泡沫ーそして、空が割れたー

山芋娘

第1話


 ーー戦いには向いていないと、言われた。それでも私は戦場に身を投じると覚悟した……。




「止め! 紫吹一本」

「よっし!」

「また、負けた……」

 ここは国立 昂華こうか高校の校庭。

 特進科クラスの生徒達が、体育の授業の中で、一対一の手合わせをしていた。

 このクラスは、エレメントの力が強い生徒達が属している。

「次、川澄と汐沢!」

「はい」

 川澄ミナ。

 そんなエレメントの強い生徒達が集まるクラスの中でも、特別弱く一般人とさして変わらない。

 しかし、彼女はそのハンデを諸共しないほどの体術の使い手となっていた。

「汐沢、汐沢!」

「なーにー?」

「何じゃない! 川澄と手合わせだ」

「はーい」

 そして、そのミナとは反対の存在がいた。

 それが汐沢ヒスイ。

 彼女のエレメントは、特級品。

 力を使えば、特進科の担任でさえも抑えることが、不可能なほど強いものだった。

 しかし、ヒスイはいつも不真面目で、気だるそうにしていた。

「汐沢、ジャージ脱がないのか?」

「半袖の体育着忘れちゃった」

「お前な……」

「いいじゃん、いいじゃん。ほら、川澄さん待ってるからやろ!」

「お前が待たせてるんだぞ」

 ジャージの袖を持て余しながら、大きな欠伸をするヒスイ。

 そんな姿を見て、ミナは鋭い目を彼女に向ける。

「どうして、いつも」

 と呟いた瞬間、教師の号令が掛かる。

 瞬間、ヒスイの懐へ飛び込むように、駆け出した。

 掌をヒスイの顎に向けて、下から突き上げる。

 しかしヒスイは何の苦もなく、ミナの攻撃を避けていく。

 どんな手を使っても、ミナの手はヒスイには届かない。

 周りで見ている生徒達は、歓声を上げながら二人の手合わせを見ている。

「やっぱり、汐沢かなー」

「今回も、川澄が一方的な感じだけど、優勢差で言ったら、汐沢なんだよな」

「ミナちゃんも、結構いい線いってると思うんだけどね」

 そんなガヤの声は、聞こえない二人。

 必死に一撃を喰らわそうとするミナに対して、ヒスイは楽しそうに笑いながら、避けていく。

 一手も当たらない。ーーと、考えた瞬間、甘く入った一手を見逃さなかったヒスイが、ミナの腕を掴み体を地面に叩きつけた。

 そして、目の前にヒスイの拳が。

「一本! 汐沢」

「ふぅ〜」

「……また、負けた」

 空を仰ぎながら呟くと、ヒスイの手が伸びてきた。

「お疲れ様〜! いやー川澄さん、隙が無くなってきて、今回危なかったよ〜」

 と、笑っている。

 だが、ミナは笑み一つ見せず、一人で立ち上がった。

「よし、今日の手合わせはこれで終了する。残り時間は筋トレだ!」

「えぇー」

「えーじゃない! お前たちは体力付けないといけないんだぞ! ほら、始め」

 愚痴愚痴と言う生徒たちをよそに、ミナは静かに腕立て伏せを始めた。

 どうして、いつも勝てないのか。

 彼女はいつもヘラヘラしていて、鍛錬もまともにしているようには見えない。

 私の方が。

 そんなことを思いながら、ちらっとヒスイの方に目を向ける。

 笑い、話しながら、女生徒たちと腕立て伏せをしていた。

「……私は、強くならなきゃ」



 エレメント。

 それは生まれ持った人間の力。

 自然の力を操れることが出来る、その力には個人差があった。

 水を操れる力を持っていても、お猪口一杯分の水しか操れない者もいれば、海の水いっぱいの水を操れる者もいる。

 しかし、力自体を持たない者もいる。

 そんな二極に分かれる世界だが、特に何がある訳では無い。

 むしろ、力を持っている者は、制御出来なければならないと、学校や施設に入らなければならなかった。

 そして、ミナの通う『国立昂華高校』は、そんなエレメントを持つ者を、受け入れる学校であった。

 普通科、特進科とある中で、ミナの属する特進科は、ある特別な授業もあった。

 それはこの世界に現れる、『クリスタロス』という武装集団と対抗するための軍人を育てる授業である。

 クリスタロスについては、まだ解明されていない事が多くあるが、ハッキリとした目的だけは分かっていた。

 それは『エレメントを持たない人間を誘拐すること』であった。

「そして、両親はクリスタロスに連れていかれた……」

 ミナは学校の図書館で、放課後の自主勉強をしていたが、もうすでに二時間が経過していた。

