第2話 犬ガール

「アル様。私が不在にしていた間に一体何があったのですか? 私、何も知らなくて」


 宿直室の椅子いすに腰を落ち着かせるとジェネットは開口一番そう言った。

 オフ会とメンテナンスによってこの2日間の状況をジェネットはまったく知らなかったんだから当然だよね。

 僕はジェネットが出かけた後のいきさつを話して聞かせた。

 

「……というわけなんだ」

 

 僕の話を静かに聞いていたジェネットは鷹揚おうよううなづいた。

 

「なるほど。ずいぶんと色々あったようですね。アル様もご苦労されたみたいで」

「いや。僕はそうでもないんだけどね。双子と戦ったりアリアナに負けてしまったり、とにかくミランダが大変だったんだ」


 そう言いながら僕は二度に渡るミランダの奮闘を思い返した。

 アリアナには敗れてしまったミランダだけど、その前のこの洞窟どうくつでの戦いでは1人で双子を圧倒した。

 そこで僕はあることを思い出した。

 そういえば双子が敗北した後、不自然な現象が起きたんだった。

 通常、ゲームオーバーになったキャラクターは光の粒子に包まれて消えていく。

 だけどあの時、双子は奇妙なノイズに包まれて不自然な形で消えてしまった。


 そこで僕は何かが頭の片隅に引っかかっているような気がして少し考え込んだ。

 そしてその正体に気が付いたんだ。

 砂漠都市ジェルスレイムでのアリアナとの戦いの中で、同じ現象がミランダの体にも生じていた。

 そのせいかどうかは分からないけれど、ミランダは戦闘中に不自然に動きが止まってしまい、そのまま負けてしまった。

 あれは一体……。

 そんなことを考えているとジェネットがあることを申し出てきた。


「ミランダの戦闘記録を見せてもらえますか? ミランダとアリアナの戦いは中継で一度見ましたが、もう一度じっくり見ておきたいのです」

「え? ああ、うん。ちょっと待って」


 ジェネットの求めに応じて僕は自分のメイン・システムを操作し、ミランダの戦闘記録を呼び出した。

 そこには対双子戦と対アリアナ戦、2つの戦闘が映像記録として残されている。

 僕はジェネットと一緒にその2つの戦いを見つめた。

 ジェネットは一言も発さず食い入るようにその映像に見入っていたけれど、それを見終わるとすぐに僕に言った。


「ミランダに敗れた双子のゲームオーバー処理に明らかなエラーが発生していますね」

「や、やっぱりエラーだよね?」

「ええ。そしてほんの一瞬ですが、ミランダとアリアナの戦いにおいても同様のエラーが発生していますね」


 やっぱりジェネットはそこを見逃さなかった。

 

「そうなんだ。ミランダにも同じことが……」

「いえ、ミランダだけではありません。あの魔道拳士アリアナにも同じエラーが生じています」

「えっ? アリアナにも?」


 思いもよらないジェネットの言葉に僕は目を見開いた。

 そんな僕にジェネットは動画を操作してその場面を見せてくれる。

 

「ここです。アリアナにも同様の現象が生じ、その動きが一瞬止まっています」


 ジェネットが示したその場面は、アリアナがミランダの亡者の手カンダタによって動きを止められたところだった。

 スローモーション映像の中で、アリアナは亡者の手カンダタの発動に気が付いて飛び退ろうとしたんだけど、そこでアリアナの体にミランダと同様のノイズが生じていた。

 そのためにアリアナの動きは一瞬停止し、亡者の手カンダタに捕らえられてしまう。

 アリアナがそんな動きをしようとしていたことに僕はまるで気が付かなかった。

 なぜならそれはミランダに起きた現象とは違って、本当にコンマ何秒の世界の動きで、スローモーションでなければとても確認できないほど刹那せつなのことだった。

 こんなことが起きていたのか。

 

「アリアナまで……もしかしたらゲームシステムが不安定になっているのかな」


 僕がそうたずねるとジェネットは少し考え込むように視線を落とした。


「……現時点では何とも言えませんが、私は異物感というか、何者かの介入を感じます。ミランダが敗北する直前、あのタイミングでノイズが生じるということが、まるでミランダを確実に負かそうとする何者かの意思であるかのように思えてならないのです」

「何者かの意思?」

「ええ。あの時、ミランダを負かして利を得るのは双子ですね。アリアナという看板娘の活躍によって自分たちのクラスタを宣伝できるわけですから」


 そう言うジェネットに僕はあの双子の狡猾こうかつな振る舞いを思い返しながらたずねた。

 

「あの双子が何かしてるってこと?」

「あの双子……というよりその背後にいる人物かもしれません」


 そう言うとジェネットは自身のメインシステムを起動して、ある人物にコンタクトを取った。

 彼女が連絡を取る先はおおむね決まっている。


「神様に連絡?」


 そうたずねる僕にジェネットは穏やかに微笑んでうなづいた。

 神様というのはかつてこのゲームを立ち上げたメンバーの一人で、ライバルNPCのジェネットを生み出した創造主のことだった。

 神様はしばらくの間、このゲームの運営からは離れていたんだけど、前回のミランダ暴走事件があって運営陣のメンバーが一部刷新されると、このゲームの顧問役として返り咲いたんだ。

