おじいちゃんとオカネと団らんの話

おじぃ

おじいちゃんとオカネと団らんの話

 東北地方の山間やまあいにある小さな田舎町のはずれ。この場所で私、喜多方仁蔵きたかたじんぞうは、終戦直後に始めたボロボロで小さな金物店を営んでいる。


 営んでいるといっても、ほぼ開店休業状態。最後にお客が来たのはいつの日のことやら。


 店に置いてある品物だって、何年前に仕入れた物か、もう覚えていない。


 うちは八百屋や魚屋なんかと違って、毎日消費する物を売っているわけではない。包丁、トンカチ、ネジ回し。売っているのは、同じ品をずっと使い続けられるような物ばかりだから、お客が来ないのも仕方のないこと。私としても、自分が売った物を末永く愛用してくれるのならば、それに勝る喜びはない。だから、これで良い。


 これでも四十年ほど昔までは、よく近所で家を建てている大工がネジや釘をまとめて買っていったものだから、繁盛したものだ。


 私は今年で九十。頭も大分だいぶイカレちまって、昨日の晩に何を食べたかなんてとてもじゃないけど思い出せない。


 女房が私を置いて行っちまってから十と五年。イカレちまった頭でもこれだけは覚えている。私とて、いつ何時なんどきおっちんじまってもおかしかない。


 息子は東京さ行っちまって、もうじき定年退職だが、店を継ぐ気はないようだし、継いだところでどうせお先真っ暗だから、そろそろ店を畳もうかなんて考えている。


 ◇◇◇


「ごめんくださ~い」


 まだ桜の咲かない、しばれる(寒い)四月の昼下がりのこと。店に一人のお客が来た。二十歳はたちそこそこくらいの兄ちゃんだ。


 兄ちゃんが木の引き戸を開けて恐る恐る店へと入ってきた。格好は、縁の太い眼鏡と、ダウンなんとかと呼ばれる厚手のジャンパーとジーパン。


「はいいらっしゃい」


「こんにちは~。プラスドライバーありますか?」


 彼は最近の若者にしては珍しく、ちゃんと挨拶をした。


「ああ、あるよ。ちょっと待ってね、今そっち行くから。よっこらしょ」


 重たい腰に手を当てて立ち上がり、ネジ回しの置いてある棚へ、えっちらおっちらと移動する。


 数あるネジ回しの中から、兄ちゃんは太さが中くらいで、磁石を配合してネジを落としにくい工夫の施された物を選んだ。


「はい、五百円ね。兄ちゃん、何か造るのかい?」


「はい。本棚を」


 兄ちゃんは爽やかな笑顔で答えた。


 それからついつい私がこの兄ちゃんくらい若かった頃の話や、この町の歴史なんかを長々と語ってしまった。年寄りの一人暮らしは寂しくてなぁ、たまにお客が来るとついつい長話をしてしまう。兄ちゃんも話を聞くのが疲れたのか、顔を引き攣らせながらも、笑顔で付き合ってくれた。


 赤字にも拘わらず、私が店を営んでいるのは、こうして誰かと話をしたいからだ。


 ◇◇◇


 日曜日、今日は店の定休日。東京から三十になる孫娘の紗織さおりと、五歳になる曾孫ひまご思留紅しるくが訪ねて来てくれた。


 私は思留紅を連れて、というよりは彼女に引っ張られて、駅へと続く、田んぼを貫く砂利道を散歩していた。四方を囲う山々は雪で厚化粧をしている。


 かえるの合唱、残雪ざんせつからひょっこり顔を出すふきのとう。それを天ぷらにしようと手提げかばんに忍ばせておいた鎌で刈り取っていると、思留紅は早くはやくと手招きしながら私を急かした。思留紅を見ていると、もともと垂れていた目尻がなお垂れる。まだ桜は咲かないが、私の春はもう満開だ。


