第7話 ジェネットからの伝言

 エマさんに指定されたそこは古いけれど清潔そうな好印象の喫茶店で、ずいぶんと繁盛している様子だった。

 それほど広くないオープンテラスはすでに満席で、店内もザッと見渡したところ、ほぼ席が埋まっているみたいだ。

 ここに来るようにって言われたけれど、何か意味があるんだろうか。

 もっとすいている店のほうが落ち着いてSDカードの映像が見られるんだけど……。

 そう思った僕だけど、言われた通りその店の中に入った。

 すぐに愛想のよいウエイトレスさんが対応してくれる。


「いらっしゃいませ。1名様ですね。ご案内しまーす」


 そのウエイトレスさんはこの辺りの出身らしく、砂漠の民特有の褐色かっしょくの肌と薄いブロンドのショートヘアーが特徴的な活発そうな少女だった。

 そのウエイトレスさんはテキパキと僕を案内してくれる。

 満員かと思われたその店の一番奥にポッカリとひとつだけ空いている席に通された僕は、彼女にアイスコーヒーを注文すると店内を見回した。


 店内では各所に設置されている大型モニターにミランダの襲撃中の様子が映し出されていた。

 ミランダは順調にプレイヤーたちを葬り続けている。

 この調子なら心配なさそうだな。

 襲撃イベントは午前9時から正午までの3時間と予定されている。

 ちなみにミランダの襲撃を迎え撃つのは、事前に参加登録した100名のプレイヤーと50名のサポートNPCだった。

 3時間の間にミランダを討ち取ればプレイヤー側の勝利。

 ライフがゼロになった人はその時点で失格となり、全員が失格となった時点でミランダの勝利。

 そして3時間が経過した場合はドローとなる。

 僕もさっき知ったばかりなんだけどね。


 それにしてもいまだにアリアナは姿を見せていなかった。

 ミランダの襲撃が始まってからもう10分以上になるのに、戦いの場にすら現れないなんて。

 彼女は参加登録された50名のサポートNPCの中にその名を連ねているのに、一体どうしたんだろう。


 ミランダとプレイヤー&サポートNPCの戦闘の様子を見ると、積極的にミランダを討ち取ろうとする人もいれば、自分が最後のトドメを刺すため後方で待機して状況を見守る人もいる。

 ミランダを討ち取った人にはボーナスポイントが多く入るけれど、ミランダにたくさんダメージを与えた人にもそれだけ多くのポイントが入り、最終的にポイントの多さを競うことになる。

 だからこの戦いにおける戦闘のスタンスは人それぞれだった。

 もしかしたらアリアナはどこかでこの戦況を見守り、出て行くタイミングを計っているのかもしれない。

 いや、双子がそう指示しているんだろうな。

 

 僕はそのことが気にかかったけれど、そこで別のことに気が付いた。

 先ほどまで感じていた視線はあまり感じなくなったんだ。

 僕が座っている座席が店の外からは見えない奥まった部分にあるからだろうか。

 とにかくSDカードの映像を見るのに監視されていたら困るから、満席なのは都合が良かった。


 そんなことを考えているとウエイトレスさんがアイスコーヒーを持ってきてくれた。

 よく冷やされた銅の器がテーブルに置かれ、僕はそれを一口飲むと、エマさんからもらったSDカードを取り出した。

 店のテーブルには全席、小型モニターが据え付けられていて、僕はテーブルの縁に設置されているスロットにSDカードを差し込んだ。


 カードの中には一本の映像ファイルが収録されている。

 映像が始まるとそれがジェネットの視点で記録されたものだと僕はすぐに気が付いた。

 そこに映っていたのが、砂漠で砂嵐に襲われて傷つき困り果てていた難民たちだったからだ。

 そうか。

 僕と別行動となった後のことをジェネットが記録しておいてくれたんだ。


 あの後すぐにジェネットは、得意の神聖魔法で彼らの傷をいやしてあげたみたいだ。

 その甲斐あって皆、元気になり、彼女に感謝していた。

 そんな難民の中で一人、陰鬱いんうつな表情をした傭兵ようへいの男が、ジェネットに何かを頼み込んでいる。

 どうやら男はジェネットに対して砂漠を渡りきるまで護衛をしてほしいと頼んでいるようだった。

 だけどその行き先は砂漠の西端であり、このジェルスレイムとはまったくの正反対にあたる場所だった。

 ジェネットは砂漠の救援隊が来るまではその場に留まるが、ジェルスレイムに行かなければならないため、それは出来ないと男に告げていた。

 その男はしつこく食い下がって懇願していたんだけど、ジェネットは幾度も頭を下げてそれを断っていたんだ。

 

 それからジェネットは全てのケガ人を神聖魔法で回復し、その頃には多くのラクダを引き連れた砂漠の救援隊が到着し、難民たちの救出にも目処めどが立った。

 ジェネットはようやくひと息つくと、ジェルスレイムに向かおうとしたんだけど、その時に急にジェネット視点の映像が揺れたんだ。

 おそらく彼女が素早く振り返ったんだろう。

 

 すぐに視界に入ってきたのは、先ほどジェネットに何度も護衛を頼んできた傭兵ようへいの男がギラリと光る刃物を手にジェネットに襲いかかる姿だった。

 あ、危ない!

