第12話 神の声

「アリアナ……この場所に来てたんだ」


 モニター上に映る通過者名簿の中に確かにアリアナの名前はあった。

 モニターはタッチパネルになっていて、各通過者の名前に触れると、ここでのその人物の詳細なプレイ履歴を見ることが出来ると説明書きがなされていた。

 僕はモニターを操作し、アリアナの項目にカーソルを合わせて詳細を確認する。

 そこにはまだプレイヤーだった頃のアリアナのプレイ履歴が克明に記されていたんだ。


 そこに残された記録によればアリアナがこの聖岩山せいがんざんのミッションに挑戦したのはほんの一ヶ月ほど前のことだった。

 アリアナはこの時のミッションクリアーによってランクCからBへと昇格したらしい。

 残されていた映像記録によれば、プレイヤーだった彼女は部族に襲われて泣きべそをかきながら必死に登り続け、誰一人傷つけることなく部族の縄張りを抜け出すことに成功したみたいだ。

 決してスマートじゃないそのクリアーっぷりがアリアナっぽくて僕はつい笑ってしまった。


 だけどそこに映っていたアリアナは生き生きとしていた。

 泣きじゃくりながら部族に追われ、無事にミッションをクリアーした時にはホッと安堵あんどの表情を浮かべて笑うその様子は、アリアナというプレイヤーが確かにそこにいたことを物語っていた。

 僕はその映像からしばらくの間、目が離せなかった。

 

 やがて僕はメイン・システムを操作して、このゲーム内のニュースサイトを覗いてみた。

 そして最近、ちまたにぎわせている双子のクラスタの関連ニュースを見てみる。

 アリアナの現在の様子が気になったからだ。

 するとトップニュースに双子のクラスタの宣伝をするアリアナの姿があった。


「なっ……何だこれ?」


 僕はそこに映るアリアナの様子に唖然としてしまった。

 彼女はかなり際どいデザインのビキニの水着を着て、クラスタ主催のNPC化の申し込み要項を説明している。

 な……なぜ水着を着る必要があるのか。

 む、胸とかお尻とか、あちこちかなり見えそうで……も、もう何というか扇情的せんじょうてきすぎて見ていられない。

 アリアナ、こんなことさせられて大丈夫なの?

 頬を赤らめるアリアナの表情は嫌がってるふうではなく笑顔だった。

 だけど僕はそんな彼女の表情に不自然さを覚えたんだ。

 

 ……アリアナはあんな表情しない。

 そして彼女の目から光が失われているような気がした。

 まるでそれはアリアナの姿をした人形のようだった。

 僕はそんな彼女の様子を見るうちに悔しくてくちびるを噛み締めていた。

 

 さっきのミッションクリアー映像に残されていたアリアナの笑顔は本物だった。

 それなのに、こんなの……こんなのって。

 僕が肩を震わせていると、ふいに僕のメイン・システムにある人からの連絡が入る。

 僕はその連絡主の名前を見て思わずつぶやきを漏らした。


「あ、神様……」

【苦労しているようだな】


 それは久しぶりの連絡だった。

 そういえば神様とはしばらく連絡を取っていなかったな。


「神様。ご無沙汰ぶさたしてます」

【久しいな。アルフレッド・シュバルトシュタイン。といってもおまえの動向は常にチェックしていたからそれほど久しぶりな感じはしないがな】


 あ、シュバルトシュタインってのは僕の苗字ね。

 オイ誰だ?

 厨2くさい痛ネームとか言ってる奴は。


【ジェネットからの報告も受けている。おまえの近況は大体把握しているから、いきなり本題に入らせてもらうぞ】

「さすが神様ですね」

【魔道拳士アリアナの水着姿を食い入るように見つめていたな。男のさがというやつか】


 そんな近況は把握せんでいい!


「い、いや。そんな変な目では見てませんから!」

【へぇ。そう。ふーん】

 

 信じてないだろ!

 ほ、本当だぞ!


