第8話 仲人は魔王と離婚したい

 かくして私は魔王と結婚させられた。

 その後のことは怒りと羞恥であまり覚えていない。気づけばフェイたち侍女に着がえさせられていた。

 最初侍女は一人でいいと言ったが、私も慣れたからと人数が次第に増えた。

「……って、ちょちょちょちょっとー! なんてもん持ってくんのよ?!」

 セクシー系ドレスを用意されそうになり、全力で拒否した。

「ふ、普通のっ! 今まで着てたような、ごく普通の地味でシンプルなのでいいのっ!」

「ご結婚されたのですから、着ましょうよ」

「私はあれが結婚式だったなんて知らなかったんだってば! 完全にだまされた!」

 ジュリアスは外見同様悪辣で極悪大魔王。根は優しいなんて思うんじゃなかった!

 というか、もしかしなくても今日のドレスはウエディングドレスだったのか。白は聖職者に準ずるからって言ってたくせに。

 文化が違うからと深く考えなかった自分を呪いたい。

 頑強に抵抗し、普通のドレスに着がえた。

 でも終わりじゃなかった。

 ぺいっとジュリアスの寝室に放り込まれる。

「こらー! 私はライオンの檻に放り込むエサか!」

 完っ全にそんな感じだったぞ今!

 扉をガンガンたたいて断固抗議してたら、ジュリアスがけだるげに言った。

「うるさい」

「やかましい! 諸悪の根源が! ちゃんと説明しなさいよ!」

 両手を腰にあてて詰問すれば、一言。

「お前は私の妃になった」

 まったく説明になっていない。

 憤怒のあまり倒れそうになったけど、ジュリアスは平然とベッドで寝酒をあおっている。ガウン一枚でくつろぎスタイルそのものだ。

 ちょっと酒、私にもよこせ。

 コップがもう一つあったから、勝手に酒を注いであおった。

「だ・か・ら! なんでそんな突拍子もない結論が出たのか、始まりから順を追って説明しなさいと言ってるの!」

 ガン!とテーブルにたたきつける。

 文字数いくらかかってもいいから論述せよ。

「お前は国へ帰るつもりだったろう」

「当然でしょ。私はこの世界の人間じゃないもの」

「だから妃にした」

 余計分からない。説明下手にもほどがある。

 頭がクラクラしそうになり、壁に手をついて深呼吸した。

 すーはー。落ち着け。

 ジュリアスは基本口数が少ない。こっちが足りない言葉を補足し、促してやらないと意図をつかむのが難しいところがある。

「私が帰ると困ることでもあったの?」

「ある」

「三令嬢のトラブルは解決したわよね?」

「ああ」

「別の件なの?」

「ああ」

「私はあの騒動を解決するため召喚されたんでしょ。それは済んだ。だからいいじゃない。何でもかんでも人にやらせるのやめてよ」

「…………」

「じゃあもう、これで本当に最後! 一つだけやってあげるから言って」

「今はない」

「はあ?」

 こっちが眉間にしわを寄せたくなる。

「今後何か起きた時にってこと? そんなの知らないわよ。起きるかどうかも分からないのに。自分たちで解決してよ」

「お前のような発想を持つ人間がいない」

「発想? ああ、私が異世界の人間だからね。じゃあ、その時また誰か召喚……するんじゃないわよ」

「他の人間は召喚しない。お前が必要だ」

「なんで」

「お前は私を恐れない」

 やっと何となく意味が分かってきた。

「つまり、私がジュリアスを恐がらないから? だから残ってほしいの?」

 そんな子供みたいな。

「ただ言うことをきくだけの人間などいらん。きちんと意見を言い、主が間違っている時は正すような人間が必要だ」

「国内から探しなさいよ。私もここにいる間は手伝うって言ったでしょ? そういうお妃を探すってば。何も私を妃にする必要はないじゃない」

「婚姻は雇用契約より強固な契約だ」

 だからちょうどお互い独身だったし、籍入れてしまえって?

 つまり契約結婚?

「―――そんな理由で結婚なんてうれしくない!」

 力いっぱい怒鳴った。

 意外そうな目を向けられる。

「お前はうれしくないのか?」

「うれしくないに決まってるでしょ?! 契約結婚なんかお断り! 私のことを好きでもなんでもない人とは結婚したくない!」

 なぜ私がレディコミ原案製作なんてやってると思ってる。

 なんでハッピーエンドの話ばっかり作ってると?