 一息をつき、タブレット端末の画面を見ると、幼き頃のミナと笑顔の両親が写っていた。

「……お母さん、お父さん……。生きてて」

 いつか、助けに行く。

 また会うために、両親を助けるために、生きていた。

 エレメントの力は、ほぼ無いに等しいくらいのミナは、勉強をし鍛錬を積むことでしか、軍に入れないと自分でも分かっていた。

 だから、毎日誰よりも勉強をし鍛錬を積んでいた。

「ヒスイ〜! もう帰っちゃうのー!?」

「彼氏から呼び出しくらっちゃった!」

「そっか、またねー!」

 ミナが図書館から出たところで、電話をしているヒスイとすれ違った。

「……分かった、すぐに行くから。西鐘子の病院近くでしょ」

 そう聞こえた。

 いつも聞いているおちゃらけた様な声ではなく、低く氷のように冷たい声だった。

「……西鐘子の病院? そういえば」

 タブレット端末を取り出し、ニュース速報を確認する。

 そこには『西鐘子地域、クリスタロス出現。自宅待機または避難所へ避難』と、出ていた。

「……どうして、西鐘子に?」

 ミナはタブレット端末を鞄にしまうと、ヒスイの後を追うように走り出した。



 西鐘子にしかねこ地区。

 西鐘子病院から少し行ったところにある公園に、ヒスイが現れた。

「カイリ、お待たせ〜」

「遅い!」

「ごめん、ごめん。学校から来たからさ〜」

「しかも、隊服じゃない」

「スカートだけど、タイツ履いてるから、いいでしょ?」

「スカートをめくるな」

 ヒスイと話すのは、譚田ふじたカイリ。

 鋭い目付きで、ヒスイを睨みつける。

「それで、これ?」

「あぁ。着いた時にはもうあった」

「中からクリスタロスは?」

「現れた様子はないが、隊長たちが辺りを見回りに行ってる」

「壊しちゃう?」

「壊せたら苦労しない」

「だよね」

 目の前には、二メートルほどの高さがあり、横幅も一メール以上ある光り輝く、黄色い水晶のようなものがあった。

「これが、クリスタロスの……」

「ん?」

 カイリが振り返ると、そこにはミナがいた。

「おい! 一般人は立ち入り禁止だ。出ていけ」

「ん〜? あ、川澄さん」

「お前の学校の奴か?」

「うん!」

「汐沢さん……、何してるの?」

「貴女には関係ないかな?」

 にっこり笑うヒスイは、ミナに近づいていき、「早く出ていきな」と声を掛けた。

 その瞬間、水晶の中から三メートルほどの高さのある人間のような者が現れた。

 機械仕掛けになっているのか、その身は金属で包まれていた。

「くそ、現れたか」

「川澄さん、早く逃げて!」

「汐沢さんは、」

 ミナの言葉が言い終わる前に、ヒスイは機械人間に飛び込んでいった。

 その姿はいつも手合わせをしている時の姿ではなかった。

「ーー水よ、我が刃となれーー」

 カイリの手の上に、小さな水滴がジワジワと集まってくる。

 その水滴たちが、ゆっくり刀へと形作られていく。

 深い青い刀が作られると、柄の部分を握る。

 作られた刀を見るその目は、光っていた。

「ヒスイ、やるぞ」

「おーけー!」

 ヒスイが機械人間から離れると、カイリが走り出した。

 俊足が特徴で、今の隊に属するのも、その足を買われたようなものだ。

 機械人間に一撃を食らわすも、刃こぼれしてしまった。

 だが、飛び散った水はすぐに刃へと戻る。

「くそ、コイツも相当硬いやつだ」

「カイリの刀と相打ちってところだね。向こうも欠けてる」

「削っていくか」

「そうだね!」

 ヒスイは深呼吸すると、「ーー水よ、結晶となれ。弾丸となれーー」と唱える。

 すると、水滴が集まり拳銃へと形を作り出され、氷へと変化した。

 ゆっくりと開ける目は、光っていた。

「援護するよ」

「撃ちまくれ」

「はーい」

 カイリが走り出した瞬間、ヒスイは機械人間に弾丸を撃ち込み始める。

 弾丸は切れることない。

 ヒスイが弾丸を途切れさせない。

 一方、カイリは機械人間に、斬り掛かる。

「……すごい。これが、戦い」

 未だに公園の入り口にいたミナ。

 二人の戦う姿を目に焼き付けていた。

 抵抗する様子のない機械人間の目のように光る部品が、ミナを捉えた。

 動くことなかった機械人間が、近くにあったシーソーを手にし、ミナに向かって投げた。

「はぁ!?」