「ひぃじぃちゃ~ん、何やってるのぉ? 早くはやく~」


「ごめんよぉ、すぐ行くべな~」


 ふきのとうを必要な分だけ刈り取ったところで、片手で腰を押さえつつ思留紅を追いかけた。


「袋の中なぁに~?」


 言いながら、思留紅は私の手提げ鞄の中を覗き込んだ。


「これはな、ふきのとうっていってな、天ぷらにすると旨いんだよ」


「へぇ、早く帰って食べたい!」


 そう言って、お転婆な思留紅は、せっかく追い付いたのに、また私を置いて駆けて行ってしまった。


「お~い、一人じゃ危ないよ~」


 呼び掛けながら懸命に追い掛けたが、引き離されるばかりで、すぐさま見失ってしまった。道に迷ったり、事故や人さらいに遭わなければ良いが、心配だ。


 私はいうことを利かない身体に動け動けとむちを打ち、努めて家へと急いだ。


 ◇◇◇


 息を切らしてやっとこさ家に戻ると、思留紅は紗織に説教されていた。


「ひぃじぃちゃん置いてきちゃだめでしょ」


「ごめんなさ~い」


 あの頃は紗織が息子の嫁さんに説教されておったっけ。


「ほらほら、もういいから。いやしかし、ちっちゃい頃の紗織にも同じことされたのを昨日の事のようにハッキリ思い出した」


「ママ同じ事したのに思留紅に怒るの?」


「う……」


 私に昔の事を言われてバツが悪くなったのか、紗織は黙り込んだ。


 説教が済んだところで、私は早速ふきのとうの天ぷらをこしらえた。


「うん、ウマイ! じぃちゃん、昔から天ぷらだけは得意だよね~」


「だけとはなんだ。もっと素直に誉められんのか。それと、女の子なんだから『ウマイ』じゃなくて『おいしい』だ」


「じぃちゃんはカタイなぁ。金物屋だからって、自分まで金物になんなくったっていいのに」


「余計なお世話だ!」


 紗織は憎まれ口を叩きながらも、天ぷらをウマイウマイと喜んで平らげてくれた。男勝りな言葉遣いは気になるが、一児の母となっても私の可愛い孫であることに変わりはない。思留紅に同じく、目に入れても痛くないというやつだ。


「にが~い」


 紗織には好評だったふきのとうの天ぷらだが、残念な事に思留紅には不評だった。思い起こせば、私も子供時分こどもじぶんはふきのとうが苦くて苦くてとても食べられなかった。


 目を細めながら舌を出してコップを手に取った思留紅は、中の水を一気に飲み干した。


 ◇◇◇


 天ぷらをたらふく食った紗織は、居間の座布団で気持ち良さそうに昼寝をしている。これこれ、牛になるぞ。


「いしや~きいも~、や~きいも~」


 日曜日の夕方、決まって焼き芋屋のトラックが家の前の道路を通る。たまには食べたいところだが、貧乏故に今まで焼き芋を買って食べた事がない。まだ女房が生きていた頃、庭で焚火をした時に食べたのが最後だったと記憶している。


「やきいもたべた~い」


 両手で私の腕を掴んでせがむ思留紅。困った、ここで焼き芋を買ってしまったら、あすの食糧を調達できなくなる。


「ねぇひぃじぃちゃ~ん」


 あぁ、思留紅が眩しい。焼き芋を買うぜにくらいはあるだろう紗織は昼寝をしているし、なにより思留紅は私にせがんでいる。


 お、そういえば、この前ネジ回しを売った時の五百円がある。あれで焼き芋を買おう。


 私は思留紅を連れて五百円分の焼き芋を買いに出た。


 芋を焼く釜の下にある火の中に「石焼き芋~!」と言ってわいわいと路面に落ちた小石を投げ込む思留紅を私は止めたが、焼き芋屋のおじちゃんは、ヨシヨシと頭を撫でて可愛がってくれた。


 ◇◇◇


「おいし~! ひぃじぃちゃんありがとー!」


「おうおう、思留紅は可愛いなぁ。また買ってあげるからなぁ」


「ほんと!?」


「ああ、本当だとも」


「やったー!!」


 今日は目尻が下がりっぱなしで仕方ない。長生きしていて良かった。


 焼き芋を買えたのはこの前の兄ちゃんがうちでネジ回しを買ってくれたおかげだ。私が商売に力を入れれば、もっとお客が来るやも知れん。お客が来ればまた思留紅に何か買ってあげられる。それだけでなく、人と触れ合う機会も増える。ボケ防止にもなって、もっと長生きできる。長生きした分だけ、可愛い子らの笑顔を見ていられる。


 あぁ、まるで若返ったみたいだ。思えばこの商売だって、終戦直後で皆沈んでいた頃、大工さんの力を借りて、笑顔あふれる家を建てて欲しい。そのおこぼれで、私の家族を笑顔に出来たらこれ幸いと始めたんじゃないか。


 まさか、こんな小さな子に、いや、こんな小さな子だからこそ、気付かせてくれたんだ。


 さあ、気分を入れ換えて頑張ろう。そうだ、包丁研ぎやハンマーの柄の交換などをやっていると、店先に貼り紙でもしてお客を呼び込んでみようか。思留紅たちが帰るまでの一週間、格好良い所を見せようじゃないか。二人が帰ってからだって、また笑顔を見るために頑張るぞ。


 あ、しまった。紗織の分を取っておくのを忘れてしまった。思留紅に焼き芋を食べた事を口止めするのは可哀相だし、素直に怒られるか。


 案の定、このあと昼寝から覚めた紗織に怒られたのは言うまでもない。

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