありがとう。」


 再び頭を下げる勇者に、魔王は言う。


「案内などとケチな事は言わん。雪女の住処まで飛ばしてやる。但し、それ以上の手助けはしないぞ。」

「それでいい。十分だ。」


 魔王はパチンと指を鳴らすと、魔王城の襖がガラッと開いた。

 そこには人が通れるサイズの穴が開いており、その先から冷気が漂ってくる。


「雪女の住処と繋いだ。そこを通れ。」

「本当にありがとう。必ず、この恩は返す。」

「期待はしないでおく。帰りは通話の魔石で連絡しろ。帰り道を用意する。」


 ハルとナツは襖に開いた穴へと飛び込み、魔王城から姿を消した。


「割とあっさりと手助けするんですね。」


 その様子を見ていたトーカが笑って言う。


「お前が手伝えと言ったんだろう。」

「それでも迷うと思っていました。」

「迷ったさ。」


 魔王は溜め息をつく。


「しかし、お前の言う事にも一理あると思っただけだ。そろそろ前に進む頃合いなのかも知れない。俺は良くも悪くもならない膠着状態に甘えていたのかもな。『コタツで寝ると火傷する』、だ。」

「なんですかそれ。」

「なんでもない。」


 勇者の手助けをして、魔王はコタツに手を添える。


「あいつらがもしも雪女に勝てるだけの力を持つなら、俺達もひとつ前に進むとしよう。」


 その目には強い決意が宿っていた。






  ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~





 時は戻り、雪女の住処。

 ハルとナツはギリギリのところでアキの救助に間に合った。


 眼前には怒り狂う雪女。

 雪女は今まで以上に大量の氷柱の槍を放った。


 しかし、それは勇者達の目の前で霧散する。

 

(は……?)


 驚いたのは氷漬けのうららであった。

 まるで消えてなくなってしまったかのように、氷柱が消失した。

 続け様に氷柱は放たれる。それでも勇者達に届く事はない。


(何が起こってるのかさっぱり見えないんですが……。)


 アキは自身に回復を施し、氷を溶かしながらその光景を見て、呆れた表情を浮かべていた。


(相も変わらず化け物じみた剣技ですね……。全然見えないけど、とんでもない事してるんでしょうね……。)


 氷柱が消えて見える理由は至極単純。

 ただ、剣を持ち突っ立っているだけに見えるハルが全て粉微塵になるまで切り刻んでいるからである。

 田舎育ちで独学で身につけた剣術。それは化け物じみた膂力から放たれる、ただ剣を振り回すだけの拙いもの。

 しかし、たったそれだけで誰にも見えない。無茶苦茶な速度で振るう腕力だけでねじ伏せる。

 "剣姫けんき"と名高き勇者ハルには一切の物理攻撃は通用しない。


 雪女は氷柱に織り交ぜるように、冷気を放つ。

 当たれば一瞬で凍り付く強烈な冷気。

 冷気を斬ることなどできない。氷柱は通じないと見抜いた雪女が攻撃を切り替える。

 しかし、入れ替わりに飛び出してきたのはナツ。

 ナツはその身で冷気の攻撃からハルとアキを護る。


「フッ。」


 一息強く息を吐くナツ。それだけでナツを包み込もうとした氷は弾けて消えた。


(凍らない!? なんで!?)


 あの冷気の恐ろしさを身をもって体験したうららが凍りながら驚愕する。

 雪女が何度冷気を吹き付けてもナツは凍った傍から氷を弾く。

 ナツの身体から湯気があがる。

 特殊な呼吸法と代謝の向上、更に筋肉を震わせる事による異常発熱。ナツは武闘家であり、身体のコントロールのエキスパートである。

 更に身体のコントロールの根底にあるのは、自身に掛ける強い暗示。自身すらも欺く暗示により、ナツは己の限界を超えた力を実現する。

 身体や精神に悪影響を与える攻撃に対して、ナツは無類の強さを誇る。


 氷柱はハルに片っ端から切り落とされる。冷気はナツの身体を張った防御に阻まれる。


 そして、十分な時間稼ぎにより、自身の回復を終えたアキは既に復帰していた。


 既にアキは凍り付いたうららに手を添えていた。たちまち溶け出す氷。


「あれ?」

「此処から一旦離れて下さい。」


 うららが氷から解放される。そして、すぐに此処から離れるようにアキは忠告すると、自身も前に出た。

 