 ヒスイは銃を投げ捨て、ミナを庇い助ける。

「ヒスイ!」

「いたた……」

「汐沢、さん……」

「怪我は?」

「私は、平気……」

「ヒスイ、立て! 来るぞ!」

「ごめん、無理っぽい」

「は?」

 ミナを助ける瞬間、シーソーの一部が足に当たってしまったのか、右足の骨が折れてしまっていた。

「汐沢さん……」

「カイリ、やっておいて〜!」

「無茶言いやがって!」

 刃こぼれと再生のスピードが、合わなくなってきたのか、刃こぼれが酷くなってきた。

 しかも機械人間も抵抗を始めたので、更に倒すことが困難になってきた。

「川澄さん」

「え、」

「私の代わりに、あれ倒して」

「……え?」

「川澄さんなら、出来るよ。いつも私と手合わせしてるじゃん」

「……私のエレメントは微々たるもの。あんな大技、出来ない」

 カイリの頑丈で大きな刀を見て、ミナが俯く。

 しかし、ヒスイはミナの右手を取り、真っ直ぐミナの目を見る。

「大丈夫。川澄さんなら、出来る。想像して、頑丈な刃を」

 目を瞑り、手の上に刀を想像する。

「川澄さん、力を、水を凝縮させて。小さなものでいいの、小さく頑丈なもので。もっと小さくもっともっと。もっともっと、小さくていい。川澄さんの戦闘スタイルなら、もっと小さくていい。もっともっともっと、三十センチにも満たないくらいのダガーナイフのようなもので」

 ゆっくりと水がナイフの形へと変化していく。

 そして、ミナの手のひらに十センチほどの長さをしたナイフが作られた。

 暗く重い青い瞳が、光を帯びて。

「……川澄さん。カイリが作った傷のところに、思い切り刺し込んできて。私は援護してあげるから」

「……私に」

「川澄さんなら、出来る。入学して初めての手合わせで、私に一発拳を入れたアナタなら」

「……汐沢さん」

「さぁ、行って!」

 一つ深く頷くと、ナイフを構え、獲物を狩る猛獣のような目をして、機械人間へと駆け込んで行った。

 ヒスイは二丁拳銃で、機械人間へと弾丸を叩き込む。

 カイリ程とは言わない足の速さで、機械人間の懐に入り込み、欠けたところにナイフを突き刺す。

 堅いっ。ーーと、思いながらも、全体重を乗せて、刃を押し込んでいく。

 一度引き抜くと、更に別のところへ突き刺していく。

 大きい、怖い。ーーそんな感情がミナの頭を過ぎる。

 けれど、止まっていられないと、機械人間の攻撃を避けながら、もう一撃。

 機械人間の欠片が、ボロボロと落ちてはキラキラと光る水晶のようなものが、塵となり風に乗って飛ばされる。

 欠けたところから、黄色い何かが見えた。

「今のところを、もう一度やれ!」

 カイリの声に、ミナは勢いを付け、ナイフを突き刺した。

 すると機械人間の動きが止まり、後ろへと倒れてしまった。

 倒れた、もう一擊入れておくか。ーーまだ動くかもしれないと、警戒をしていたが、体はガラスが割れるかのように、ヒビが入り粉々に砕け散った。

 粉々になった塵は、水晶のように煌めきながら、風に吹き飛ばされてしまった。

「……終わった」

「お前」

「は、はい」

「よくやった」

「……ありがとう、ございます」

 カイリは未だにそこにある黄色い水晶のようなものに近づいていく。

「川澄さ〜ん」

「汐沢さん! 足、」

「ちょっと動くようになった。大丈夫だよ。それよりさすがだねー」

「……怖かった」

「ん?」

「……怖かった。本やテレビで見るのとは違う。こんなにもクリスタロスは恐ろしいものだったなんて、知らなかった」

「そっか。じゃあ、辞める? 学校」

 ヒスイの言葉に、ミナは小さく首を振った。

「辞めない。私はやならきゃいかないことがあるから」

「そっか! じゃあ、学校卒業したら私らの隊においでよ。私らの『玄水げんすい隊』に」

「考えておくよ」

 そんなことを話していると、黄色い水晶がゆっくりと浮かび始めた。

 警戒をするが、水晶はどんどん空へと上がっていく。

 すると、空が割れるように開き、水晶がその中へと消えていった。



 了

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泡沫ーそして、空が割れたー 山芋娘 @yamaimomusume

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