第7話 アリアナの真実

「アル君。私、あなたに謝らないといけないことがあるの」


 廃城で無数のゾンビたちを相手に見事ミッション・クリアーを果たしたアリアナは、姿勢を正すと真摯しんしな声で僕にそう言った。

 な、何かな?

 あらたまったアリアナの態度に僕は少しビビりながら彼女の言葉を待つ。

 そんな僕を前にアリアナは静かな口調で、だけど決然と告げた。


「Aランクになって武術大会に出る。姉の命令でそうしないといけないって言ったけど、それは半分本当で……半分はうそなの」

「え? ど、どういうことなの?」


 思いもよらないアリアナの告白に僕は戸惑った。

 本当にそれは思いもよらないことだった。

 それからアリアナは彼女の抱える真実を話してくれた。

 

「手術を控えてるのは……姉じゃなくて私なの」


 アリアナは静かにそう言った。

 その表情は例えるならよく晴れた冬の空みたいで、穏やかだけどシンと冷たくて覚悟を決めてしまった後のようないさぎよさがあった。

 僕は衝撃を受けて、少しの間、声を失った。


 そ、そんな……。

 これから大変な試練が待ち受けているのはアリアナ自身だったなんて。

 僕は驚いて何も言うことが出来ずにただアリアナの顔を見つめて立ち尽くした。

 そんな僕に彼女は申し訳なさそうに言ったんだ。


「嘘ついてゴメンね」

「じゃ、じゃあお姉さんは……」

「姉は本当にいるわ。横暴な性格なのもBL同人誌好きなのも本当。ゲームも上手くて、このゲームも最初は姉がやってたの。このアリアナも姉がプレイし始めたんだけど、ちょっと飽きっぽい人でさ、プレイせずにそのまま放置してたから、私がやるようになって」


 そう言ってアリアナは苦笑を受かべる。


「そ、そうだったんだ……」

「姉に放り出されたまま、時が止まったみたいに姉のプレイを待ち続けるアリアナを見てたら何だか放っておけなくて……。最初から本当のことを話さなかったのは、私自身あまり深刻になりたくなかったから。暗い気持ちのままだと普通にゲームプレイできそうになかったし。ごめんね。アル君」


 もちろん僕には彼女のうそを責める気持ちなんて毛の先ほどもなかった。

 だけど……。


「アリアナ。別に謝らなくてもいいんだよ。でも、どうして僕に本当のことを話してくれる気になったの?」


 NPCの僕に本当のことなんて話す必要ないのに。

 僕がそうたずねると、強張こわばっていたアリアナの表情がわずかにやわらいだ。


「あなたが私のために一生懸命になってくれたから。他人のことなのに、あんなに怖い思いとか痛い思いをしてまで私を助けてくれたでしょ。本当の人間にだって、そんなこと出来る人なかなかいないよ。NPCなのに変な人だね。アル君は。でも……」


 そう言うとアリアナはうつむいてわずかに肩を震わせる。

 そして再び顔を上げた彼女の両目は涙でうるんでいた。


「そんなアル君だから私の真実を知ってもらいたくなったの。ありがとね。おかげで最後のゲームプレイを思い切り楽しめたよ」


 涙声でそう言うアリアナを見るうちに、僕は胸が締め付けられるのを感じて思わずうろたえてしまう。


「そ、そんな。最後だなんて。手術が終わって元気になればまたプレイできるんでしょ? そしたらまた……」


 そんな僕の言葉をさえぎってアリアナはきっぱりと言った。


「とても難しい手術だから成功の見込みは低いの。もし成功しても後遺症で体が動かなくなるかも知れないし。だから今日が最後のゲーム。そう決めてきたんだ」


 彼女はかすかに肩を震わせていたが、その声には揺るぎない決意が込められているように思えた。

 僕はそれ以上何も言えなくなってうつむくしかなかった。

 落ち込む僕を見てアリアナは苦笑いを浮かべる。


「まったくもう。仕方ないなぁアル君は。そんなに落ち込まないで。私はやりたいことをやっただけなんだから。でもまだ道なかばだからね。これから【P‐1クライマックス】にエントリーして優勝しないと」


 そう言ってアリアナは目一杯の笑顔で右腕に力こぶを作ってみせた。

 そんな彼女の姿を見ると僕は寂しさと切なさが胸にこみ上げてくる。

 今日出会ったばかりのアリアナだけど、もう会えないのかと思うと僕はどうしても悲しい気持ちになってしまう。

 だけど僕は痛いくらいにくちびるを噛み締めて我慢した。


 本当に大変なのはアリアナだ。

 本当に辛いのはアリアナなんだ。

 当の本人が泣かずにこらえているのに、僕が暗い顔をしているわけにはいかない。

 アリアナは笑顔で最後のゲームプレイを果たそうとしている。

 僕に出来ることは笑顔で彼女を送り出すことだけだった。


「うん。アリアナだったら絶対に優勝できるよ。僕、応援してるからね」


 そう言うと僕らは最後まで笑顔を絶やさずにそこでお別れすることにした。

 僕もアリアナも今にも泣き出しそうなのを必死でこらえている変な笑顔だったけどね。

 

「じゃあ。行って来るわ。色々とありがとう。アル君」


 彼女はそう言うと握り拳をそっと僕の胸に当てて、それから出発していった。


「がんばってね。アリアナ」


 僕は彼女の後ろ姿を見送り、笑顔でそう告げたんだ。

 え?

 武術大会に一緒に行かないのかって?

 行かないよ。

 ここから先はアリアナ自身の戦いだから。

 明日にはこの洞窟どうくつにミランダも戻ってくるしね。

 自分の役割を放り出すわけにはいかないんだ。

 だって僕はNPCだから。

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