第10話 暗黒巫女・アディソン
暗黒
彼女の中位スキルである
おそらく、ほどなくして完全に溶け落ちてしまうだろう。
アディソンが口から吐き出す
「あなたをゲームオーバーに追い込んだ後、ジェネットを手に入れるとしましょうか」
そう言って迫り来るアディソンの攻撃を前に僕は必死に足を動かして距離を取る。
や、やばいぞ。
僕は自分が右腕を失って冷静さを欠いていることを強く感じ、懸命に頭の中で念じた。
タリオ。
来い。
僕の左手に戻ってこい。
タリオはすぐに応じてくれて、僕の左手に収まる。
そして僕は再び左手一本でそれを握り、アディソンの猛攻を何とか受け流して耐え忍ぶ。
両腕がないとまともに受け止めるのもキツい。
アディソンの
「この死に損ない!
その粗暴な口ぶりとは裏腹にアディソンの杖による打撃は振り下ろす、なぎ払う、突き出す、振り上げる等の動作にフェイントを交え、コンビネーションで繰り出す非常に多彩なものだった。
それは
そんな彼女の攻撃から必死に逃れながら、僕の胸に不思議な感情が涌き上がってくる。
キーラにしてもアディソンにしても憎らしくてその振る舞いは決して容認することは出来ないけれど、ゲームの一キャラクターとしては非常に優れていて魅力的な存在なんだ。
ちゃんとゲームの枠内で悪役としてその力を発揮すれば、すごくこのゲームを盛り上げてくれるだろうに。
「もったいない」
思わず口をついて出たのはそんな言葉だった。
そして双子をこんなふうに使う黒幕に対して、理不尽さを感じずにはいられなかった。
「アル様!」
その時、ジェネットの声が地下空洞に響き渡る。
アディソンの攻撃に押し込まれて防御に追われる僕はハッとしてアディソンの口の動きに注意を払う。
ジェネットは僕らの戦いを見守りながらアディソンの不穏な気配を感じ取ったのだろう。
来る。
アディソンの
「はあっ!」
僕は嫌な気配を振り払うように
アディソンは後退しながら
そんな彼女の顔に邪悪な笑みが浮かぶ。
「愚か者」
そこで僕は気が付いたんだ。
アディソンの持つ
僕は驚いて
あのドクロは杖から離れて相手に噛みつき、そのライフを吸い取ることが出来る。
僕は以前にその攻撃を受けた時のことを思い返した。
まさか……もう僕の体に?
僕は慌てて自分の体を確かめる。
でもどこにもドクロは見当たらない。
だけど僕は見落としていたんだ。
タリオの柄に引き戻した二匹の
そ、そうか。
さっき
ドクロは口を開けた。
僕はすぐにタリオから白
だけど途端に白
それは僕に向かって勢いよく吹きつけられ、視界が緑色の霧で閉ざされる。
「うわああああっ!」
僕は左腕で顔をかばうのがやっとだった。
し、しまった。
油断した。
ドクロの口からも
僕は致命的なダメージを覚悟したけれど、それでもゲームオーバーだけは避けようと必死に後退する。
でも……あれ?
そこで僕は奇妙なことに気が付いたんだ。
そして緑一色だった目の前の光景が徐々に明瞭になっていき、僕はそこでようやく状況を理解した。
「ア、IRリングが……」
そう。
僕の眼前に広がっていた緑色の毒霧は、僕の左手首と一体化しているIRリングにどんどん吸い込まれていたんだ。
途端に黄色かったIRリングの色が同じような緑色に変化する。
さっきはアリアナの氷の涙を吸収して青白い色に変化していたけれど、これってまさか……。
僕の予感は的中した。
ほとんど溶け落ちかけていた氷の右腕が消え、代わりに緑の霧に包まれた腕が現れたんだ。
それは明らかにアディソンの
ま、まただ。
またIRリングが力を吸収して僕の腕に変えたんだ。
「なっ……」
驚きの声を上げたのは僕ではなくアディソンだった。
その顔は少なからぬ驚愕と……わずかな恐怖の色を帯びていた。
「あなたは一体……何なのですか」
「僕は……ただの下級兵士だよ。ただ大切な人を守りたいだけだ」
そう言うと僕は再び現れた右手にタリオを握り替える。
するとやはりタリオの刀身は右腕と同じ緑色に変色した。
そして刀身の周りには緑色の霧がまとわりついている。
それが何の効果を表しているのかは明白だ。
僕はタリオを両手で握り締めると、
「くっ!
