第9話 魔獣使い・キーラ

 双子の姉・魔獣使いのキーラが獣属鞭オヌリスを握り締め、僕に突っ込んでくる。

 その顔は獣じみた怒りに彩られ、獲物を狩ろうとする興奮と殺意に満ちていた。

 僕を叩き潰したくて仕方がないんだろう。


 僕は目の前に積み上げた防壁用の永久凍土パーマ・フロストの上に飛び乗った。

 そしてそこから凍結ステルス・ナイフをキーラに向けて投げつける。

 だけどキーラは全力でこちらに向かって駆けながら、地面をジグザグにステップしたり要所で地面に転がったりしてうまくナイフを避ける。


「マヌケ! おまえのナイフ投げはド素人丸出しなんだよ!」


 そう叫ぶとキーラは獣じみたうなり声を上げながら地面を蹴って僕に接近してくる。

 確かに僕は戦い慣れしていない。

 おそらく百戦錬磨のキーラには僕の投げるナイフの射線が予測しやすく避けやすいんだろう。

 でも僕はそんなことお構いなしにナイフを投げ続ける。

 そしていよいよキーラが数メートル先まで迫ってきたその時、バックステップで永久凍土パーマ・フロストの後方に飛び降りようとした。


「うわっ!」


 だけど後方に飛ぼうとした僕は足がもつれ、思わずバランスを崩して慌てる。

 そしてアタフタとタリオを振りながら永久凍土パーマ・フロストの後ろに背中から落ちてしまったんだ。


「うげっ!」

「ハッハァー! ウスノロが!」


 キーラは一気に永久凍土パーマ・フロストに飛び乗って僕を見下ろした。

 その眼光が爛々らんらんと輝きをたたえる。


「死ねっ!」


 永久凍土パーマ・フロストの上でキーラは獣属鞭オヌリスを振り上げる。

 今だ!

 僕は頭の中で念じた。

 すると立ち並ぶ防壁用の永久凍土パーマ・フロスト隙間すきまから、そこに潜ませておいた白へびが現れ、キーラの背後から青白くキラキラと輝く超低温の吐息を吐き出したんだ。

 キーラはそれを浴びて凍り付……ん?

 そう思った僕の視界からキーラの姿が消えていた。

 そして僕の背後からキーラの声が聞こえたんだ。


「馬鹿が。お見通しだ」

「へっ?」


 僕はすぐに背後を振り返ろうとしたけれど、首にむちが巻きついて締め上げられ、動けなくなった。


「うぐっ……くふっ」


 い、息が出来ない。

 そこで僕は悟った。

 キーラは白へびの氷の吐息を浴びる寸前で大きく跳躍して、素早く僕の後ろに回り込んだのだと。

 そして彼女が放った獣属鞭オヌリスは僕の首に絡みついて締め上げる。


「おまえはマヌケ野郎だが、油断のならないこざかしい奴だからな。アタシを罠にハメようとしたんだろうが……」


 そう言いかけたキーラはハッとして頭上を振り仰いだ。

 すると今まさにキーラの頭上から永久凍土パーマ・フロストが彼女を押しつぶさんと落下してきたところだった。


「くうっ!」


 キーラはたまらずに獣属鞭オヌリスを手放して前方に身を投げ出すように飛ぶ。

 巨大な凍土が地響きをたてて地面に落ち、粉塵ふんじんを巻き上げた。

 それはダイブしたキーラのつま先から数センチのところに落ちていた。

 ギリギリのところで難を逃れたキーラは、地面に倒れ込んだまま唖然として僕を見た。


「こ、この野郎。いつの間に……」


 首に巻きついてたむちを解き捨て、僕はキーラに視線を返す。

 さっき僕は永久凍土パーマ・フロストの上からバランスを崩して落ちるフリをし、その時にタリオを上に向けて振るったんだ。

 そして地下空洞の高い天井付近に永久凍土パーマ・フロストを発生させた。

 だけどそれはキーラを押しつぶそうと思ってのことじゃない。

 それは……。


「うぐっ!」


 キーラが苦悶くもんの声を上げた。

 彼女が寸前で避けた永久凍土パーマ・フロストの陰から黒へびが現れ、青白く輝く超低温の吐息を浴びせかけたんだ。

 途端にキーラの体は足先から凍り付いていく。

 そう。

 僕の本当のねらいはこれだった。


 永久凍土パーマ・フロストを発生させるためにタリオを振るう際に僕は黒へびをその凍土の上に潜ませたんだ。

 すべてはキーラの予測を超えてすきを突くための策略だった。

 

