監禁少女

アハレイト・カーク

監禁少女1 

シクラメン 花言葉は遠慮、内気。和名はカガリビバナ。

皇歴こうれき148年4月1日(金)

皇立おうりつコスモス女学院前


 牧野かがりは、期待と不安を胸に皇立コスモス女学院の門を潜り抜けようとしていた。

 皇立コスモス女学院は、『自立した立派な女性』を育成するために現女皇じょうおう、黒松百合栄が、東京府東京市内の東宮あずまのみや特別区に創立した日菊で唯一の皇立女学校である。

 かがりはコスモス女学院に入学するために実家の高知から上京し、女学院のすぐそばにある学生寮「藤華荘ふじかそう」で暮らすこととなった。それは、かがりに新たな生活への期待と不安を抱かせていた。

「あなたも新入生ですの?」

 かがりが思い耽っていると、不意に背後から話しかけられた。

「ひゃ、ひゃい!?」

 かがりが慌てふためきながら振り返ると、そこには金髪ツインドリルの少女が立っていた。

「あら、驚かせてしまいましたか? ごめんなさいね。私の名前は千曲あんず。あなたのお名前は?」

あんずと名乗る少女は突然、かがりに自己紹介を迫る。

「わ、私の名前は牧野かがりといいます。よ、よろしくお願いします」

 千曲あんずと名乗った少女は煌びやかな衣装を纏い、彼女の振舞いからかがりは、おそらく彼女はお嬢さまなのだろうと推測した。

「それではかがりさん。あなたは一体何のためにこの学校にいらしたの?」

「え?」

 かがりには、彼女が言っている事が理解できなかった。

 ここに来る目的は皆同じく、立派な女性になるために決まっている。そうかがりは考えていた。

「あら。質問が悪かったかしら? では、あなたは何故、この学校の目指す立派な女性というものを目指したのかしら?」

 あんずの質問は、かがりにとって予想外であった。出会ってすぐに質問されたということもあるが、入学する理由などあまり深く考えた事など今まで無かったからである。

「私は今まであまり自分に自信を持てなかったんです。でも、コスモス女学院の入学案内を学校で配られた時に、ここに来れば、こんな自分でも変われるかもしれない。そう思ったから……」

 皇立ということもあり、コスモス女学院への入学案内は国内全ての中学校で配布されており、卒業生も政治家などの重役に就いているため、国民の認知度はかなり高かった。

また、入学試験は、学力試験よりも同時に行われる健康診断の結果を重視するという変わった選定方式をとっており、学力に自信がない生徒でも入学できるということで人気が高かった。それゆえに、理由をそれほど持たずに入学する生徒も多いと言われている。

「そうですの……。かがりさん、あなた面白い人ですわね」

「あ、ありがとうございます。じゃあ、貴女は一体何故……」

「あら、もうこんな時間ですわ。早くしないと入学式に遅れてしまいますわ。ではかがりさん、またいつか会いましょう」

 そう言ってあんずは、門を潜りクラス分け表の下へと向かっていった。

 そして結局、かがりはあんずが何を聞きたかったのかは分からなかった。もやもやとした気持ちのまま、かがりはコスモス女学院の校門を潜り抜けた。


1‐B教室


「それにしても奇遇ですわね。かがりさん。まさか同じクラスになるなんて」

 入学式とクラスごとのオリエンテーションが終わるとすぐに、あんずはかがりの席にやって来た。

「ねえ、かがりさん。あの先生のことどう思われます?」

あの先生とは、1‐Bの担任教師である日ノ出蘭先生のことであった。彼女は自らをカトレアと名乗っており、この名は女皇陛下より賜ったありがたい名であるとも言っていた。

「カトレア先生ですか? 彼女は美しくて、大人の魅力を持っている。まさに女学院が目指す、理想の女性だと私は思います」

「そう……。私はあの方、苦手ですわ。あの方は何か只者ではない気がしまして」

 それはかがりも感じていたことであった。彼女からは何かただならぬ気配を感じていた。

「あー、分かるよ。なんか、人一人くらい殺してそうな……」

「そんな感じしますわよね。それはさておき、かがりさん。この後、何か予定はありますか」

 流石に初日から担任教師の中傷はまずいと感じたのか、あんずは話題を放課後の話へと変えた。

「引っ越しの荷物の片付けをしようと思ってたんだけど……。どうしたんですか?」

 かがりの寮への引っ越しは数日前に終わったが、まだいくつかの段ボールが未開封のままであった。そのため、今日は早く帰り部屋の整理をしておきたいと、かがりは考えていた。

