第7話 魔王にだまされて結婚させられました

 与えられた課題を私は短期間で詰め込んだ。

 かなりきつかった。受験勉強でもこんなハードじゃなかった気がする。

 でも帰れるようになるまでこの国で暮らさなければならないし、ならばその国や人のことを知るのは大事だ。

 クレイさんは何が問題で帰れないのか調べてくれているらしいが、まだ判明しないという。

 任命式及び結婚推進政策PRの場は色々作法があるらしく、これの練習も大変だった。

 式典当日、私の緊張はピークに達していた。

 幸いスピーチはジュリアスがやってくれるのでないが、ひっそり片隅で生きてきた地味女としては大勢の前はきつい。

 これも仕事と言い聞かせた。

 ドレスを着て、メイクもヘアセットもしてもらって戦闘準備OK。

 ネックレスやイヤリングもつけさせられた。装飾品はいらないと言ったら、「レンタルです」とフェイが言っていた。大臣クラスの役職の女性が装飾品なしで式典は風習的にまずいらしい。

 なら仕方なしと観念した。ダイヤやパールのアクセサリーなど、私にはハードルが高すぎる。レンタル品で十分。壊したりしないよう注意せねば。

 そうしてできあがった鏡の中の私はまるで別人だった。

 プロの技ってすごい。

 感心していたら、ジュリアスがノックもなしに入ってきた。

「準備はできたか」

 今日は式典ということで、白い正装だった。軍服ではあるが、白なのでかなり印象が違う。改心した魔王に見え……るかどうかは定かではない。

 でも見た目はいいので、仏頂面さえなければ文句なしのイケメンだった。長髪美形国王。

 ジュリアス本人は黒を着たがったが、私が説得したのだ。あれ以来全国民の前に出ることは初なので、この機会にイメージを払拭しろと。

「こら。人の部屋に入る時はノックして声かけなさい」

 注意してやったら、ジュリアスは私を凝視して沈黙していた。

 ……あー。

 私は苦笑いした。自分を指し、

「これ? すごいわよね。さすが匠の技。化けたって感じ。私だって分かる?」

「……分かっている」

「いやあ、地味ブス女を見られるレベルに引き上げてくれる技術には脱帽だわ。今日はここまでしてくれた皆のためにも、仕事がんばるから!」

「……そうか」

 ジュリアスはどこか上の空だ。

 彼も緊張してるんだろうか。……ないな。

 そこで思い出し、

「あ、そうだ。ちょっとかがんでくれる?」

「なぜだ?」

「ちょっと届かない」

 ジュリアスは一瞬目をわずかに大きくし、大人しくかがみこんだ。

 私は両腕をジュリアスの後ろに回す。

「…………っ」

 ジュリアスがうめいた気がするが、気のせいだろう。彼の長い髪をリボンで結わき、一つにまとめた。

「うん、これでよし」

「……なんだ?」

「髪の毛。長いと邪魔でしょう? 結ぶとさらに印象変わるしね。顔もよく見えるようになる」

「…………」

 ジュリアスは片手で顔を覆った。

「恥ずかしがらないの、いい歳して。これもイメチェンの一つよ」

「……分かった」

 あきらめたように嘆息し、ジュリアスが手を差し出してきた。

 私は女性なので、エスコートするように入場する。練習通り、腕につかまって歩いた。

 式典会場は神殿ではなく城。政治的なものなので。

 玉座の間は家臣全員が入れるほどの規模で、とてつもなく広い。荘厳な感じがして、私でさえ自然と背筋が伸びた。

 今はそこに人がいっぱい。式典の後はバルコニーに出て、さらに大勢集まっている民衆の前であいさつがある。

 緊張で胃がキリキリするわ。

 大丈夫、これは仕事。手のひらに三回一って書いて飲みこんだし。いるのはみんなジャガイモよ。ジャガイモにカボチャにサツマイモ……ここは野菜畑だと思えばいい。うん、これは豊作だ。今年のできはいいなぁ。

