第5話 恐怖を乗り越えろ!

 亡者の廃城で魔道拳士アリアナは無数のゾンビを相手に懸命に戦っていた。

 だけど倒しても倒しても減ることのないゾンビの群れは今にもアリアナを数の力で押しつぶそうとしている。

 でも僕はこのゾンビたちの生まれ出る根源であるゾンビ穴をついに発見したんだ。

 ゾンビが続々と湧き出すその穴は、今は誰も座る者のない廃城の玉座の前にあった。

 ゾンビ穴の所在をつかんだ僕は思わず大きな声を上げる。


「あそこにゾンビ穴があるんだ。アリアナ! 奥の玉座の前にゾンビ穴があるよ!」


 僕が必死に声を張り上げると、これに気付いたアリアナが反応した。

 だけど彼女は目隠しをしたままゾンビを倒しながら悲鳴混じりに叫ぶ。


「無理よ! 敵が多すぎてここから動けない!」


 アリアナは懸命に玉座のほうへ向かおうとするが、四方八方から襲いかかってくるゾンビを倒すのに精一杯でまったく進むことが出来ない。

 少しでもすきを見せればあっという間にゾンビの群れに飲み込まれてしまう。


「こ、このままじゃダメだ」


 僕はうめくようにそう言った。

 何とかアリアナからゾンビを引き離さないと。

 僕はそう思い、咄嗟とっさ燭台しょくだいの灯かりを手に取ると、ぶら下がっていたそこから思い切って床に飛び降りた。

 幸いと言うか何と言うか、ゾンビの多くがアリアナへ群がっているため、僕の近くにはゾンビの数が少なかった。


「うおおい! こっちだこっちだぁ!」


 僕は灯かりを大きく振りながら大声を出してゾンビたちの注意を引き付ける。

 ゾンビたちは大声を上げる僕に反応すると、すぐに僕に向かって突進し始めた。

 怖ッ!

 こ、怖いけど、でも我慢しなきゃ。

 僕はライフゲージのないNPCだけど、知力が皆無に等しいゾンビたちも「アイツのほうが弱そうだぞ」とでも思ったんだろうか。

 僕という新たな獲物を目にして、嬉々ききとして押し寄せてくる。

 そのおかげで今度はアリアナの傍からゾンビが減った。

 彼女は急に周囲の敵が減ったことで、やや落ち着きを取り戻し、恐る恐る目隠しを外した。


 僕は必死にゾンビから逃げ回ることしか出来ないけど、その間にアリアナは玉座の位置を確認できたようだ。

 彼女は悲鳴をこらえるように両手で口をふさぎ、まばらになりつつあるゾンビたちを振り切って駆け抜ける。

 だけど今も玉座前のゾンビ穴からは絶えずゾンビが出現し続けていて、必然的に玉座に近づくほどにゾンビの数は増えていく。


「き、気持ち悪い……」


 アリアナは前方に隙間すきまなく並び立つゾンビの群れを前に、ついに立ち止まってしまった。

 顔面蒼白になりながら彼女は再び目隠しをしようとさっきの僕の兵服でこしらえた切れ端を取り出す。

 だけど不意に背後からゾンビに襲いかかられて、それをかわす際に思わず切れ端を落としてしまったんだ。


「ああっ! め、目隠しがぁ!」


 アリアナの悲痛な絶叫が鳴り響く。

 切れ端は無惨むざんにも宙を舞ってゾンビの群れの足元へ消えた。

 やばい!

 これじゃあアリアナは戦えない。

 そんなアリアナに気を取られた瞬間、僕は走っていた足を何かに引っ掛けて派手にスッ転んだ。


「がはあっ! イッタタ……」


 慌てて身を起こそうとした僕は、誰かが目の前から近付いてくるのを感じてハッと目を見開いた。

 それは腹から下のない上半身ゾンビだった。

 そ、そうか。

 僕は足元に寝転がっていた上半身ゾンビに気付かずに足を引っ掛けて転んだんだ。

 上半身ゾンビはニコニコしながら僕にい寄ってくる。

 僕と友達になりたいのかな?