アディソンはヒステリックな声を上げ、
僕は緑色の刀身を振り上げて彼女の
ガキンと硬質な音が響き、アディソンは僕の攻撃をしっかり受け止めた。
だけど剣と杖がぶつかり合った衝撃で、緑の毒霧に包まれたタリオの刀身から緑色の
すると彼女は苦しげな声を上げた。
「くあっ……」
肌の露出した部分にかかれば痛みを感じ、兵服にかかれば
唯一、緑色に染まった右腕だけは何ともないのが救いだけど……こ、これは使う方も危険な
だけどアディソンが明らかに動揺している今がチャンスだ。
僕は緑の
「こ、このっ! 生意気なっ!」
アディソンは体のそこかしこに緑色の
僕は無我夢中で剣を振りながら、それでも考え続けていた。
このまま押し切ればアディソンに勝てるかもしれないけれど、彼女のライフがゼロになってしまえばゲームオーバーとなり、キーラのように凍り付かせて捕らえることは出来ない。
どうすべきかを考えようとするけれど、アディソンの決死の抵抗を前にそんな余裕はなかった。
僕自身も緑の
戦いは
だけどその時、ジェネットが小走りに地下空洞の中を移動していく姿を僕は視界の端に捉えたんだ。
その行動に僕は何かしらの意図を感じ、ジェネットを目で追うことはせずにアディソンへの攻撃に集中する。
アディソンは腹をくくったのか、緑の
僕はタリオで攻防を繰り広げながら、
凍り付かせて捕らえることが出来ないなら、
アディソンも体力を失っているせいか、先ほどまでのような攻撃の多彩さは失われ、単調で読みやすい攻撃になりつつあった。
よ、弱ってるんだ。
今なら力で押し切って一気に
僕は頭のなかで思い描く青写真を決然と実行しようとした。
だけどその時、アディソンがニヤリと笑ったんだ。
その口が小さく動き、何かを唱えていることに僕はその時になって初めて気付いた。
気付いた時にはもう遅く、僕の足元がグラリと揺れ、地面が
僕の足は足首まで地面にはまり込んでしまい、身動きが取れなくなる。
すると足を取られて体勢を崩す僕の足元から強烈な熱がせり上がってきた。
「
アディソンは邪悪な笑みを浮かべてそう言ったんだ。
それは彼女の下位スキルである暗黒呪術だった。
ま、まずい……。
僕の足元から燃えたぎる溶岩が噴き出そうとしている。
あ、熱い!
足が焼かれる!
そのあまりの高温に直接この身を焼かれれば、間違いなく即死レベルだ。
僕は自分の
アディソンの攻撃が急に雑になったのは、精神を暗黒呪術の生成に傾けていたからだ。
溶岩に飲み込まれていこうとする僕を見るアディソンの顔が、
だけど……僕はその時に聞いたんだ。
僕の勝利を信じてくれる友の声を。
「アル様! 受け取って下さい!」
僕の前方数十メートルのところまで駆け寄っていたジェネットは、叫び声を上げながら何かを僕に向かって投げたんだ。
まっすぐに飛ぶキラキラと輝く小さなそれに僕は左手を伸ばす。
すると青白い小さな玉のようなそれは、僕の左手にあるIRリングに吸い込まれていった。
その途端に僕の体全体に冷たく
その感覚を僕は覚えている。
こ、これは……アリアナの涙?
一瞬で僕の右腕が緑色から青白い氷の腕へと戻った。
そしてそんな右手に握られたタリオが再び青白い刀身に変化する。
僕は何かを考える間もなく、反射的にそのタリオを足元の地面へと突き立てた。
すると激しい水蒸気が上がり、足元が凍結して固まっていく。
地面の底から感じる熱は消え去り、溶岩の噴出は未然に防ぐことが出来た。
そして間髪入れずに僕は
「いけっ!
「なっ……」
僕を焼き殺せると確信して、喜びに浸っていたアディソンの反応が遅れた。
それはほんの
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