「アキ!」


 そのタイミングで、ハルが背負っていたアキの杖を放り投げる。それを受け取ると、アキも二人の勇者と並び杖を構える。


「これでようやく本気を出せます。」


 杖も戻り、気遣っていたうららも助け、これでアキを制約するものは何もない。

 同じくアキを守る為に防御に徹していたハルとナツにも制約がなくなった。


 うららがアキの指示に従い、一時的に雪女の間から出たその瞬間に勇者達は動き出した。


 うららの視点から見たそれはあまりにも異次元過ぎた。


 フッと姿を消すのは剣姫ハル。

 同時に、放たれた氷柱が空中で霧散する。

 遅れて聞こえてくる地面を強く蹴り砕くような衝撃音。そして、ほぼ同時に現れる無数の足跡。

 消えて見えるほどの高速移動。音すら置き去りにする、全ての足音が同時に聞こえる程の速さなのだとうららが気付いたのは、雪女が空中に吹っ飛んだ後の事であった。


 雪と氷で作られた身体を持つ雪女は物理的な攻撃を受けても即座に回復する。

 その回復すら間に合わない、超高速の峰打ち十発。

 打撃痕を残した雪女が空中に錐揉み回転しながら浮かび上がった。


 しかし、当然それだけでは雪女は倒せない。

 雪女は身体を砕きながらも、空中から広範囲に向けて冷気を放つ。

 高速での移動など関係無く、部屋一帯を覆い尽くすような広範囲の冷気。

 しかし、それは部屋中を走り回る炎の蛇によって一気に消失した。

 杖を振り炎の蛇を操るのはアキ。部屋中を駆け回る炎の蛇は、ハルやナツに危害を加える事なく、的確に雪女の冷気攻撃の温度のみを奪い去っていく。

 同時にアキの背後に浮かび上がるのは、先程までとは比べ物にならない数の火の玉。それは炎の蛇と同時にまるで違う軌道を描いて、ハルとナツのみを避けて、雪女の攻撃を相殺しながら雪女本体を攻撃する。


(あんな複雑な魔法を同時に、別々の精密な動きで、あれだけ大量に展開……? 杖一本でここまで違うの……?)


 先程までの雪女との応酬でも十分強いと思っていたうららは、更に規格外のアキの能力に頬を引き攣らせる。


「アアアアアア!」


 アキの炎の弾の連撃は、雪女に初めて悲鳴を上げさせた。

 先の交戦の中で雪女は炎を嫌がっていたのをアキは見逃していない。炎は雪女に有効なのだ。

 それでも尚、身体を溶かしながら雪女は滅茶苦茶に氷と冷気を吹き付ける。まるで吹雪のような、自然そのもののような暴走に部屋から逃れたうららをも寒気が走る。


 更に、ドン!と地を揺らす衝撃が走る。

 雪女は地震までも起こすのか?

 コォォォォォ、という空気が漏れる音がなる。その音の主にうららは気付く。


 地震の正体は、もう一人の勇者"拳王"ナツが地面を強く踏み付けたものだった。

 彼は凄まじい呼吸音で構えを取っていた。


 何か来る。うららも、雪女も感じ取る。


 フッ、とナツが息を吐く。

 それと同時に、その場にいた全員が見たのは、巨大なナツの幻影であった。

 攻撃を放った訳ではない。雪女目掛けて放った闘気が作った、実体のない幻のようなものでしかない。


 巨大なナツの正拳が、空中で暴れる雪女の身体を撃ち抜いた。

 

「アッ!」


 ただの気迫に過ぎないそれは、物理的なダメージを望めない筈の雪女さえ悶えさせる。

 それだけではなく、実際の打撃ではない筈の幻影は、まるで実物であるかのように雪女と氷柱と冷気をまとめて吹き飛ばした。


(これが勇者……。)


 自然そのものとも思える雪女すら、個々の力で圧倒する。

 うららは納得せざるを得ない。


(これは流石に……私達の方が偽物だわ。)


 あらゆる攻撃の手段も潰され、無敵の筈の雪と氷の身体にも攻撃を通され、為す術もなく壁に叩き付けられる雪女。

 身体は溶けて、砕けて、形を保つので精一杯。再生すらも追い付かない攻撃が未だに襲い続けている。


「これで終わりです。」


 アキは杖を持たない左手に、強い光を灯していた。

 それに気付いたうららが驚愕する。


(あれだけの魔法を行使しておきながら、まだ何か溜めていたの!?)