 ジェネットはこのゲーム内でその神様の特命を受けて行動している特殊な役回りを持ったNPCだった。

 神様への連絡を済ませたジェネットは顔を上げると僕を見て決然と言ったんだ。


「この件、私も参加させていただきます。明らかにこれは【神の事案】ですから」

「【神の事案】? ああ。神様が携わるべき案件ってことだね」

「ええ。あの双子は何か妙です。我が主にお願いして彼女たちの素性を調べてもらうことにしました。アル様。今回もご一緒させていただきますよ」


 僕はジェネットが手伝ってくれることにこの上ない安心感を覚え、感謝の念で頭を下げた。


「ジェネット……また力を借りることになっちゃうね。どうもありがとう」

「そんなこと、お気になさらないで下さい。水くさい。アル様が困っているご友人を見逃せないように私もアル様を放ってはおけないのですよ」

「ジェネット……」


 僕がちょっと感動して喜びを噛み締めていると、ジェネットは少しくちびるとがらせて言う。


「時にアル様。あ、あの魔道拳士アリアナという女性ですが……ただのご友人ですね?」

「え? うん。そうだけど?」

「ただの! ご友人ですね?」

「う、うん。何で2回聞くの?」

「い、いえ。何でもありません。ウフフ」


 ジェネットはかわいらしく手を口に当てて笑う。

 何だろう?

 僕が首を傾げているとちょうどその時、宿直室の外からのんびりとした声が聞こえてきたんだ。


「おやおや~? 魔女さん、お困りのご様子ですね~」


 その声に僕はジェネットと顔を見合わせた。

 ジェネットが苦笑まじりにうなづくのを見ると僕は席を立って宿直室の外に出た。

 外に出ると、やみの玉座の前に見たことのない少女が立っている。


「あれが専門家の人かな?」

「ええ。彼女ですよ。行ってみましょう」


 後ろから歩いてきたジェネットに促され、僕たちはやみ祭壇さいだんへと向かう。

 やみの玉座の前では少女が僕らの姿に気が付いて手を振ってくれた。

 僕よりも頭ひとつぶんくらい小さなその女の子は、クリーム色の頭髪の間から生えた犬のような耳と、腰の下辺りから垂れるミルクティーのような柔らかい色のフワフワとした尻尾を持っていた。

 ひと目で分かるけど、彼女は獣人と呼ばれる種族で、見た目からしておそらく犬族だろう。

 その首には綺麗きれいなエメラルド色の首輪をはめている。

 オレンジ色のシャツの上に動きやすそうな茶色のレザーアーマーを身に着けた彼女は、僕を見上げると軽く会釈えしゃくをして見せた。


「アビーと申します~。はじめまして、ですね~。アルフレッド様~」

「こ、こんにちは。あれ、僕の名前……」

「シスター・ジェネットからいつも聞いているのです~」


 な、何だかゆるやかでのんびりとした印象の女の子だな。

 僕は後ろからついて来たジェネットを振り返った。


「先ほど申し上げた通り、私の仲間です。アビー。よく来てくれましたね」

「シスターのお呼びとあれば、いつでもどこへでも、です~」


 ジェネットは僕を振り返ると柔和な笑みを浮かべて言った。


「アビーはトラブルシューターなんです」

「トラブルシューターって確か、このゲーム内の不具合を修復する役割のNPCのことだよね?」

「ええ。この子の能力があれば、きっとミランダを窮地から救い出せるはずです」


 トラブルシューター。

 そういう保全役のNPCがいるということは聞いたことがあるけれど、実際に見るのは初めてだった。

 でもジェネットのお墨付きなら大丈夫だね。

 笑顔でそう言うジェネットに僕は安堵あんどしてアビーを見下ろした。

 

「よろしくアビー。僕はアルフレッド」

「事前情報通り、地味なお顔ですがお優しそうなお方ですね~。シスターがすっかりゾッコ……アイタッ!」


 何かを言いかけたアビーの後頭部をジェネットが平手でスパンッと叩いて黙らせた。

 アビーは後頭部を手で抱えたまま、しゃがみ込んでプルプルと震えている。


 え、ええっ?

 ジェネットそんなキャラだっけ?

 懺悔主党ザンゲストの中ではこんなやり取りがあるんだろうか。

 僕が驚いているのを見たジェネットは慌てて取りつくろうように笑みを浮かべて言ったんだ。


「コ、コホン。とにかく、さっそく作業に取り掛かっていただきましょうか」

「うん。アビー。ミランダのこと、お願いします」


 僕の頼みをアビーは朗らかな笑みを浮かべて快諾かいだくしてくれた。


「おまかせ下さい~」

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