第11話 魔王から結婚指輪もらいました

 翌日も時間を忘れて企画書を作った。

 資料を見る関係上ジュリアスの執務室の端でやらせてもらっている。すると私という盾がいることで恐怖が緩和されるのか、補佐官はじめ役人たちが安心して来られるようになったらしい。

 これまでは恐いから、クレイさんが神官と補佐官を兼ね、一人で仲介役をしていたらしい。楽になったと感謝された。

 補佐官にも執務室に入ってもらえないって……どれだけ気の毒な皇帝だ。

 私がいれば彼らが安心なら、今後も執務室にいてあげようと思った。

 ジュリアスも夜は私が「脱走しないから入らないで」って約束したら、寝室をつなぐドア消してくれたし。おかげでよく眠れた。

 やはり人間睡眠は大事だ。

「―――うん、こんなものでいいかな」

「目途がたったか?」

「とりあえずね」

「休憩するか」

 フェイたちがお茶の用意をしてくれて下がった。

 ああ、お茶がおいしい。

 ジュリアスは口をつけずに私の方を見ている。

「まだ完成してないけど、見る?」

 企画書(仮)を提示したが、首を振られた。

「できあがってからでいい。それより」

 ジュリアスは席を立ち、私の隣に座った。2、3人掛けだから余裕がある。

「ほれ」

 と言って出してきたのは小箱。

 『親指姫』のアロマくらいの大きさだ。ベルベットが張られて、高そう。

「『親指姫』の新商品?」

「違う」

 ジュリアスが箱を開ける。中には銀色に輝く指輪が二つ入っていた。

 宝石はついておらず、シンプルなリング。

「え? なにこれ?」

「お前の世界での夫婦の証なのだろう。作らせた」

 はい?

 作らせた……って、昨日の今日で?

 慌てて内側を確認すれば、一つには『J to E』、一回り大きいほうには『E to J』、さらに日付が刻印されている。

「こ、これって結婚指輪?!」

「お前が話していた通りに作らせた」

「いやいや、私、ほしいって意味で言ったんじゃないわよ」

 おおいに勘違いしてないか。

「私が贈りたかっただけだ。お前の世界のやり方でも夫婦になりたかった」

 う……。

 困る。

 真っ赤になってうつむいた。

 こんなことされると、ますますほだされるじゃない。

 手を出せ、と言わんばかりのジュリアスに、黙って左手を差し出した。

 輪が指に通っていくのを、魔法がかかったようにぼんやり見つめる。

 指輪のサイズはぴったりだった。

「……何で指輪のサイズなんか知ってたの?」

 私自身も知らなかったのに。

「ドレスの採寸の際、色々測らせておいた。妃ともなれば、装飾品をつける機会が多くなるからな」

「アクセサリーなんかいらないわよ」

「私が美しい妻の姿を見たいだけだ」

 真顔で言われた。

「…………っ」

 こ、こんな時だけ眉間からしわを消してるんじゃないわよ。

 うう。鎮まれ心臓。バクバクうるさい。

 つ、妻とか妃とかナチュラルに言わないでほしい。大体私がどんなに高価なアクセサリーをつけたところで、平凡地味女なのは変わらないはずだ。

 恥ずかしさを隠そうと、企画書(仮)をジュリアスに押しつけた。

「こっ、こんな感じでどう? あ、新しいデートスポット作って、ロマンチックなプロポーズできる場所を作れば、結婚数も増えるものね。豪華客船のクルーズは我ながらいいアイデアだと思うのよ。独身の男女を集めてカップル成立を目指す集団お見合いイベントツアーやったらどう?」

「すでに付き合っている者同士を旅行させるのではなくてか?」

「もちろんそれもやるわ。でも、すでに成立してるカップルを結婚させるだけじゃ、全部終わったらそれでおしまいになっちゃうでしょ。新しいカップルを作り続けなきゃ」

「それもそうだな」

 特別な舞台でのお見合いパーティーなら参加者が集まりやすいはず。

「庶民対象で、割安な値段で提供したいわね。貴族はやめときましょ」

「なぜだ?」

「家のこととか、つりあいがどうのって言われると面倒だから」

 国家をあげて異種族間の結婚など後押ししているが、やはり貴族ともなれば色々あるだろう。

「確かに」

「それに、庶民のほうが圧倒的に数も多い。政策を浸透させる意味でも、今回のターゲットは庶民にしたほうがいいと思う」

「分かった。金額を考慮しよう」

「庶民こそロマンチックなものに憧れるしね。貴族が豪華客船乗っても、またかって感じかもしれないし」

 普段経験できない人にこそ体験してもらいたい。

「手が届かないからこそ、夢を見るというか……。分かるわー、その気持ち。豪華な舞台で物語みたいな恋、ロマンスの王道ね」

 そんな話をいくつ作ったことやら。ネタ帳のも含めれば百はある。

「そういうものか」

「そういうものなの」

 結婚指輪のことをすっかり忘れた私は、その後も企画について熱くプレゼンした。



「エリー様、ついにこの国に残られる決意をされたのですね!」

 私の左手薬指のシンプルな指輪は何かとフェイにきかれ、企画書のことで頭がいっぱいだったためにうっかりしゃべったら、侍女たちは狂喜乱舞していた。

「いやいやいや! こ、これはただ場の雰囲気の飲まれただけだから!」

「またまた。お国の結婚の証をつけたということは、そういうことじゃありませんか」

「だから違うっ!」

 真っ赤になって力説しても、誰も信じてくれなかった。

 私が必死に言い訳してるうちに、あっという間に動物園オープンの日となった。スタートは順調。

 開園セレモニーの日、「お妃様」コールが起きたのは恥ずかしかった。すっかり私は有名人で、完全に妃認定されてるらしい。

 ジュリアスが気を良くしたのか無駄なサービス精神か、腰に手を回してきたので思い切りつねっておいた。

「私は! 発案者だからここにいるの! 結婚相談役としての仕事なの! ジュリアスのお妃じゃないんだってば!」

 いくら言っても周囲から生暖かい視線を向けられるだけだった。

「……痛い」

「陛下、つねられたくなければいい方法がありあmすよ。抱き上げればいいんです」

「ちょっとクレイさん!? 何ろくでもないアドバイスしてるの!}

 ごめんこうむる!

 断固拒否したのに抱え上げられてしまった。元傭兵の力には敵わない。

 ま、またお姫様抱っことか……っ。

 いや、妃扱いされてるんだからお妃様抱っこ? って、意味不明なこと考えてる場合じゃない!

 しかし私達がいるのはセレモニーの壇上、地面からは結構距離がある。魔法なんか使えない私は、落ちないようジュリアスにつかまるしかなかった。

「……ふむ。これはいいな」

「私はよくないっ!」

 喝采のせいで私の抗議はかき消された。

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