 アキが左手に溜めていた、更に強力な決定打となる必殺魔法。

 以前に開発したコタツの特性を抽出、合体させて作った疑似コタツ『コタツ玉』。

 コタツとしての機能を実現するには至らなかったものの、あれを攻撃用魔法として凶悪化させた新魔法。


「ハル! ナツ! すぐに下がって!」


 アキの声を聞いたハルとナツはすぐさまアキの後ろの方へと飛び退いた。

 それと同時にアキは左手を前に突きだし、構築の終わった魔法を解き放つ。


「"スーパーノヴァ"。」


 ポン、と飛び出したのは手のひらサイズ程度の黒い球体。

 それは雪女目掛けて一直線に飛んでいく。見た目は大した魔法にはとても見えない。


 しかし、雪女の本能が察した。アレは危険すぎると。


 雪女が初めて待避行動を取ろうとする。

 しかし、黒い球体から待避する事は叶わない。

 黒い球体は雪女を吸い寄せている。雪と氷の身体でも、空気を吸引する力には逃れられない。

 吸い寄せられる雪女は、迫り来る黒い球体に触れてしまう。

 次の瞬間、黒い球体は雪女を吸いこみ、雪女がすっぽり収まるサイズに広がり激しく光り出す。


「この魔法は狙った対象を空気ごと吸い寄せる。そして、吸い寄せた対象を中に閉じ込めた炎で焼き尽くす。」


 光はどんどん強くなる。そして、次第に球体は小さくなっていく。


「更に、敵を捕らえた後も尚も空気を吸い寄せ続ける。より小さく大量の空気を圧縮する事で、更に魔法の中の炎は高温になっていく。」


 アキが着きだした左手を球体へと向ける。


「極限まで圧縮された超高温。その中には灰一つも残さない。」


 アキがギュッと左手を握る。

 それと同時に球体はカッ!と目映い光を強く放った。

 あまりの目映さにその場に居た全員が眩しさから目を逸らす。


 光でぼやけた視界が次第に晴れてくると、既に球体も、雪女も影も形もなく消えていた。


「……勝った……んですか?」


 うららが呟く。雪女の気配は完全に消え去っていた。

 それと同時にアキはへたりと座り込む。


「流石に……疲れました……。」


 勇者達は雪女を撃破した。







「勇者様ありがとう!」

「どういたしまして。」


 帰りは魔王の作ったゲートを通ってすぐであった。

 攫われた子供達も全員家へと送り届けて、無事に誘拐事件は解決した。


 ハルにおんぶされながら、アキは深く溜め息をついた。


「うぅ……格好悪いです……。思ったよりも消耗が激しくてこんな惨めな格好に……。」


 雪女を撃破した後、魔力や体力の消耗から立てなくなってしまったアキは、ハルにおんぶされての帰還となった。子供達は心配しているだけだったが、アキからしたら格好悪いところを見せてしまい意気消沈しているのである。


「生きてるだけマシだろ。」

「それはまぁ、そうなんですけど……。」


 魔王にも借りを作ってしまった勇者達。魔王への礼はまた後日という事で、子供を送り届けた後は一旦帰る事になった。


「ところでそっちの子供は送り届けなくていいのか?」

「そちらは今回の協力者です。」


 ハルが一緒に着いてきていたボロ布を纏った少女に目をやる。

 今回アキと共に攫われて、子供の捜索に協力した"何でも屋"のうららである。

 うららはアハハと苦笑して首を振る。


「いえいえ。お役に立てず申し訳ありません。むしろ足を引っ張ってしまったようで。」

「そんな事ありませんよ。雪女の情報提供、子供捜索の手伝い、それに雪女の攻撃から庇ってくれた事、とても助かりました。」

「そう言って貰えれば幸いです。……ただ、私としては納得していないので今回の報酬は結構ですよ。」


 周囲への被害さえ考慮しなければ雪女にも圧勝していそうだったアキの魔法を見て、うららは後から氷漬けになった自分が足を引っ張っていた事を理解した。

 流石にこれで"ご褒美"を貰おうと思う程、うららは図々しくないつもりである。


「むしろ救って貰ったこちらがお礼をするべきところでしょう。とりあえず、これ名刺です。何かあれば無料でお手伝いしますので。」


 うららは懐から三枚の名刺を取り出し、勇者それぞれに配って渡す。


「それではご機嫌よう。」


 一礼してうららはその場から帰っていく。

 