【そんなことよりこれを見ろ】

「な、何ですか?」


 神様が提示してきたのは何かの書面の画像だった。

 書面は二枚あって、僕はその内容に思わず目を凝らす。


「これは……?」

【アリアナがNPC化する際に運営本部との間に結ばれた契約書だ。私が各種ルートに働きかけて入手した】


 僕はその書面の内容にザッと目を通した。

 そこにはアリアナが運営本部に提出したNPC化の契約内容が詳しく記されている。

 二枚の書面を見比べてみたけれど、どうやら同じ書類のようだった。

 片方が原紙でもう一方が控えかな?


【率直に言って、この契約書には不審な点がある。気が付かないか?】

「不審な点? ザッと見ただけじゃ……あれ?」

 

 まったく同じことが書かれていると思った二枚の書類だったけど、一箇所だけまるで異なる箇所があることに僕は気が付いた。


「……転身するNPCの種類が違う」


 二枚の契約書のうち一方はライバルNPCへの転身を申し込んでいるのに対し、もう一方の書面ではサポートNPCへの転身を申し込んでいる。

 これって……。


【内容が一部異なる二枚の契約書。書面を改ざんするときの常套じょうとう手段だ。おそらくアリアナが書いて申し込んだのがこちらのライバルNPCの書面。だけど実際に運営本部に提出されたのはこちらのサポートNPCの書面なんだろう。すり替えられたんだろうさ。姑息な手だ】


 そ、そんな。

 じゃあアリアナはライバルNPCになることを申し込んだのに、知らないうちにサポートNPCにされちゃったってこと?

 紛れもなく不正行為じゃないか。

 そんなことって許されるのか?

 

「その契約書を不正にすり替えたのって……」

【決まってるだろう。例の双子だ。要するに魔道拳士アリアナは不正に結ばれた契約によって双子のクラスタに従属させられている恐れがある】

「そ、それってゲーム倫理に反する重大な違反ですよね。神様の力でそれを告発することは出来ないんですか?」

【現時点でそれをしても無駄だ】


 神様は冷然とそう言った。

 僕は納得できずに声を上げる。


「ど、どうして?」

【改ざんされた契約書であると証明することは出来ても、それを改ざんしたのが双子であるという証拠がない】

「で、でも明らかにあの双子が怪しいじゃないですか! 誰がどう見ても……」

【それでは甘いのだ。アルフレッド。あの双子を操っている男、運営本部の中でも今一番勢いがある男でな。NPC化システムの生みの親としてここのところ発言力を増している】


 神様の話によれば双子を操るその運営本部の幹部の人はNPC化システムの提唱者にして開発を一手に担ってきた人物らしい。

 そしてNPC化システムが軌道に乗り始めてから、ゲームの登録者数が増えていて、このゲームの運営会社の収益も上がっているとのことだった。

 だから今、その幹部の人の立場はかなり強いようだ。


「でも神様はこのゲームの顧問役ですよね。その人に働きかけて不正をやめるよう説得することは出来ないんでしょうか」

【それがその男。私とはソリの合わない男でな。まあ平たく言えば向こうが私を嫌っている。現在、謹慎中の上級兵士・リードを覚えているだろう?】

「え、ええ。もちろん」


 リードというのは僕の同僚の兵士なんだけど、下級兵士の僕と違ってエリートなんだ。

 なおイケメン(怒)。

 前回、リードは運営本部に操られてミランダをこのゲームから消し去ろうとしたんだけど、僕らの必死の抵抗で失脚した。

 今は王国の牢獄で謹慎中の身だ。


【そのリードを操ってこのミランダを排除しようした運営本部の元重鎮は、騒動の責を負って運営会社から去った。今回、双子を操っているのはその重鎮の側近としてかわいがられていた男でな。敬愛する上司を追放に追い込んだ私をそれはそれは憎んでいる】

「そ、そんな。逆恨みじゃないですか」

【そうだ。だが理由はどうあれ、私の話を聞くような男ではないんだ。恐らく運営本部を掌握してこのゲームの実権を握り、私を追放する絵図を頭の中で描いているはずだ。奴を追い込むのは決定的な証拠をそろえてからでないと不発に終わるぞ】