 それはやっぱり素敵な恋に憧れてるからだ。地味で空気みたいに生きてても。

 笑うなら笑え。女性なら誰しも憧れることじゃないか。

 現実にはマンガみたいな恋はありえない。だからシナリオに詰め込んだ。

 契約結婚。そんな話を作ったことはある。でも皆最後はお互い想いあってのハッピーエンドにしてきた。私にはそんなのありえない。

「都合がいいから、ちょうどいいからって理由で、だまして結婚するような人なんかお断りよ! 絶対好きにならない!」

「…………」

 ジュリアスはしばらく沈黙していた。

 私は肩で息をして、こぶしを握り締めている。

 やおら、ジュリアスがグラスを置いた。

「お前は、私がお前を好きになればここにいるというんだな?」

「そうは言ってないわよ。私は帰るんだから。大体、あなたが私を好きになるとは思えない」

 そもそも恋愛感情自体持ち合わせてるのか微妙なところだ。

「夫婦っていうのは、お互い愛し合ってるものなの。私はあなたが好きじゃないし、妃なんかならない」

 ジュリアスはうなずいた。

「分かった。では私がお前を愛するよう努力する。お前も私を愛するようにしてみせる」

「……は?」

 予想外すぎるところに着地した。

 こいつの思考はどこ飛んでるのだ。大気圏外か。異次元か。

 うん、そうに違いない。

 あまりのことに呆然とするしかないが、ジュリアスは冷静そのものだ。

「……本気? というか、正気?」

「本気だが」

「いや、どう考えてもおかしい……。医者にみてもらったら?」

「健康状態に問題はない」

「いや、医者呼んでよ。それより魔術師? この入れ墨だか何だかも消して」

 左手をぐいとつきつける。

 魔法で施術されたなら、魔法でしか除去できないだろう。

 ジュリアスは要求を一蹴した。

「皇帝の妃、かつては王の妃となった者に施されるものだ。そのまま妃の証でもある」

「そんなものいらないし!」

 返品を要求する。クーリングオフ。

「お前は今後妃として暮らしてもらう。もちろん結婚相談役の役職もそのままだから、その仕事はしてもらうがな」

「……あ、何、それは本当にやるのね」

「やらないのか?」

「やるけど……」

 今となっては口実かと思った。

「だが妃としての公務はやってもらう」

「やらないってば!」

「ならお前が言っていた……契約結婚だったか? そう思えばいい」

 思えるか。

 契約結婚して私に何のメリットがあるのよ。

「で、どうすればいいのだ」

「何が」

 今度は何の話だ。言葉が足らないにもほどがある。

「私がお前を愛するようになるには、だ」

「知らないわよっ!」

 とうとう枕をジュリアスの顔面に投げつけた。

「とにかく私は出ていく! この国も出ていくから!」

 ドアノブをガチャガチャやったけど、回らない。

 鍵かけられた?

 ジュリアスはのんきなものだ。

「我が国にいないと元の世界に帰れないぞ。あの場所で儀式をしないとならないからな。鍵はかけたから開かない」

 犯人はお前か。

 どうやって……って魔法か。

「開けて。私はジュリアスと一晩一緒なんてまっぴらだから。それなら神殿に行くわ。最初の晩の宿に泊めてもらう」

「それは無理だ。私の妃となった以上、だれもがお前を妃として扱うからな」

 歯を食いしばって怒鳴るのを耐える。

 待て、怒鳴っても無意味だ。エネルギーがもったいない。体力は脱出するのに使おう。

 ジュリアスはふいに嘆息した。

「……まぁいい。なら、これまで通りそちらで寝ればいい」

 反対側の壁に扉が現れ、開いた。

 え? 開けゴマってこと?

 驚いて駆け寄ってみれば、ドアの向こうは私に割り当てられた部屋だった。

「ああ、空間移動できるドアなのね」

「違う。すぐ隣がお前の部屋だ。通称妃の間と呼ばれている」

「…………」

 たっぷり十分は黙っていたと思う。

「なんて所に私を入れるのよ?!」

 やっぱり怒鳴らせてもらう。

 それじゃあ、この国の人たちは私が妃になると知ってたってことじゃないか!

