第2話 ④

【十二使徒】とは、地球意志によって選ばれた兵器だ。

 言い方を変えるならば、地球が親で【十二使徒】は実子。そして子は親に命じられるがままに人類を破滅させようと行動している。サイコパス一家だ。

 この例えで言うなら全員が兄弟関係にあるわけだが、仲が良いということは断じてない。かと言って険悪であるわけでもない。互いに極力不干渉を貫き、興味を持ち合わせていないのだ。ただ親に命じられるがまま動く。

 無論産み落とされたのではなく、既存の肉体に新たな魂を取り入れさせて【十二使徒】は誕生する。肉体に選ばれた人間は、徐々に浸食されやがて【十二使徒】に乗っ取られるのだ。その魂には強力な言霊が埋め込まれており、それが彼ら彼女らの力の源となっている。

 とはいえ見かけ上は人間も【十二使徒】も違いはない。滅びを与える期日までは日常に溶け込んで行動している【十二使徒】も少なくない。むしろそうでない者の方が少数派だ。

 その例外に該当する青年は、仮拠点となっている喫茶店で一人聖書を読んでいた。その喫茶店は既に閉店しており、電気も水道も通っていない。辛うじて窓から差し込む陽の光で店内は明るさを保っている。

 精悍な顔立ちに加えてサファイアの瞳、そしてスラッと伸びた長い脚。乗っ取られる以前はモデルをやっていたというのも頷けるスタイルの良さは、しかし醸し出す雰囲気で台無しとなっていた。他を引き寄せる外見を、あたかも肉食獣のようなオーラが相殺している。

「――――【言霊(ゲンレイ)王】」

 誰も見当たらない店内から、不意に青年――【言霊王】を呼ぶ声が響いた。

 彼はパタリと聖書を閉じ、ハアとため息を漏らして、

「降参だ。貴様の気配遮断、今回も打ち破ることができなかった」

 そう認めると、突如として【言霊王】のすぐ傍に女性が出現した。次第に色付くようにして、闇から這い出るようにして。

 西洋人の青年に対し、その女性は東洋人風であった。もっと限定するなら日本人のようで、きめ細やかな黒色の長髪が特徴的だ。紺のブレザーの制服を着込んでいることから鑑みるに、まだ高校生ということが分かる。

「お褒めいただきありがとう、【言霊王】」

 ちっとも喜んだ素振りを見せずに、彼女はそう言った。

 さて、と彼女は早々に本題へと入る。

「『L.A.W』への宣戦布告、確かにしてきたわ。今より七日後、今度は日本を粛清するとね」

「ご苦労だった。どうも私は精密機器の扱いというのが苦手でな、誰かに頼らんわけにはいかんのだ」

「まったく、まさか【十二使徒】の中で私だけが携帯電話を使いこなせるとは思わなかったわ……」

 すまぬ、と男は頭を下げた。語学は堪能でもそういった文明の利器については前知識として与えられていないため、【十二使徒】は総じて機械音痴だ。彼女だけは例外で、洗濯機から自作PCの組み立てまでできる。

 彼女は外で買ってきたのであろう缶コーヒーに口を付け、

「そうだ、今回は誰を割り当てようと言うの? わざわざ日本にまで私を呼び寄せたと言うのなら、ひょっとして私の出番かしら?」

「二つ勘違いをしているな。一つは此度の粛清者は【兵隊王】にしようと考えている。加えて、呼び立てたのは貴様だけでなく【獅子王】と【鬼哭姫(きこくひめ)】も同様だ」

「――――驚いた。まさか、もう幕を引こうと言うの?」

 缶コーヒーを握る手がピタリと止まった。目を丸くして、彼女は【言霊王】を見つめる。仏頂面の男はどこまでが本気か否か、読みづらくて苦労する。

 人類滅亡――粛清を行うにあたり、【十二使徒】は人類に対しいくつかの制約を設けていた。というよりはハンデだが、その中に『【十二使徒】は必ず一人で戦いに応じる』という縛りがある。もしそのルールがなければ各地域を一つ一つ潰していく、なんて手間を掛けずに一晩で根絶やしにしていただろう。

 しかしこの男は五柱もの【十二使徒】を日本へ集結させようとしている。過剰戦力なんて表現では生易しい。赤子の手を捻るどころか、首を捻じ切らんばかりの残虐性すら窺わせる。

 男は同胞の批判めいた視線に気付いたのか、首を振って訂正を加える。

「【兵隊王】を除いた四柱は別件だ。粛清に手出しをする気は毛頭ない」

「それでも過剰ね。日本には非核三原則というのがあるのに、その核より恐ろしい存在が一度に四つも国内に……。聞くけど、何をするつもり?」

「万が一、だな。もしも【真実斬り】の刀が神域に達していたとすれば、あるいは――――」

 それきり、【言霊王】は沈黙してしまった。この男はいつもこうだ、自身の思惑を語ろうとしない。上下関係のない【十二使徒】において、それでもこの男が実質的なリーダーであるのは圧倒的な実力があるからこそ。

 ともあれ、伝えるべきことは伝えた。既に現地入りしている彼女は、ただ七日後を待てばいい。どうせ日本食を食べるのは最後になるのだから、食べ歩きでもしようかなと思案していると、不意に【言霊王】に呼び止められた。

「――――【否定姫】よ。貴様、よもやこの二ホンに情を移しておらんだろうな?」

 彼女――【否定姫】はドアノブに触れようとしていた手を止めて、振り返らずに言った。

「何故、そんなことを?」

「貴様の器にとっては母国だろう。本来元となった我ら魂が、器に影響されるようなことなどあり得ないが、気になってな」

「――――それは侮辱ね。ええ、あんたは今【十二使徒】としての私を侮辱した。【否定姫】たる私が、たかが小娘一人御しきれていないと、そう言ったのよ?」

 曖昧だった彼女の存在が、燃え上がるように際立ってみせた。刺す、というより抉り取られるような殺意が、【言霊王】の全身に纏わりつく。

 けれど彼はそれすら意に介さない。そよ風が頬を撫でたくらいにしか感じていない風に見える。常人なら言葉に詰まりそうな状況下でも、男ははっきりとした口調で尋ねる。

「気を悪くしたのなら謝罪しよう。だが貴様はその言霊の特性上、疑いを向けざるを得ないのだ。制約により裏切りのできない我らにあって、貴様だけがその檻から抜け出す術を持っているかもしれないのだから」

「……どうとでも思いなさい。ここで私がいくら弁解しようとも、あんたたちは全てを忘れてしまうんだもの」

 そう言って、【否定姫】は再びその身を空気と同化させたが如く消え去った。

 ――――世界で唯一、彼女だけが忘れ去られた存在であった。

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