第三章 『光の聖女ジェネット』

第1話 聖女の帰還

「アル様。ただいま戻りました」


 聖女ジェネットがやみ洞窟どうくつに帰ってきた。

 動作停止中のミランダを連行しようとする役人たちと僕がもみ合う混乱の中、舞い戻ったジェネットのその姿に、僕だけじゃなく役人や兵士たちもつかの間、動きを止めて見入っていた。

 ジェネットの清らかなその姿は、さながら騒乱を収めるべく地上に舞い降りた女神のようだった。


「ジェネット!」


 思わずそう叫び声を上げる僕に笑顔を向け、ジェネットはつかつかと歩み寄ってくる。

 そして役人の目の前に立つと静かに問いかけた。


「お役人様。運営本部のお達しは明日の刻限までにミランダが砂漠都市ジェルスレイムでの務めを果たすこと。そうおっしゃいましたね?」

「う、うむ。それはそうだが……」


 ジェネットの毅然きぜんとした物言いとまっすぐに相手の目の奥を見つめる眼差まなざしに圧倒されたのか、役人はわずかにひるんで口ごもる。

 ジェネットはあくまでも落ち着いた口調でさらに話を続けた。


「であれば、期限までお待ちいただくのが筋かと。いかがでしょうか」


 そう言うジェネットに役人は戸惑いの表情を浮かべて言葉を返す。


「し、しかしミランダはこの状態だ。明日まで待つことに意味があるとは思えんがね」

「刻限を待つこと自体に意味があるのでは? そうすれば運営本部は大義をもってミランダを処分できますでしょう? 今、強引にミランダを連れて行くよりも遥かにあなた方に利があると思いますよ」


 ジェネットがそうたたみかけると、役人はいよいよ反論の言葉を見つけられずに悔しげにうなった。


「うぬぅ……。よかろう。そこまで言うのであれば明日まで待つとしようか。さしたる意味を持つとは思えんが、我らの大義のためだ。ただし刻限を1分1秒でも遅れるようなことがあれば、その時はミランダを容赦なく処分する。ゆめゆめ忘れぬよう。いいな!」


 苦々しげな表情でそう告げる役人にジェネットは穏やかな笑顔のまま一礼した。

 役人はもう1人の同僚と2人の兵士に目配せをするときびすを返した。

 僕を押さえつけていた兵士も忌々いまいましいといった顔で僕を放り出すと、役人の後について立ち去って行った。

 こうして当面の危機は去った。


「……ふぅ」


 僕は息をついて身を起こすと、ジェネットに目を向けた。


「ありがとうジェネット。おかげで助かったよ」

「どういたしまして。おケガはないですか?」


 そう言うとジェネットは座り込んでいる僕に手を差し伸べてくれた。

 僕は彼女の手を取り、立ち上がった。


「うん。大丈夫。用事はもう済んだの?」

「ええ。すみません。留守にしてしまいまして。おかげさまで懺悔主党ザンゲストのオフ会も楽しめましたし、私のメンテナンスも滞りなく完了いたしました」


 そう言うとジェネットは背後を振り返り、玉座に座ったまま動かないミランダを見つめながら言った。


「どうやら砂漠都市でひと悶着あったようですね。アル様から送られた緊急事態発生のメッセージを見て知りました」

「うん。そうなんだ。心配かけてごめんね」


 僕がそう言ってうなだれると、ジェネットはなぐさめるように僕の肩をポンポンと叩いてくれた。


「いいえ。こちらこそ大事な時に不在にしてすみませんでした。アル様からいただいた砂漠都市への出発前のメッセージと緊急事態のメッセージ。どちらも先ほどメンテナンスを終えた時に拝見いたしまして。すぐにミランダの戦闘も中継で観戦しました」

「ちゅ、中継? あれってジェルスレイム以外でも流れてたのか」


 驚いてそう言う僕にジェネットはうなづいた。


「はい。どうやらあらかじめゲーム内の全世界ネットで流す手筈てはずだったようですよ。あまりにも手際が良く、演出も見事なものでしたから」


 確かにミランダとアリアナの戦闘を映したあの中継はカメラワークも見栄え良く、エンターテインメントとして素晴らしい出来映できばえだった。

 とても急造で用意したものとは考えにくく、双子が全てを計画済みだったことが窺える。

 僕が映像を見ながら閉口していると、ジェネットがやみの玉座に座したまま動かずにいるミランダを見ながらたずねてきた。


「ミランダに一体何が起きたのですか?」

「分からない。あの戦いに負けてここに戻ってきた途端、ミランダが動かなくなっちゃったんだ」


 僕はそう言うとやみの玉座の前からどいて、ミランダの様子をジェネットに見せた。


「再配置されたばかりだと思うんだけど、この通り、声をかけても反応してくれなくて。彼女のメイン・システムにもアクセス出来ないんだよ」


 僕がそう言うとジェネットはやみの玉座に近付いてきてそこに座るミランダの様子をマジマジと見つめた。

 ジェネットはやみの玉座の前にしゃがみ込むと、座したまま動かないミランダのほほにそっと触れた。

 そして自らのメイン・システムを起動し、さっき僕がやったようにミランダのメイン・システムにアクセスを試みる。


「確かにアクセス出来ませんね。では……」


 そう言うとジェネットはさらにコマンドを入力し、運営本部の管理者のみが扱うことの出来る管理者ページを自分のメイン・システムで起動した。

 これは神様の直属の部下たるジェネットならではの権限だ。


「現在のミランダの起動状況を確認します」


 そう言うとジェネットは再度ミランダへのアクセスを敢行した。


「それでミランダにアクセス出来るの?」

「彼女に働きかけることが出来るわけではありませんが、こうして現状を知ることは可能です」


 そう言うジェネットのシステム・ウインドウにミランダの状態を表す数々のログが羅列されていく。

 ほう。

 なるほど……まったく分からない。

 そんな僕をよそにジェネットはウンウンとうなづきながら思い至ったことを口にした。


「なるほど。動作が停止しているのではなく、ビジー状態のようですね。ミランダの体内で何らかのシステムが今も稼働中なのですが、どうやら処理が追いつかないようです」

「じゃ、じゃあその処理が終わればミランダは元に戻るのかな」


 思わずそうたずねる僕にジェネットは静かに首を振る。


「残念ながら私も専門外なので、それ以上のことは分かりません。ですがこうしたことに専門的な知識を持つ人材を知っていますので、その専門家を呼びましょう」

「専門家?」

「ええ。今回のようなトラブルの解決を専門にした少女がいるんです。懺悔主党ザンゲストには様々な人材がそろっているので、きっとお役に立てると思いますよ」


 どうやら彼女のクラスタから人を派遣してくれるみたいだ。

 ジェネットはすぐにその専門家の人に連絡をつけてくれた。

 よかった。

 僕ひとりじゃどうにもならない状況だったけど、ジェネットが来てくれたおかげで光明が見えてきたぞ。

 安堵あんどの息をつく僕を見て笑顔を浮かべながらジェネットは言った。


「彼女は30分ほどでこちらに到着できるようなので、それまで待ちましょう。その間に色々とお聞きしたいこともありますし」

「そうだね。僕もジェネットに話さないとならないことが色々あるから。とりあえず中に入ろうか」


 そう言ってうなづき合い、それから僕らは宿直室で色々なことを話し合うことにしたんだ。

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