「あんな子供が仕事をしてるんだな。まぁ、アキと似たようなもんか。」

「一言余計です。不思議な力を持っていて、色々と助けて貰いました。」

「…………そうか。」


 三人はうららを見送り、続いて動けないアキを送り届ける為に歩き出す。


「ハル。ナツ。」

「どうした?」

「ありがとう。」


 以前までは素直に言えなかったお礼の言葉を口にして、アキはハルの背中にもたれ掛かる。


「気にするな。そんな事より、こんな危ない依頼を受けるなら声を掛けてくれればいいのに。」

「癪なことに子供な見た目の私じゃないとダメだったんですよ。……まぁ、余計な心配掛けたくなくて黙ってたのはごめんなさい。」

「いやに素直だな。まだしんどいか?」

「普段は素直じゃないみたいな言い方はやめて下さい。」


 アキはむくれながら言う。


「…………無事で良かった。」

「ナツもありがとうございます。そういえば送った服着てくれてるんですね。」

「……ああ。」


 仲直りのために送った服をナツは着ている。それを見て少し嬉しそうに笑うアキ。

 以前まではなかった共闘、そして何てことはない他愛ない会話。

 勇者の絆は確かに深まった。










  ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~




「まさかここまで雪女を圧倒するとは思わなかった。ユキの選出もやはり間違いではなかったらしい。」


 雪女の洞窟の中で、魔王は一人佇む。


「……だが、まだまだ詰めは甘いか。」


 雪女の暮らしていた空間には、今まさに復活しようとしている雪女の崩れかけた身体があった。


「私の……坊や……。」

「冷たい土地に何もかも奪われ続けてきたものの根深き怨念。流石にしぶとい。」


 ずるずると地面を這う崩れた身体の雪女に哀れむような目を向けながら、魔王は空間に穴を空けた。


「しかし、そろそろ終わりにしよう。」


 魔王が生み出す"七次元門セブンスゲート"。

 空間の三次元だけでなく、時間、その他人間に認識不可能な七次元にまで干渉する事のできる門を開く彼特有の技能。

 今回魔王が雪女の住処と繋いだのは、白い光に包まれた世界であった。


 雪女は光を見て、目を見開く。


「…………坊や?」


 門の向こうには子供の笑い声が聞こえる。

 雪女の目から涙が伝い、ずるずると門に向かって崩れた身体で這いずっていく。


 ずっとずっと捜していた。

 私の大事な大事な坊や。

 もう二度と会えないと思っていた。

 代わりの見つからないたった一人の坊や。


 門の手前に差し掛かり、雪女は魔王を見上げる。


「あり……が……とう。」


 そして、雪女は門の中へと消えていった。

 魔王はパチンと指を鳴らす。それと同時に雪女の潜った門が閉じる。

 それと同時に洞窟内の刺すような冷気はたちまち消えていった。


 魔王の後ろに控えていたトーカがひょっこり顔を覗かせた。


「終わりました?」

「ああ。あいつらが弱らせてくれたお陰で、あっさり送る事ができた。」


 魔王の顔を覗き込みながらトーカは問う。


「勇者様方は、魔王様のお眼鏡にもかないました?」

「ああ。ユキの判断に間違いはなかった。」

 

 雪女と勇者達の交戦の一部始終をゲートから覗いていた。

 いざとなったら手を貸すつもりだったが、手を貸す余地すらなかった。

 三人の勇者の戦闘力は、魔王の想像の数段上をいくものだった。


「これでデッカイドーも少し暖かくなりますね。」

「そうだな。」


 デッカイドーに根付く怨念、雪女。

 その存在はデッカイドー全土さえも凍えさせる要因にすらなっていた。

 雪女が完全に消えた事で、気候が変わる程の影響が出る。


「これでが緩むだろうな。」


 それは決して望ましい変化ではない。

 この変化を避けたかったからこそ、魔王は今まで危険な雪女を放置し、配下の魔物で危険を広めて雪女の出没する地域を立ち入り禁止区域にさせ、事で被害を抑えていたのだ。


「アキに依頼が出された事が想定外だった。雪女の痕跡が残る事が稀だからな。」

「まぁ、もういいじゃないですか。前に進む決心はもう固めたんですよね?」

「それはそうなんだが……。」

「じゃあ、ぐちぐち言うの禁止です。勇者様の凄さも分かったんですし、前向きに考えましょう。」

「……ああ、分かったよ。」


 ある雪の日、勇者が絆を深めて前に進んだ一方で、良くない何かが少しだけ前に進んだ。




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