旧市街の死神と罪を救う魔法使い
桂木 狛
プロローグ
私は空想が嫌いだ。
空想なんて何の役にも立たない現実逃避の産物だ。
頭に広がる荒唐無稽な世界は所詮、頭の中だけの絵空事だ。
ありもしない理想を描いても腹は膨れないし病気も治らない。
現実に生きる私には何の役にも立たない無駄な存在だ。
だけど、私は空想に一つだけ感謝をしている。
私は生まれつき病弱で、人生のほとんどをこの薄暗い部屋の中で過ごしている。
母はそんな私に毎日物語を語ってくれた。
私はその時間が好きだった。
好きと言っても、物語が好きなのではない。物語を話す母が好きなのだ。
普段は心配そうに私を見る母だが、私に物語を聴かせるときの母は柔らかな表情になった。時に弾むような声で、時におどろおどろしい声で。薄い唇の間から発せられる私の知らない母の声を私は夢中で聴いた。
声だけではない。無数の光が散らばった目、赤くなったり青くなったりする頬。物語の進行に合わせて次々と出てきては消える私の知らない母に私は釘付けになった。
無垢な町娘と邪悪な魔女。生真面目な青年と権力を振りかざす役人。寂しがり屋なピエロと不器用なドラゴン。
聖と邪を行き来する母に私は胸を高鳴らせ、クッションを握りしめた。
どうして私はこんなにも嬉しいのだろう?
私は空想が嫌いだというのに。
どうして母が空想を語ると心が晴れやかになるのだろう?
この部屋はこんなに薄暗いというのに。
私が好きなのは母だ。空想ではない。
でも、母は空想を愛した。
空想は母を輝かせてくれた。
もう空想を語る母を見ることは叶わない。
母には私と違う景色が見えていたのだろうか。
物語の先に広がる世界。私にはちっぽけなものにしか思えない世界。
母はそこに何を見たのだろう。
母を輝かせたものが、そこにはあるのだろうか。
繰り返すが私は空想が嫌いだ。
だから、私は嫌いな分だけ感謝しようと思う。母の愛した空想に。
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