 ジェネットはその男の凶行を確かにその目で捉えていたんだけれど、僕はそこでちょっと違和感を覚えた。

 ジェネットなら瞬時に反応出来るはずなのに、彼女はじっと男の手に握られた刃物を見つめていて反応が遅れた。

 そして男の刃によって彼女は右手の甲を斬られてしまったんだ。


「ああっ!」


 僕は映像を見ながらつい声を上げてしまったけれど、ちょうどその時、店内の大型モニターに映るミランダが地上に降り立ち、激しく攻撃を仕掛け始めたらしく、店内に大きな歓声が上がったおかげで僕の声はかき消された。

 僕は手で口を押さえながら再び映像の中のジェネットに目をやった。

 幸いにして彼女は軽傷だった。


 右手の甲を軽く斬られただけで、ジェネットはすぐその男をその場で叩き伏せたんだ。

 僕はホッと安堵あんどの息をついた。

 それからジェネットは男の身柄を拘束すると神様と連絡を取り合い、砂漠の救援隊に男の身柄を預けて神様の元へ送ることにした。

 そうした一連の流れが記録されていたのは、後で証拠映像として使えると考えたジェネットの機転だろう。

 その後、ジェネットは斬られた自分の右手の甲を見ながら静かに独り言を口にした。


「アル様。この映像を見ているということは、無事にジェルスレイムにたどり着けたようですね」


 ジェ、ジェネットからの僕への言葉だ。

 僕は思わず息を飲み、彼女の言葉の続きを待つ。


「私の考えた通り、これは双子の妨害です。今、私の体内でワクチンによってウイルスが除去されています」


 そう言うジェネットの声は彼女らしく冷静沈着だった。

 あらかじめ予防接種しておいたアビーのワクチンがウイルスの感染を防いでくれたのをすぐに感じ取れたんだろう。


「先ほどの男のナイフに双子のウイルスが含まれていたようです。あの男は双子の放った刺客と見て間違いないですね。ここにいる難民の皆さんは何も事情を知らないようで、男の突然の凶行に驚いて目を白黒させていました。砂嵐を起こしてこちらの隊商の方々が難民化され、私がアル様と別れてこの場に足止めされる。そうした一連の流れすべてが、あの双子の仕組んだことなのでしょう」


 そ、そうなのか。

 確かにそう考えれば、ジェルスレイムまでの苦難の道のりがすべて妨害だったと思えてくる。


「あえてレベルの低い刺客を送ってきたのは、魔物に襲われて困窮こんきゅうしている難民を装い、私の油断を誘うためでしょう。そしてあの男が捕まり、ウイルスの保持者としてこれから取調べを受けることも双子は当然のように想定しているはずです。そうまでしても私にウイルスを感染させる必要があった。その理由が何かを知るために、あえて感染することを私は選びました」


 やっぱりそうだったのか。


「アル様。ジェルスレイムには私の同志が待機してくれています。皆さんアル様を助けてくれるでしょう。彼らの指示に従って行動して下さい。私が向かうまで決して無茶をしては……」


 そう言ったジェネットの言葉がそこで途切れる。

 そしてその視界が激しく揺れ、轟音が鳴り響いた。

 僕は何事かと目を見張った。

 するとジェネットの視界の先に巨大な砂嵐が再び出現したんだ。

 難民たちの悲鳴が上がり、彼らは救援隊とともにラクダで必死に逃げていく。

 ジェネットは難民たちが逃げていくのを確認すると、彼らとは別の方向に駆け出した。


「ジェネット? ど、どうして……」


 僕は思わず拳を握り締めたけれど、すぐに彼女の考えを理解した。

 砂嵐は救援隊と難民たちの方向には向かわず、その反対方向に駆けていくジェネットへと迫ってくる。

 ジェネットは砂嵐が自分を狙ってくると読んだんだ。

 走って逃げても逃げ切れないと悟ったジェネットは法力で浮遊して逃げようとする。

 だけどジェネットが空中に浮かんだ途端、強い気流が発生して、彼女はバランスを崩してしまう。

 砂嵐のスピードにはさらに上がり、ジェネットの視界がぐるぐると回り出す。


 ジェ、ジェネットが砂嵐に巻き込まれる!

 僕は思わず肩を震わせた。

 だけどジェネットは映像の中で気丈に言ったんだ。


「アル様。私は大丈夫。必ずアル様の元に駆けつけます。だから絶対に焦って先走った行動をしてはいけませんよ。私がアル様を信じたように、アル様も私を信じて下さい。約束ですよ」


 ジェネットは砂嵐に巻き込まれながらも優しい口調でそう告げた。

 そして彼女の視界は吹き付ける無数の砂粒に覆われ、そこで映像は終わった。


「ジェネット……」


 握り締めた拳にじっとりと汗がにじむ中、僕は静かに呼吸を繰り返し、自分自身を落ち着かせた。

 大切な友達の危機に不安で胸が押しつぶされそうだったけれど、ジェネットは僕に言ったんだ。

 自分を信じてほしいと。

 大丈夫。

 僕の知るジェネットは不撓不屈ふとうふくつで、どんな向かい風にも立ち向かっていく負けん気の強い女性だ。

 だから僕も彼女を信じて待つことにするよ。

 僕はスロットからSDカードを取り出して、それを大事にアイテム・ストックにしまい込んだ。

 押さえつけた不安を胸の奥にしまい込むように。

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