「これから私の家にいらっしゃいませんか? そうだ、お茶でも出しますわよ」

「えっ!? 親御さんに許可は貰っているんですか?」

「大丈夫よ。私は今、学校近くのマンションを、お母様の会社から借りて生活しているの」

 その一言で、かがりは理解した。千曲という姓と、お嬢さまの様な振舞い。そして、今の母の会社という発言で結びつくのは、ただ一つ。千曲ビルディングだけであった。

 千曲ビルディングは、女手一つで、会社と娘を育て、会社を一代で築き上げた女社長がいるということで有名となり、テレビCMでもよく宣伝されていた。

「じゃあ、貴女は……」

「ええ、私は千曲ビルディング社長、千曲麗子の娘よ。でも、私はお母様の権力に頼るつもりなんて微塵もないわ。私は自分の意志でこれから生きていく。そのために私はここ、コスモス女学院で立派な女性になろうと思っていますその」

 かがり自身既に理解していたことであったが、改めて言葉として告げられると、目の前の華麗な少女が、本当にお嬢さまであるのだと実感した。

 しかし、それ以上にあんずが何故、社長である母親の力を借りたくないのかが、かがりには理解できなかった。

「あんずさん。どうして貴女は、母親の力を借りずに自力で生きようなんて思ったの?」

「その質問にはまだ答えられないわ。あなたが信用のおける人間かどうかは、まだ分からないでしょう?」

「うぅっ……」

 それもそうだ。今日初めてであったばかりの相手に、いきなり自分の秘密を話す人などそうそういないだろう。かがりはそう思った。

「冗談よ。でもいつか話をする時が来るとは思うわ。それより今日、家にいらっしゃるのかしら?」

「それじゃあ、お言葉に甘えさせてもらいますね。あんずさん」

 別に片付けは今日中に、やらなければならないということもないので、かがりはあんずの誘いに乗ることにした。


東宮タワーハイツ前


「はぇ~~。すっごい高いねぇ」

 かがりの目の前にそびえ立つのは、まさに摩天楼であった。高知の中でも田舎の出身である彼女にとって東京のビルでもすごいと思ったものだが、このビルは特にすごいものであった。

 このビルは、東宮特別区にあるただ一つの高層ビルとして、女皇の勅命によりコスモス女学院の生徒の中でも裕福な家庭出身の生徒たちの住まいとして建造された。また、女皇の関係者や、海外の政治家などの泊まるホテルとしても利用されている。まさに、女皇の権力の象徴でもあった。

 そんなビルの最上階80階の一室が彼女の自宅であった。エレベーターを降り、部屋へと至る通路は、お城の通路かと見まがうほどの豪華な装飾が施されていた。

 かがりは、あんずに促されるままに玄関へと入る。

「お、お邪魔します……」

「いらっしゃい。かがりさん」

 あんずは、衝撃を受けているかがりに対して、面白そうに語りかける。

「どうかしら、かがりさん?私の家は?」

 かがりの家は、玄関から続く廊下にキッチン兼リビングとバスルーム、完全防音の防音室そして、ベッドルームの四つの部屋が繋がっているという構造であった。

「す、すごいや。まるでホテルみたいだね」

「隣の部屋はホテルのスイートルームとして利用されているから、あながち間違いではないわね」

「あと、景色もいいよね」

 地上80階の天空にあるリビングの窓や通路からの景色は、東京城の天守閣や東宮、東京トライタワーなど東京中のランドマークを一望することが出来た。

「どうぞ座ってちょうだい。お茶にでもしましょうか」

かがりをリビングのソファに座らせて、あんずはお茶の用意をするためにキッチンへと向かった。

「そういえば、防音室って何に使ってるの?」

 かがりは、部屋へと入る前に説明された、防音室に対して気になっていた。かがりは、あんずが何か楽器でもやっているのかと気になっていた。

 それに対してあんずは、キッチンで紅茶を淹れながら答える。

「ああ、ピアノの練習のためにね。お母様に勧められていやいや始めたんだけれど、結局、今までずっと続けているし、この話し方も同じですもの。やっぱりお母様はすごいわ。私が嫌だと思っていても、心の底からは嫌にはなれないものを勧めてくる。まるで心を見抜かれているみたいだわ」

「お母様を尊敬しているのね」

 かがりは、先ほどあんずが母親から独立するためにこの学園に入ったと言っていたことから、あんずは母親を嫌っているのではないかと気になっていた。

「まあ、そうとも言えなくはないわね。私はお母様のようにはいかないわ。でも、だからこそ私はお母様とは別の道を歩みたい。そう思いましたの」

「そうだったんですか……」

 それを聞いて、かがりは安心した。かがりにとって、家族というものはとても大事なものであった。たとえそれが他人のことであっても、家族の仲が悪いということは、放っておけない性質なのだ。

「あら、またいつかなんて言った日に話してしまいましたわね。でも、不思議ですわね。あなたと話していると、私の全てを知っていただきたい。そんな気持ちにさせられるのです」

そう言って、あんずは紅茶と茶菓子を乗せたトレーを持ってリビングに戻ってきた。

「ごめんなさいね。私の身の上話なんかしてしまって。さあ、ここからは楽しいお茶会といきましょうか」

 そうして二人は、日が傾くまでこれからの学園生活などについて語り合っていた。

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