「キャアアアアッ! ゾンビの友達はノーセンキューですからぁぁぁぁぁ!」


 もうホラー映画のヒロインばりに悲鳴を上げて必死に逃げようとする僕だけど、周りから続々と集まってくるゾンビに手だの足だのを引っ張られて思うように動けない。

 こ、これはまずい。

 ゾンビ映画で死ぬ人のパターンだ。

 僕はライフゲージがないから死にはしないけど、噛まれたらきっと死ぬほど痛い。

 ゾンビたちは待ってましたとばかりに僕の手足に喰らいつこうとするけれど、後ろから次々と押し寄せる他のゾンビたちに押しつぶされて僕の上に倒れ込んできた。


「うげっ! お、重い……」


 ゾンビが次々とのしかかってくるぞ。

 まるでゾンビの押しくら饅頭まんじゅうだ。

 うぐぐ……。

 僕はうつぶせになったままゾンビたちに押しつぶされながらアリアナを見た。 

 彼女は呆然と立ち尽くし、ゾンビの群れに囲まれて心細そうに僕を見ている。

 見る見るうちにその顔から勇気の灯火ともしびが消えていくのが分かる。


 そんなアリアナの顔を見た瞬間に僕は理解した。

 なぜ僕が彼女を放っておけなかったのか。

 彼女は僕と似てるんだ。

 世の中、持って生まれた気性は人それぞれで、気の荒い人も度胸のある人もいる。

 僕やアリアナみたいに気の弱い人はどうしても気の強い人のペースに巻き込まれ、日陰に追いやられてしまう。

 大きな声の前に小さな声はかき消されてしまうんだ。

 だけど、僕らにだって叶えたい願いがある。

 声を大にして叫ぶことが出来なくても、その思いは確かにこの胸に生きているんだ。

 たまらなくなって僕は、ゾンビたちに押しつぶされながら必死の叫び声を上げていた。


「アリアナ! 武術大会に出るんでしょ! お姉さんに頼まれたんでしょ! だったら目をらしちゃダメだ!」


 ゾンビたちの下敷きになりながら叫ぶ僕の声に、アリアナは動揺を色濃くにじませた瞳をうるませた。

 彼女は僕と同じで気の弱い人だ。

 だけど僕とは違い、鍛錬たんれんと実戦によって積み重ねてきた確かな実力がある。

 それはまぎれもなく彼女の血となり肉となっているはずなんだ。

 僕は体にのしかかるゾンビたちの圧迫感に必死に耐えながら精一杯の声を上げる。


「戦うんだ! 君が過ごしてきた日々と、胸に抱えてきた思いをうそにしちゃダメだ!」


 僕が彼女と話をするようになったのは今日のことだ。

 そんな奴に偉そうに言われたくないだろう。

 だけど、僕は言わずにはいられなかった。

 人生の大事な局面で必死に頑張ったことは、自分の誇りになるということを以前に僕は知ったから。

 僕の大切な人達に教えてもらったから。

 今度は僕がそれをアリアナに伝えたい。

 僕は最後の力を振り絞り、ありったけの声で叫んだ。


「魔道拳士なら……拳で自分を証明するんだ!」


 僕の必死の叫びにもアリアナはうつむいたまま、両拳を握り締めていた。

 僕はその背後に迫る影を見て、思わず叫び声を上げた。


「あ、危ない!」


 とうとう一体のゾンビがアリアナの背後から彼女に組み付いた。

 僕は息を飲んだ。

 だけど……そのゾンビは瞬時に投げ飛ばされて地面に叩きつけられ、粉々になって消える。

 アリアナは背負い投げでゾンビをあっという間に粉砕してしまったんだ。

 アリアナが顔を上げる。

 しっかりと大地に足をつけて立ち、ゾンビの群れから目をらさずにいる彼女の目には、先ほど消えかかった勇気の灯火ともしびが炎となって再び灯っていた。

 

「私は……負けない!」


 そう言うとアリアナは腰を落として両手を僕の方に向けた。

 すると彼女の手から無数の氷の刃が放出される。

 それは空中を高速飛行して僕の上にのしかかっている数十体のゾンビに直撃した。

 強烈な冷気がゾンビたちを凍り付かせて吹き飛ばす。

 アリアナの中位スキル・氷刃槍アイス・グラディウスだ!


「ぷはあっ!」


 僕は体の自由を取り戻し、立ち上がると興奮の眼差しでアリアナを見つめた。


「アリアナ……すごいよ!」


 アリアナは僕の姿を確認すると、すぐに近くのゾンビたちに向き直った。

 そして両腕を真横に突き出し、気合の声を放つ。

 

「氷の拳で砕け散れっ! 氷結拳フリーズ・ナックル


 彼女の拳に魔力による冷気が宿る。

 途端に廃城の中の温度が一気に下がったのを感じて僕は身震いをした。

 魔道拳士アリアナが本領を発揮すると、困窮こんきゅうしていた戦局は大きく様変わりし始めた。

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