第13話 決着! 地底湖の激闘

 地底湖の湖面に作られた永久凍土パーマ・フロストの道をアリアナが駆け抜けていく。

 彼女は残った最後の魔力を振り絞ると左右の拳を凍結させ、ミランダに向かって突進していく。

 そんなアリアナに向けてミランダは闇閃光ヘル・レイザーを発射した。

 だけど……アリアナが信じられないような超反応を見せたんだ。


 ミランダが闇閃光ヘル・レイザーを撃つのとほぼ同時にアリアナは凍結した左右の拳を胸の前で組み合わせて勢いよく前方へと突き出した。

 すると真正面からアリアナに直撃するかと思われた闇閃光ヘル・レイザーが彼女の拳によって弾き返されたんだ!

 そして信じられないことに、跳ね返された闇閃光ヘル・レイザーは術者であるミランダの元へ一直線に戻っていき、彼女の左の太ももを貫通した。


『ぅくあっ!』


 ああっ!

 まずいぞ!

 ミランダは苦痛の声を漏らして一瞬その場に座り込みそうになる。

 だけど彼女は黒鎖杖バーゲストで体を支えて踏みとどまった。

 そして右手を前方に突き出すと憤慨して声を荒げる。


『やってくれたわね。後悔させてやる!』


 今のダメージでミランダのライフはゲージの半分を切り、緊急モードが発動する。

 彼女のステータスウインドウに【解禁】の2文字が踊る。

 そう。

 それはミランダの特殊スキルである『死神の接吻デモンズ・キッス』が使用可能になったことを示していた。

 死神の接吻デモンズ・キッス

 彼女の必殺技で相手を約33%の確率で即死させる恐ろしい魔法だ。

 ミランダは右手に集中させた魔力を一気に放出する。


『命奪いし死に神の鎌を味わいなさい。死神の接吻デモンズ・キッス!』


 途端に彼女の手から黒い霧が放出され、それが瞬時にドクロをかたどった。

 そして不可避の空間の揺らぎとなってアリアナを飲み込もうとした。

 だけどアリアナはまるで恐れることなく駆け抜け、速度を緩めずにこのドクロへと突っ込んでいったんだ。

 黒霧のドクロはアリアナを飲み込むと、その命を食らいつくそうとするかのようにあごを動かして咀嚼そしゃくする。

 そしてドクロが後方に通過していき、中からアリアナが姿を現した。


 僕は息を飲んで決着の瞬間を見守った。

 生か死か。

 そのどちらかの審判がアリアナに下される。

 結果は……。


 次の瞬間……アリアナの腕がピクリと動き、彼女は確かな足取りで凍土の道を踏みしめた。 

 し、失敗だ!

 死神の接吻デモンズ・キッスは失敗に終わったんだ。

 それを見たミランダは舌打ちをして黒鎖杖バーゲストを構える。


『チッ! 運の強い女ね! けど安心するのはまだ早いわよ』


 そう言うとミランダが魔力を込めた黒鎖杖バーゲストの4本の鎖が長く伸びてアリアナの体に鋭く巻き付いた。

 あの鎖はミランダの魔力に応じて伸縮自在なんだ。

 一度絡みついたら簡単には相手を放さない。

 ミランダはそのまま黒鎖杖バーゲストを振るってアリアナを振り回そうとしたんだけど、アリアナの両腕両足に巻きついていた漆黒の鎖が瞬時にして凍りついてしまい、砕け散った。


『なっ……』


 予期せぬ出来事を目の当たりにしてミランダは驚きに両目を見開く。

 そんなミランダの目の前に立つアリアナの全身が不思議な青い光を放っていた。

 何だあれは?

 何が起きようとしてるんだ?

 僕は食い入るようにアリアナの姿を見つめた。

 するとアリアナのステータスウインドウに【解禁】という文字が表れたんだ。

 それを見た僕は思わず乾いた声を漏らした。

 

「あ、あれはアリアナの……特殊スキル?」


 そう。

 それはミランダが死神の接吻デモンズ・キッスを発動する時と同様の表示だった。

 特殊スキルを発動できる条件が満たされたということだ。

 特殊スキルは下位、中位、上位の次にくる第4のスキルで、特定条件においてのみ発動される。

 アリアナは今まさに第4のスキルとなる特殊スキルを発動したんだ。

 そして特殊スキルはAランクのキャラクターにのみ許された必殺技だった。

 以前にアリアナと一緒にミッションに出かけたときは、まだBランクだった彼女に特殊スキルはなかった。

 Aクラスになった彼女が新たに実装したものなんだろう。


『一回の戦闘で魔力が尽きるとき。私に新たな力が与えられる』


 そう言うアリアナの言葉にミランダはくちびるを噛んだ。


『くっ! それがあんたの発動条件ってわけね。どうりで気前良く魔力を消費してたわけだ』


 ミランダはすぐさま闇閃光ヘル・レイザーを放つけど、アリアナの体を包み込む不思議な青い光がそれを屈折してらしてしまった。


『チッ! 防御系のスキルってわけ?』


 ミランダは悔しげにそう吐き捨てると、黒鎖杖バーゲストによる打撃に切り替えてアリアナに向かっていく。

 アリアナの体からは真っ白い冷気が噴出し、それによって地底湖の水があっという間に凍りついてしまった。

 急激な低温化だ。

 さらに激しい風が地底湖の中を吹き荒れるようになったみたいで、ミランダは突風に飛ばされないよう姿勢を低くするのに精一杯で一歩も前に進めなくなってしまった。

 するとそれを見たアリアナが腰を落として両腕を左右に伸ばす。


 何だ?

