第二十六話 即興のプラン

 何もできないときっぱりと告げる俊であったが、辻を見つめ返す眼差しは、何もできないという諦めは感じられず、むしろ何とかするさ、という意思を感じることが出来た。辻は俊の両肩から手を離すと小さな声でお願いねと呟いた。

 「石光さんのこと、好きなんだな。もしかして百合とか?」

 切迫した辻に対して俊が茶化すと、辻の無言のローキックが俊に炸裂した。

 「死ね!ほんと!」

 と捨て台詞を残して辻は帰っていった。


 俊は帰宅してから、辻から得た情報を基に石光がどのような動きをするか考えていた。

 (石光はどう動くだろうか……おそらくは説得をするのであろうな。かつて自分の友人がイジメによって自殺に追い込まれたことを伝えるのであろう。だが、石光は耐えられるだろうか?トラウマになっているはずだ。おそらくは短期決戦だろうな、説得が失敗すれば自分への嫌がらせを止められず、過去の記憶がフラッシュバックし、良くてメンタルダウンで不登校。悪くて自殺か。これ、甘粕先生に伝えたらすぐ対処しろっていうよな。朝早く行って先生に報告だな)


 翌日、俊はいつもより早く学校に到着し、いつものごとく物理の分からない範囲を聞きに行く体で甘粕の元を訪問する。職員室にいた先生方が俊に対して、勉強熱心だね頑張ってるねと声をかけると、いえいえ、覚えが悪くて甘粕先生にはご迷惑をおかけしていますとはにかみながら会釈をし、甘粕を連れて職員室を出る。

 物理準備室に着くと、甘粕は欠伸をしてから俊に質問した。

 「なんだよ?朝っぱらから急に」

 「緊急を要する件ですので、早めにご連絡をと。昨日、石光さんのトラウマについて話させていただきましたが、昨日の今日でそれにかかわる事案が発生しました。」

 甘粕がええ?まじで?とリアクションをするが、俊は目もくれず説明を続ける。

 「昨日、私が先生に報告をしていた時間とほぼ同時刻に、石光さんが小島さんに対してイジメをやめるよう暗に意味する発言をしたらしく、仲違いになったとの情報がありました。おそらく、イジメの矛先は石光さんに向くことでしょう」

 「怖いな……共産主義者たちの内ゲバみたいだな。ちょっとでも考えが違えば粛正とか……」

 甘粕が両手を天に向け首を左右に振っている仕草が呑気に見えたので、俊は咳払いをしてさらに説明を続ける。

 「石光さんは友人がイジメによって自殺しているというトラウマがありますので、石光さん本人がそういうことをされたらフラッシュバックするでしょうね、間違いなく。そして、長くは持たない。ですので、短期決戦だと思います。石光さんが小島さんの説得を試みるでしょう。説得が失敗すれば石光さんへのイジメは続き、最悪死人が出るケースも……」

 俊が凄みをもって説明すると、甘粕は驚きながら俊に質問する。

 「死人が出るのは勘弁してほしい。で、どうするんだ?石光の説得はうまくいくのか?失敗したらどうする?何か方法はあるのか?」

 矢継ぎ早に質問する甘粕とは対照的に俊は淡々とプランを話し始める。

 「まずは石光さんの行動を尊重しましょう。説得の確度が高まるよう情報を与えましょう。調査の結果、石光さんは勘がいいことは判明しておりますので、小島さんの情報をまるまる与えてみるのも問題ないかもしれませんが、大事をとって『小島さんは過去にイジメられた経験があるから今このようなことをしている』ぐらいは伝えておきましょう。というより、もうすでに石光さんの下駄箱の中にその旨を伝える手紙を入れてあります。事後報告ですみません。成功すれば御の字です。失敗した場合は……昨日の今日ですので2案しか今のところ思いついておりません。1つ目は石光さんがメンタルダウンする前にフェードアウトして頂く。本人もそれは覚悟してるんじゃないですかね?もう一つは、小島さんの趣味を含めた過去をばらす。恐らくクラス全員の矛先が小島さんに向くでしょうし、ばらしたのは私とわかりますので、小島さんに刺されてしまうかもしれませんね。正当防衛で制圧して豚箱にぶち込むのもありですが、先生にも迷惑が掛かりますし、色々と悪手となりますからやるべきではありません。ですので、失敗した場合は石光さんに退場して頂く案が穏やかかと思います。今のところ」

 俊の長々とした説明に甘粕は、うーんそうするしかないかぁと呟いて頭を掻きむしった。

 「とりあえず、失敗したときのことを考えて、保健の先生とメンタルヘルス関連のケアができるよう手配しておくのと、そのあとの斡旋を考えないとなぁ。気が重い」

 深くため息をついた甘粕に対して俊は淡々と説明をする。

 「ですが、最悪を考えてください。イジメによって生徒が死に、マスコミが嗅ぎ付け、学校はイジメを把握してたのかどうか問われ、全国区で見世物にされて吊るしあげられる。ネットでは実名を書かれ、毎日毎日校門前を飢えた肉食動物のようにうろつくマスコミ。先生の家の前にもマスコミが張り付き―――」

 最悪のシナリオをつらつらと言い続ける俊に対して、だーっ!と叫んで制止する甘粕。

 「わかったから!とりあえずさっき言ったことは手配しておくから」

 「承知しました。あとは石光さんの双肩にすべてが掛かっていると……うまくいくといいですね」

 涼しい顔をして言いのたまう俊に対し、甘粕はやっぱこいつにとっては他人事だよなと思いを抱いた。

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