第五十六話 アライアンス
「あ、そうだった、タッパー返しに来たんでした」
石光はそういって荷物の中からタッパーを取り出した。
「ホント、返さなくてもいいのに……律儀ねぇ」
「実をいいますと……タッパーを返した方が俊君に会える機会が増えるかなって……すみません」
「もう、いじらしいじゃない!」
石光の一挙手一投足が悉く琴線に触れているらしい母親を俊は呆れながら眺めていた。
「今度、お義母さんとお菓子作りするとき、俊君にも食べてもらいたいなって思ってるんですけど」
「なるほど、胃袋をつかむってやつね」
石光の提案に対し、冴子はサムズアップをした。
「いや、味付け変わらんからいつもと一緒だろ」
俊がつっこみを入れるも、石光と冴子はスルーして会話を続ける。
「ですので、俊君が嫌いな食べ物とか、体質的にダメな食べ物とかありますか?」
「ん?ないわよ、嫌いなもの。体質的に……ってアレルギーもないわね」
俊はその会話を聞いてハッとした。
(……しまった!)
「では触れてかぶれたりとかのアレルギーとかもないですか?」
「あー、全然ないない!」
「よかった。材料選びで困ることはないですね」
石光は朗らかな笑顔で答えていたが、内心ではニチャという擬音が似合いそうな陰湿な笑みを浮かべていた。
「じゃあ、詳細はあとで決めよっか。メッセ送るね。あとはうちのバカ息子を好きにしていいから。今日はそれが目的なんでしょ」
「はい!流石お義母さん!全部お見通しですね!」
石光が冴子の問いに対してハキハキと答えると、俊に駆け寄って腕に抱きついた。
「真紀ちゃん、積極的!」
「聞いてくださいよ、お義母さん!俊君は女性アレルギーだから触られるとショック死するとか嘘ついて、私を遠ざけていたんです!」
石光の発言を聞いた冴子はへっと鼻で笑った。
「……もう、好きなだけ絡みついちゃっていいから」
「了解です!」
冴子の了承を得た石光は俊の腕から一旦離れると今度は胸に飛び込んだ。抱きつかれている俊は時が止まったかのように固まった。その様子を冴子はニヤニヤして眺め続けた。
(……何この辱め)
「俊、真紀ちゃんを大切にすること。あと変な格闘術とかで無理に引きはがそうとしたら勘当です」
「あ、はい」
俊はそう答える以外の術が思いつかなかった。
「そろそろ離れてくれないかな」
抱き着いて俊の胸元をスンスンと鼻を鳴らしている石光は見上げる。
「しょうがないなぁ。一旦やめてあげる、でもまた後でするから」
「……なんの罰ゲームなの」
俊が一言呟いてため息をつくと石光は頬を膨らませてむくれ顔になった。
「罰ゲーム!?失礼しちゃうわ、女の子に抱き着かれるとか中々体験できることじゃないんだから、ご褒美でしょ!?」
石光とは対照的に俊は冷淡な表情をしてぼそっと呟く。
「罰ゲームです」
俊の反応に対して、ニヤニヤしながら石光は上目遣いで俊を見つめる。
「そっかぁ、まんまとお義母さんから攻め落とされて、家にまで上がられて、これから自分の部屋にも入られるんだからねぇ。まぁ、セキュリティホール突かれちゃって、だから罰ゲームという表現はあながち間違ってないかもね」
石光が俊の部屋に入ると仄めかしていたので、俊は即座に返答する。
「さっきの続きはこのリビングでやります」
俊が人差し指で床をさし、手首を動かし上下に手を揺らすと冴子が二人の会話に割り込んできた。
「え?イチャコラされてうるさいから自分の部屋行ってもらえる?」
冴子の言葉に石光が笑顔でサムズアップすると、冴子はウインクで答えた。
「いやちょっとまって、年頃の男女2人、密室、何も起きないはずがなく……」
「お母さんとしては、二人がくっつくような素敵イベントが起こればいいかなって思ってる」
「おーい!ここに不純異性交遊を推奨してる大人がいるぞぉー!」
俊がブンブンと両手を振ってアピールするも冴子は淡々と政治家のような答弁をする。
「部屋で何が起きたかはこちらからでは関知できないというのが実情です。もちろん、関知できないことが不純異性交遊を正当化するものではありません。あ、真紀ちゃん、俊の部屋は二階上がってすぐの部屋だから」
「お義母さん、ありがとうございます」
冴子に俊の部屋の場所を教えてもらった石光は一目散に階段へ向かった。
「ちょ、ま」
それを追って急いで俊も階段へ向かった。
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