 あらんかぎりの精神力をかき集めて歩き続けた。

 居並ぶ人々の視線は死ぬ気で無視する。好意的な視線なのが救いだ。

 限界に達する前に玉座の前まで来れた。

 よかった、ここまでは大丈夫。こけたりしなかった。

 振り向き、皆に向けて一礼する。

 視線は無視! 無視! ここは野菜畑! 今年は豊作でなによりだ。

 結婚相談役に就任するという誓いの言葉を述べる。

 この役職は前例がないから他の大臣職のを参考にしたそうだが、この宣誓はまるで呪文のようだ。魔法の国だから、一種の魔術契約なんだそうだ。

 雇用契約も魔術で契約なのね。

 ジュリアスも承認するという意味の誓いの言葉を述べている。しゃべりながら書類を出した。

 一枚の紙に魔法陣が書かれており、これがこの国の任命書だそうだ。何て書いてあるか読めないが。

 私の名を指定された箇所にサインする。

 ジュリアスも皇帝としてサインした。

 ちょうど誓いの言葉も終わる。

 ―――その時、任命書が光った。

 おお、さすが魔法の国……。

 と思う間もなく、光が放たれ、私の左手を直撃した。

「きゃああ?!」

 咄嗟に身を翻して逃げようとした。が、いつの間に回り込んだのか背後のジュリアスに取り押さえられる。

「何するの?!」

 光が現れたのは一瞬で、すぐに手へ吸い込まれて消えた。

「一体何が……」

 おそるおそる見てみると、手の甲になにやら文様が浮き出ている。竜が飛び立つようなデザインが魔法陣の中心に描かれている。

 勉強したから分かるが、これはこの国の紋章だ。周りの魔法陣は分からない。

 東洋の竜ではなく、西洋のドラゴン。それが黒く刻み込まれていた。

「なに、これ……入れ墨? タトゥー? ペイントシール?」

 取ろうとしたが、取れない。こすっても薄くならない。

 ムキになってごしごしこすったら、赤くなってしまい、ジュリアスに止められた。

 こんな手順は聞いていない。任命書にサインしたら終わりだと聞いていた。

「ジュリアス、これ何?」

「証だ」

 証。何の?

「この国は役職に就いた人は皆こういう印をつけるの?」

 魔法による雇用契約の証だろうか。

 ふむ、さすが異世界、勝手が違う。

 と思ったら、ジュリアスがわずかに口角を上げている。

 笑ってるの初めて見た。というか、笑ってるでいいのよね。

 どちらかと言えば、言わなくても魔王の危険極まりない笑みだ。凄味がある。

「……何? ものすごい悪党面してるけど……」

「お前が私の妃となった証だ」

 は?

 きさき……って何?

 首をかしげる。

「お前は知らなかっただろうが、今には結婚の宣誓だった」

 けっこん……けっこんって何だっけ?

「我が国では、王国時代から王族の婚姻は独自のシステムがある。魔法の契約書に署名することにより、肉体に契約印が刻まれる。生涯決して消えることのない印だ」

 こんいん……?

 まだ首をかしげ続ける私。

「つまりこれで私とお前の婚儀が終了した。お前は私の妃だ」

「ご結婚、おめでとうございます!」

 クレイさんの掛け声で、一斉に祝福の声があがった。

 こんぎ……。

 けっこん……。

 ここでやっと私の脳が理解に追いついた。

「結婚?!」

 思わず大声を出す。

「結婚ってあの結婚よね?! 夫婦となるってやつ!」

「そうだと言っているだろう」

「な、な、な……」

 口をあんぐり開け、声も出ない。

 なんでそんなことになってるの?!

 二十九歳恋人いない歴=年齢、会社でもどちらかと言えば行き遅れの存在とみなされ、地味で目立たず空気のように生きてきた私が、何をどうしたら魔王と結婚になるのだ。

「わ、私は相談役でしょ?! 今日はその任命式だって!」

「いいや。結婚式だ」

 は?

 は行あの段と?マーク以外何も浮かばない。

 完全に混乱してたから、回避できなかった。気づけばジュリアスの顔が間近にあって、唇を重ねられていた。

「ん~~~~~~~~~~~~~っ!?」

 抵抗という思考すら浮かんでこなかった。驚愕のあまり身動きできない。

 この感触、覚えがある。

 この前見た夢……。

 ……ってことは、あれ夢じゃなく現実か?!

 色んな意味でどよめきと悲鳴があがっている。悲鳴なら私が一番あげたい。

 ふ、ファーストキスなのにぃっ!

 叫ばせろ。だから放せ。

 やっと放してもらえた時、私はもう怒ったらいいのか泣いたらいいのか分からず、真っ赤になって震えるしかなかった。

 こ、こ、この……っ。

「これで儀式は完了だ。今日から私たちは夫婦となる」

 ジュリアスの右手の甲に同じ契約印が刻まれている。

 私には呪いにしか見えなかった。

「……っ、こ、この極悪魔王~~~っっっ!」

 私の悲鳴が響きわたった。

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