「て、てめえ……」


 キーラは声を絞り出すようにそう言い、凍結によって体が動かなくなる中、それでも爆弾鳥クラッシュ・バードを呼び出そうとした。

 だけど僕のそばに近づいてきた白へびがキーラの頭から凍結ブレスを吐きかけ、そのすさまじい冷気によって爆弾鳥クラッシュ・バードは掻き消えてしまった。

 そしてキーラは恨みがましい目を僕に向けたまま、氷の彫像と化して動かなくなった。

 僕は凍りついたキーラの横にしゃがみ込み、そのステータスを確認する。

 状態を表すウインドウには【Freeze】と機能停止が表示されていて、ライフは残り60%の状態だった。


 や、やった!

 ゲームオーバーにさせずにキーラを無力化できたぞ。

 僕はすぐに残ったアディソンのほうに視線を転じる。

 ジェネットが彼女の相手をしてくれているけれど、やはり不調らしく、アディソンに一方的に押されていた。


 見るとジェネットのステータスは攻撃力や防御力などが軒並のきなみ半分以下になっていて、今もなお低下し続けている。

 明らかに不具合が生じているそんな状態で戦ってくれているジェネットに感謝の念を抱きながら、僕は倒れたまま凍り付いているキーラの周囲を永久凍土パーマ・フロストを用いて大急ぎでおおっていく。

 そうしてアディソンにキーラを連れ去られないよう細工すると、すぐにジェネットの救出に向かった。


「ジェネット! 後退して!」


 僕の言葉にジェネットは素直に下がってくれる。

 本調子ではない自分ではアディソンの相手はこれ以上無理だと、ジェネットは分かっているんだ。

 だけどアディソンはジェネットを追撃し離れようとはしない。

 あれだけ接近していると、僕は凍結ステルス・ナイフや永久凍土パーマ・フロストを放つことも出来ない。

 ジェネットに当たってしまうかもしれないからだ。

 それをねらってのアディソンの行動なんだろう。

 僕はすぐにジェネットの元へと駆けつけていった。


「逃しません! ジェネット。憎き神の下僕しもべたるあなただけはこの手の内に捕らえねば……」


 そう言うアディソンの行く手をはばむように、僕はジェネットと入れ替わりにアディソンの前に出た。

 そのすきにジェネットは後方へと下がっていく。

 僕を見るアディソンの顔が憎悪と嫌悪の極みといったように悪感情に染まる。


「軽薄で迂闊うかつなお姉さまはそちらの手に落ちましたか。まったく。あなたはことごとくワタクシ達の邪魔をしてくれますね。本当に腹立たしい。八つ裂きにしてもなお足りないほどに」


 そう言うとアディソンは鬼のような形相ぎょうそうで僕の脳天をかち割ろうと吸血杖ラミアーを大上段から振り下ろす。

 僕はそれをタリオで受け止めた。

 激しい一撃だったけれど、先ほどと違って僕には両腕がある。

 そしてこの距離ならへびたちの吐息で……。

 僕がそう考えた瞬間、アディソンはその口から緑色の毒霧である魔神の吐息サタン・ブレスを噴射した。


「うわっ!」


 僕は慌てて身を屈めたけれど、避け切れずに右腕にそれを浴びてしまう。

 うぐっ!

 氷で出来た右腕にもかかわらず、僕は強い痛みを感じて思わず顔をゆがめる。

 さらに悪いことに氷の右腕は猛毒の霧を浴びて見る見る間に溶け始め、僕はタリオを落としてしまった。


「くっ……」


 すぐさま左手でタリオを拾い上げようとしたけれど、アディソンに素早く腹部を蹴り飛ばされて僕は後方にひっくり返ってしまった。


「ぐふっ……」


 それでも僕は倒れた瞬間に、タリオの柄に巻きついているへびたちに念じてアディソンに攻撃を仕掛けようとしたけれど、それよりも早くアディソンはタリオを遠くに蹴り飛ばしてしまった。

 そして僕を見下ろすとニヤリと口の端を吊り上げる。


「どうやらその忌々いまいましい氷の腕も万能ではないようですね。それにお姉様の言っていた通り、あなたには戦闘の勘が欠けています。それが致命的なのですよ」


 アディソンはその顔に禍々まがまがしい笑みを浮かべ、僕に襲い掛かってきたんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る