 それこそ天上の神々のせめぎ合いのようで、僕にはよく分からないパワーゲームの中に身を置く神様も難しい立場なのかもしれない。

 いくら神様でも鶴の一声で事態を解決に向かわせることは出来ないということが分かり、僕は悄然とたずねた。


「神様。僕はどうすればアリアナを元の彼女に戻すことが出来るでしょうか」

【魔女を救うと言ったり魔道拳士を救うと言ったり、おまえも忙しい男だな】

「うっ。それは……」


 確かにそうだ。

 僕はまず目の前の目的を果たさなければならない。

 ミランダを元に戻すという目的を。

 アリアナのことが気になってしまい、ついいてもたってもいられなくなってしまったけれど、神様の言葉に冷や水をあびせられて僕は自省の念に駆られた。

 すぐあせって行動を起こそうと思い悩むのは僕の悪いくせだ。

 だけどそんな僕に神様はそれ以上の小言を言うことはなかった。


【まあ魔女を救うついでに魔道拳士を救うのもいいか。どうせやることは同じだからな】

「えっ? ど、どういうことですか?」

【ミランダが被害を受けたウイルス・プログラムの件はすでにジェネットから報告を受けている。今日アビーが割り出したそのウイルスをこちらでも分析し、そしてアリアナの慰留物から採取したサンプルを使って比較分析にかけた】


 スラスラと並べたてられる神様の説明に僕は驚いて声を上げた。


「アリアナの慰留物?」

【砂漠都市ジェルスレイムで起きたミランダとアリアナの戦いの現場から、アリアナの慰留物たる永久凍土を採取した】


 そ、そうか。

 アリアナの永久凍土パーマ・フロストはフィールド変化の魔法だから、戦いが終わった後もその場に残り続けるんだ。

 でも、神様がそんなサンプルを採取する理由って……。


【この2つのサンプルを比較分析して得た結論は、ミランダもアリアナもまったく同じウイルスに感染しているということだ。感染源は言うまでもないな】

「双子だ……。やっぱりアリアナの態度や行動がおかしかったのは双子のウイルスに感染していたせいだったのか」

【アリアナの場合、ミランダに比べて抵抗力が低かった。その分、動作停止にはならなかったが、その人格プログラムが破綻しつつあるのかもしれない。要するにアリアナのほうが症状が進行して深刻な状態にあるということだ】


 神様の言葉が僕の心に重くのしかかる。

 先ほど見た水着姿のアリアナはその表情や仕草といい、まったく彼女らしくなかった。

 このままだと僕と友達になったあのアリアナはいなくなってしまうのかな。

 僕はあせる気持ちを抑えながら神様に続きを促した。


「神様。どうせやることは同じ、というのは……」

【アビーが作るワクチン・プログラムがミランダに有効ならば、同様にアリアナにも効き目があるはずだ】


 そうか。

 ミランダを治すためのワクチンが完成すれば、それがアリアナに対しても有効なんだ。


【私としては契約書の改ざんを行った者を断罪しなければならない。おまえはアリアナを助けたい。おや? 目的が一致したな】

「……はいはい。もう小芝居はいいですよ。要するに僕がやるべきことをやれば、神様にも都合がいいわけですよね」

【チッ。ノリの悪い奴め。契約書のすり替えの件についてはこちらに任せてくれ。おまえはとにかく当面の目的に邁進まいしんすればいい】


 当面の目的。

 まずはミランダを元の彼女に戻してジェルスレイムに向かい、そこで待っているであろうアリアナにワクチンを投与して正常化する。

 あらためて目的がハッキリしたことで僕は気合いが入ってきた。

 

 僕はミランダやジェネットのおかげでNPCとして生きることの喜びを知ることが出来た。

 それを今度はアリアナに教えてあげたい。

 NPCとして生きる楽しさを知ってもらいたいんだ。

 そのために僕が役に立つことが出来るなら、それって最高じゃないか。

 そのためならどんなに苦しいことでも耐え抜いてやる。

 それから僕は神様と今後の方針について打ち合わせをし、再び山頂に向けて歩き出したんだ。

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