 あの構えは。

 僕が見つめるモニターの中、アリアナの体に宿る青い光が強く輝きを増していく。

 ち、違うぞ。

 これは……防御系スキルなんかじゃない!


乱気流雪嵐ジェット・スイープ・ブリザード!』

 

 アリアナはそう叫び、左右に伸ばした腕を勢いよく前方に突き出した。

 その途端、猛烈な冷気と雪と氷をないまぜにした暴風がアリアナの体から放出されてミランダを狙ったんだ。

 

 危ないっ!

 迫り来る暴風に、ミランダは咄嗟とっさに魔力で上方へ飛んで逃れようとした。

 だけど……その瞬間にミランダの体が唐突に静止してしまったんだ。

 僕は思わず我が目を疑った。


 なぜならミランダの体に重なるようにして奇妙な空間の揺らぎが生じ、ノイズのような映像の乱れが発生したように見えたからだ。

 モニターの不調?

 いや、まるでミランダの時間だけが止まってしまったかのように、彼女の動作が停止しているんだ。

 そして動けなくなっているミランダの体にアリアナの放った乱気流雪嵐ジェット・スイープ・ブリザードが直撃してしまった。


 ああっ!

 凍てつく暴風がミランダを飲み込んで、彼女の体は凍りつく。

 まだ総量の40%は残っていたミランダのライフが一気にゼロになってしまい、彼女のステータスウインドウに【You Lost】と敗北通告が表示された。


 そ、そんな……ミランダが負けた。


 周囲の人たちの歓声や驚きの声がどよめきとなって僕のいる店を包み込む中、僕だけがただ一人その場にひざをついて座り込んだまま呆然とモニターを見つめていた。

 モニターの中でミランダは凍りついたまま目を閉じ、地面に横たわっている。

 僕はその姿を見てくちびるを噛み締めた。

 だけどすぐに拳を握りしめて立ち上がる。


 ミランダもボスだから当然、勝つときもあれば敗れるときもある。

 だけど負けたってミランダはまたボスとして何度でも再起するし、へこたれることなんてない。

 僕もそうありたい。

 そう思ってメイン・システムを呼び出すと、僕はモニターの中のアリアナ宛てにメッセージを送った。


【アリアナ。どうして双子のクラスタに入ったの? 君が本当に納得して入ったなら僕はそれでもいいんだけど。何か事情が変わったの?】


 余計なお世話だと言われるかもしれないけれど、僕はどうしてもアリアナの気持ちを確かめたかった。

 そこで僕はアリアナのステータスウィンドウの中にある1点に目を止めた。

 そこにはアリアナのNPCとしての類別がサポートNPCと表示されている。

 サポートNPC?

 何で?

 先日見たアリアナのステータスウィンドウ上では確かに彼女の希望通りのライバルNPCだったのに。

 僕はそんなアリアナの変化に戸惑いながら彼女の姿を見つめた。


 当の彼女は勝利の喜びに浸るでも安堵あんどするでもなく、どこか陰鬱いんうつな表情で虚空こくうを見つめながら双子と何やら話している。

 その会話が僕にも聞こえてきた。


『どういうつもりなの? 私はこんな形で勝ちたいなんて……』


 そう言いかけたアリアナの言葉をさえぎってアディソンとキーラが大音量でモニターから観衆に向けて口上を流し始めた。


『いかがでしょう。バトルをご覧になった皆様。我らがクラスタ期待の新人・魔道拳士アリアナの実力は。あの恐ろしいやみの魔女ミランダを真正面から正々堂々と倒してみせました』

『アリアナの経歴についてはさっき話した通り、プレイヤーとしてAランク入りしながらも病気のためにゲームプレイが出来なくなっちまった悲劇を乗り越え、NPCとして華々しく復活した! NPC化システムのおかげでアリアナは活路を見出すことが出来たんだ。NPC化って最高だろ』


 なっ……病気とか、そんなことまで。

 僕は耳を疑った。

 そんなプライベートなこと公言したらゲーム・コンプライアンス上まずいよ。

 驚きと戸惑いに立ち尽くす僕だったけど、そこでちょうどミランダのゲームオーバー後の処理が終わって彼女がその場から消えていく。

 初期配置であるやみ洞窟どうくつの玉座に戻るんだ。


 そうなると僕も自動的にこの場からやみ洞窟どうくつにある兵士の宿直室に戻されることになる。

 アリアナに送ったメッセージをまだ彼女は見ていないようで返事は来ない。

 僕は体が徐々に軽くなって意識が遠のいていくのを感じながら、消え去る前にもう一度モニターを見上げた。


 そこに映るアリアナは無力感をその顔ににじませて立ち尽くしたまま、あきらめたように双子の宣伝文句を聞いていた。

 その表情はどこか悲しげで、寂しさを感じさせる。

 僕は彼女のその顔を見て確信したんだ。


 どんな理由があるのか分からないけれど、今のこの状況はアリアナにとって不本意なんだ。

 何かやむを得ない事情があって、彼女は双子の元に身を寄せざるを得なかったんじゃないだろうか?

 その直感を裏付けるようにアリアナはモニターの中でじっとカメラのほうを見つめる。

 僕は自分の体がこの場所から消えていくのを感じながら最後に彼女の顔を見つめた。


 僕は見逃さなかった。

 アリアナの目からひとすじの涙がこぼれ落ちたのを。

 そしてその口は確かに「ごめんね」と言っていたんだ。

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