第二十四話 抑止力

 放課後、俊が携帯電話を確認するとメールが1件入っていた。

 

 To:クソ野郎

 件名:なんかやった?

 昨日、碧となんかあったでしょ?

 予想はつくんだけど、呼び出しはうまくやり過ごしたみたいね。

 つうか、私の時と同じように碧の弱みでも握っているんでしょ?


 辻からのメールである。俊は淡々と指を動かしメールを作成し辻へ送信する。


 To:辻

 件名:呼び出しについて

 呼び出しに応じ、昨日待ち合わせ場所に行きました。

 小島さんは何か困っている様でお手伝いを依頼されましたが、

 放課後は私用で忙しいので丁重にお断りしました。


 俊は、重要なことは一切いっていないが、かといって嘘もいっていない。ぼかした言い方をして受け取り手のミスディレクションを誘うやり方は諜報員が良く行う手口である。メールを送信してから1分後ぐらいにメールが来た。


 To:クソ野郎

 件名:もういいや

 どうせ、詳しいことは言わないんでしょ?

 ほんと、人のことについてほじくりまわして

 弱み握ってゲス野郎ね、あんたは。


 (そりゃ、ラズベーチクだからな…ほじくり出すさ)

と、辻からのメールをみて俊は心の中で呟いた。ラズベーチクはロシア語で諜報員を意味するが、試掘屋の意味もある。ロシアでは『真実はほじくり出して手に入れるもの』という考えがあることから試掘屋と諜報員は同じ単語で表されている。

 俊と柿崎の邂逅から1週間が経ち、小島による柿崎への嫌がらせは止まっていた。小島が俊の行動を読めず警戒しているためだ。様々な嫌がらせを受ける柿崎を見ることもなくなり、また俊が柿崎の話し相手になることによって、柿崎が話に熱中して声が大きくなるのを窘めて防ぐことから、教室内の空気は穏やかになっていた。クラスメイト内での俊への評価は、『定年前のサラリーマン』や『必要最低限の仕事はやって定時に帰る公務員』などであったが、『謎の人物』に変わりつつある。

 俊は定例報告を担任の甘粕にすべく、いつものように甘粕の担当教科である物理の質問をするフリをして物理準備室に籠った。

 「ここ一週間さ、教室の雰囲気いいんだよな。小島が不機嫌そうな顔をしてるぐらいで」

 甘粕が嬉しそうに話し始めると、俊は少し不満そうな顔をする。

 「確かに教室内の雰囲気は良くなりました。しかし、柿崎君の相手は少し疲れますね。あと、注目を浴びるようになってしまいました。小島さんのイジメが止まり、柿崎君をコントロールしているのですから。昼行燈だったからこそ様々な工作をしやすかったのに、これでは工作が難しくなります」

 俊の言葉に甘粕は腕組みをし、天を仰いでから、うーんと唸った。

 「わかった。何か便宜を図ってほしいことがあったら言ってくれ。俺が変に指示してもお前の工作の邪魔になるだけだろう?とりあえず、定時報告を始めてくれ」

 俊は背負っているバックパックからA4用紙数枚を取り出し、甘粕に渡してから報告を始める。

 「小島さんについてですが、先生もお察しのとおりフラストレーションが溜まってますね。私が抑止力になってますので柿崎君への嫌がらせはありません。小島さんを含めたクラス内上位カーストの様子ですが、藤原君は前にも報告しましたが、彼は小島さんのしている事に対して興味はありませんし、それに自由に動かせますので特に注意を払う必要はありません。」

 甘粕が小さく挙手をし、すまんと一言いれてから俊の報告を遮った。

 「その、自由に動かせるとはどういうことだ?」

 「彼の趣味に沿った、良い条件を何点か提示しましたので、それと引き換えに色々と便宜を図ってもらえるよう交渉しました」

 俊は甘粕に対しても、重要なことはいわず嘘は言わないスタンスを取っている。俊と甘粕の関係性は利害の一致のみであり、完全にコントロールできるわけではないため、必要最低限の情報しか与えないようにしている。藤原と一戦交え、屈服させたことは一言も口には出さない。

 「藤原を満足させるとは、よほど良い条件なんだろうな。内容についてはあまり聞かないことにしておくよ」

 甘粕はよからぬことを耳にしてしまい、看過した場合の責任が自分にこないための予防線を張った。

 「いえ、大したことではありませんよ。特殊部隊御用達の格闘術スクールを何種類か紹介しました。彼も喜んでいましたよ」

 俊は、問題ないですよと言わんばかりにさらっと藤原へ提示した内容を甘粕に説明したが、当の甘粕はぽかんとした顔をしていた。

 「いや、特殊部隊御用達の格闘術スクールを何種類も紹介できる高校生とかおかし過ぎるんだけど、突っ込んだら負けな気がするから報告進めて?」

 「先生のその危険なものには触れていかないセンスの良さは嫌いではありません。では進めます。辻さんはこちらでコントロールできますし、情報も自由にとれる状態にありますので脅威にはなりにくいとおもわれます。」

 俊の辻についての報告に、甘粕は小刻みに首を縦に振る仕草をしてから

 「あー、その、それについても詳しいことは聞かないことにする」

 と一言いうと、俊は微笑んでから、ありがとうございますと一礼して報告を続ける。

 「最後に、石光さんですが色々調べてみましたが、おそらくトラウマを抱えている可能性があります」

 「ほう、そのトラウマとは―――」

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