第十二話 ステレオタイプイクナイ
『ああ、くっそ…見つからない』
いつものように、山下は小野寺とスカイプで通話をしていたが、珍しく悔しさを吐露していた。対象Kにオタクの可能性が出てきており、山下は血眼になって証拠を探そうとしていたが見つけられずにいた。
「まぁ、力を抜け山下。『対象Kはオタクに違いない』というバイアスが掛かって、色々と見落とすぞ?」
小野寺が危惧していた状態に山下はまんまと陥っていた。
「いいか?俺たちがやっていることはなんだ?」
『インテリジェンス?』
「そうだ。インテリジェンスとは国家が生存するための意思決定を補佐するために必要な情報収集および分析を実施することだ。相手の首を取ることためではない。自分たちが生き残るためだ」
『……でも、柿崎くんが…』
柿崎とは山下と親しいクラスメートでありオタク仲間だ。オタク然とした容姿や言動から、対象Kから弾圧対象とされ、事あるごとに罵声を浴びせられたりしている。
「親しい人間が、非道な扱いを受けているのはいいものじゃないな。それはわかる。それに、柿崎がいなくなれば次は間違いなくお前の番だ。焦る気持ちもわかる」
『別にそういうわけじゃ!』
山下が強い語気で否定をすると重苦しい空気となった。しばしの沈黙の後、小野寺が口を開いた。
「申し訳ない。俺の勝手な思い込みで色々と言ってしまった。山下は自分の身かわいさに焦っているわけではないよな。親しい人間を助けたいという気持ちからだよな。決めつけて本当に申し訳なかった」
小野寺による素直な謝罪の言葉に山下は少し驚きながら、
『いや、自分の身について全く考えてないってわけでもないから…そんな自分は どうでもよくて、すべての人間を助けたいとか思ってるどこかの正義の味方志望みたいなことは言わないよ』
と小野寺の言葉が全く間違ってはいない旨を伝えた。
小野寺は冷笑交じりの鼻息を漏らして続ける。
「知識ではわかっているつもりでも、実際やってみると全然出来ていない…。諜報機関では、情報収集をする人間と分析をする人間は分けているんだ」
『なんで?』
「情報収集をしている人間は苦労して手に入れた情報を『これは重要な情報に違いない』と思いこんでしまう傾向がある。収集する人間と分析する人間が同じだと、苦労して手に入れた情報が間違っていたとしても正として分析を進めていく可能性が高いんだ」
『小野寺君、それっぽくなってるね』
山下が悪戯っぽく笑いながら返す。
「まったくその通りで申し訳ない。それから、まだ謝らなければいけないことがある」
『今度は何?』
「対象Kがゲームに詳しいイコール、オタクかもしれないとミスディレクションを誘うようなことを言ってしまったことだ。これは完全にステレオタイプ的な判断の仕方で確証はまったくない。CIAではステレオタイプは知性のジャンクフードと言われており、してはならないと言われている。お腹は膨れるけど、栄養はまったくないジャンクフードと同じで、ステレオタイプは情報としては満たされているかもしれないが、価値は全くないということらしい」
『へぇ~、そんなふうに言われているんだ。でもさ、CIAってちょいちょいやらかすよね?』
小野寺の話に納得しつつも、山下は質問をぶつけた。
「情報分析を生業としている組織でさえ間違える。その間違える原因というのがバイアスなんだ。様々なバイアスがあるんだけど、ステレオタイプの根源ともいえる利用可能性バイアスについて話そう」
小野寺はそのまま山下にレク(チャー)を続ける。
「利用可能性バイアスというのは、人間が必ずしてしまう思考なんだ。人間は心の中で一番利用しやすい情報を使って判断してしまう性質がある。判断するためには情報を集め、分析を行うが非常にエネルギーが必要になる。そのためエネルギーを使わず即決してしまいたいという欲求に駆られ、心の中でぱっと思い浮かんだものを元に判断してしまう性質がある。知っていることを元に判断するか、それとも十分な情報がない部分にフォーカスして判断するか、人間はどちらの行動をするかというと前者を取ってしまう。不足している情報を確実に埋めていくほうがより良い判断を下せるのだが、それをしたくないのが人間の性らしい」
『人間ってインテリジェンスに向かない生き物なのでは?』
山下が身も蓋もないことを言うと、
「逆を返せば、利用可能性バイアスに惑わされず、情報収集および分析をすれば誰をも出し抜くことができるということだ」
小野寺は毅然とした物言いで答えた。
『でもまぁ、現実にはステレオタイプをしてしまったし、難しいね』
「…そうだな」
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