「早いうちからお前を妃にするつもりだったからだ」

「私の意見もききなさいよ!」

「帰られては困る」

 まさかと思うが、フェイたちは知ってて黙ってたのではあるまいか。たぶんこの推測は当たっている。

「とにかく! 私はジュリアスのお妃にはならないし、城も出て行かせてもらうから!」

 自分の寝室に飛び込み、ドアへ駆け寄る。しかしこちらもカギがかかっていた。

 ……閉じ込められた。

 顔色が悪くなるのが分かる。

「こちらで寝ないというのなら、そちらで寝ろ。最大限の譲歩だ。ドアは朝まで開かないようにした」

「今すぐ開けて!」

「迷子になるぞ」

 ……それはそうだ。

「……分かった。こっちでいい。でもその代り、こっちには来ないで」

「私が行くのもいけないのか?」

「いけないに決まってるでしょ?! そういうことする人は大嫌い!」

「嫌い……」

 ジュリアスはしばらくその単語を反芻し、うなずいた。

「分かった。ならばそれぞれの部屋で眠ろう」

 物分かりがいいんだか悪いんだか分からない皇帝だ。

「間のドア消してよ。開けっ放しにしないで」

「お前を見張るためだ。そのままにする」

 そんな無茶な。

 そうだ、ジュリアスが寝たら抜け出してやろう。

 大人しく従うふりをして自分のベッドに横になった。

「おやすみ! 一歩でもこっちに入ったら怒るからね!」

「ああ」

 絶対寝るもんか。

 やがて規則的な寝息が聞こえてきた。まったく気にせず寝てるな。

 この状況でよく爆睡できるものだ。もはや感心する。

「……よし」

 そーっと音を立てないようベッドから下り、ドアに近寄る。ドアノブをひねった。

 回らない。

 押しても引いても駄目。魔法がかかったままだ。

 かけた人間が眠ってるとか、意識なくなると解けるんじゃないのか。

 ドアはあきらめて窓にしよう。

 ところがこちらもバリアでも張ってあるのか、近寄れなかった。物理的に壊して脱出するのを防ぐためだろう。

 ここは三階。よくマンガであるシーツを裂いて縄梯子作って脱出っていう方法を試してみようかと思ったのに。

 あちこち探っても、脱出は不可能だった。

 がっくりしてベッドへ戻るしかない。

 ジュリアスの部屋のほうからの脱出は……試したくない。向こうの部屋に入りたくもない。

 最低限こっちに来させるものかと、一晩寝ないでがんばることにした。

 朝になるまで起きてたら、ジュリアスが戸口のところであきれていた。

「一晩中起きてたのか?」

「当たり前でしょうが」

「睡眠不足は体に良くない。今夜からはきちんと寝ろ」

 誰のせいだと。

 睨みつけてやったら、ジュリアスは小さくため息をついて出て行った。


   ☆


 寝不足な私はなんとか朝食はとったが、昼寝させてもらうことにした。

 ジュリアスは公務中でいないから安心だ。

「エリー様、大丈夫ですか」

「大丈夫じゃなない……」

 さすがに寝かせてほしい。怒る気力もない。

「陛下に愛されておいでですね」

「は?! 違う違う! そうじゃないから。ジュリアスが部屋に侵入してこないよう見張ってたの!」

 どういう勘違いしてるのだ。全力で否定する。そんなフェイクニュースが出まわったら死ねる。

 他の侍女たちもこぞって、

「まぁまぁ。照れなくてもよろしいんですよ」

「照れてない。というか、皆私がジュリアスのお妃にされそうだって知ってたのね?」

 疑問をぶつけてみれば、あっさりうなずかれた。

「もちろんです。ですからエリー様にはお妃教育が行われていたではないですか」

 え? あれ、新人研修じゃなかったの?

「そうとは知らなかった……」

 うなだれるしかない。

「みな大変喜んでいます。やっと陛下がご結婚されたんですもの。エリー様は陛下を恐れない唯一の女性。誰もが尊敬しております!}

 そんな尊敬いらない。

「エリー様との出会い以後、陛下は本当に変わられましたもの。今日のお召し物も黒ではありませんでした!」

「そうそう!」

「びっくりです!」

 言われてみれば黒じゃなかった。今日のは群青か。黒に近い色と思うが、これでも充分驚きなようだ。

「しかもエリー様のプレゼントのリボンで髪を結ばれていて。陛下は本当にエリー様を会いしておいでなのですね」

「絶対違うと思う」

 単に結んでみたら楽だったんじゃないだろうか。

「エリー様、これからずっと陛下のおそばにいてくださるなんて、本当にありがとうございます!」

「え……いえ、私は……」

 帰るんだけど……。

 侍女たちのものすごい期待の目で言えなかった。

「あ……う、うん……」

 ひきつった笑みで曖昧にうなずくので精一杯だった。

 とにかく今は寝かせて、と寝室に逃げる。

 寝っ転がってうめいてると、左手の甲の契約印が目に入った。竜の紋章の契約印がはっきり刻み込まれている。

 なお、皇帝(王)が右手、妃が左手と決まってるそうだ。一般的に右利きが多いので、皇帝は右。妃は隣に立った時、つなぐ手ということで左。

 その人の利き手に現れるということではないらしい。私はたまたま利き手になったというだけ。

 両利きとはいえ、やっぱり主として使うのは左なので、そのたびこれが見えるのは精神的にダメージが……。

「―――寝よう」

 ふて寝ともいう。

 私は現実逃避した。

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