第8話


「俺の家は街外れにある。ちょっと歩きますぜ」


 そう言うと、男は先導して歩いていく。

 そんな男に、ここぞとばかりに相沢は口を開き聞きたかったことを言葉にする。

 それは、ここに来て以来ずっと聞きたく、気になっていたことだった。


「ドール界?って人間界とあまり変わりないんですね」


 聞かれた男は、眉をひそめ、首をかしげ、

 なぜそのような質問をするのかという顔をする。


「人形が人の形をしていることがおかしいことか?」


 なんだか当たり前のようなことを言われてしまい

 相沢もただ首を振ることしかできない。


「あんたら人間と同じように、俺たちにだって心はある。

 あんたらが気づいてないだけさ。

 まぁ無理もない、あっちのドールは動かないらしいからな」


 そんな話を聞いても、相変わらず隼人はどこ吹く風で

 片耳で聞きながらボヤリと、ただ街を眺めている。

 隼人は基本的に他人には興味がなく、それはドールに対しても同じで

 ドールに心があろうがなかろうが、隼人にとってはどちらでもいいことだった。

 心があるなら、こちらの心も動くこともあるだろう、その程度にしか考えていない。


 そんな隼人の目に、一軒の店らしき建物が目に止まる。

 華やかな街にはそぐわない、薄暗いその店舗には、

 扉はついておらず、雑貨のようなものが周りを囲う入口が口を開いていた。


 隼人は立ち止まり、その用途不明の雑貨類を眺めていると、中から老婆が姿を現す。

 その老婆は、派手とは言えない布切れのような服をまとい、腰は曲がり、実際よりも小さく見える。

 老婆は隼人を見るなり興味深そうな顔をすると、口を開く。


「ほぅ、珍しいねぇ」


 さも珍しそうに、話す老婆だったけど、それはドールの街に人間がいることが珍しいのか

 その真意は定かじゃなかった。

 それは、あるいはその老婆にもわかっていなかったかもしれない。


「よければ寄っていくといい」


 そう言うと、老婆は隼人たちを店の中へと招き入れる。

 隼人は、一瞬どうしようかと迷ったけれど、何かしら惹かれるものがあったため、

 素直に後につき、それに相沢と、男も続いた。

 内部もやはり暗く、周りを雑貨類が囲む中、奥の壁にはいくつかの木彫りの仮面が飾られいている。

 老婆は、店の奥まで進むと、そこに据えられた丸椅子にゆっくりと腰を掛け、話し始めるのだった。


「それはペルソナだね」


 老婆は隼人を見るなり、興味深い話をしだす。

 その言葉に一番に反応したのは隼人だった。

 そして、目の前で小さくうずくまるように座る老婆を見つめ、聞きたかった疑問を口にする。


「ペルソナって?」


 その声は細く、暗い店内に消え入りそうだった。

 それを受けた老婆は、考え込むようにゆっくりと数回頷くと話し始める。


「ペルソナとはすなわち仮面じゃ」


 それはウサギにも聞いていた。

 その続きが聞きたかったけど、焦る気持ちを抑えて、静かに聞き入る。


「最も、仮面といっても、その壁にかけてあるようなものではない」


 老婆は、少し後ろを振り向き、また向き直ると話を続ける。


「それを付け替えることで、その主の性質を変える」


 ウサギといい、この老婆といい、言っていることが今一つ理解できない。

 そこまでは、ウサギの言っていたことと変わらない、ただ一つ、新しい言葉が出てきたのを

 隼人は見逃さなかった。


「性質?」


 人の性質とは何なのか、それは隼人にとってそれは聞きなれない言葉で、

 そんなこと考えたこともなかった。


「質じゃ、すなわちそれは表面上を変えるに過ぎない

 人の格、すなわちコアの部分は変わらない」


 老婆はそう言うと目を細め、どうやら相沢さんを見ているようだ。


「何、珍しいものじゃない、気づいていないだけで誰もが持っている」


 そして隼人に向き直るとまた話し出す。


「ただ、君のそれは少し強いようじゃがな

 強力なそれは、身体に及ぶこともあると聞く

 じゃがな、万能というわけではない、使用し続ければその身を削る」


 その話を隼人たちは黙って聞いていた。


「どうもお前さんのカクはまだ眠っているようじゃな……」


 老婆は隼人に言うとでもなく、ぼそぼそと口の中でそういう。


「どれ、いいものをあげよう」


 老婆はそう言うと席を立ち、奥へ進むと、何かを探し持ってくる。


「これは道具にペルソナの力が封じ込められたもの

 それと同じく、この道具も質を変える

 最もわしには扱えないがな

 お前さんならあるいは」


 そう言って、その老婆は握るとちょうど収まる程度の大きさの金属の丸い棒を隼人に手渡す。

 それは重くもなく、軽くもなく、程よく隼人の手にフィットするのだった。


「何かの役に立つかもしれない、持っていくといい」





 その家は、街の外れの、住宅街のようなところに建っていた。

 そこは民家が密集し、散歩をする人や、ガーデニングに夢中になる人やが見受けられ、

 街中に比べると、のどかな雰囲気を思わせる。


「ここが俺の家さ、何もないところだけどゆっくりして行ってくれ」


 男はそう言うと、緑の芝の広がる黄色い家を指さして、隼人たちを招き入れた。

 黄色は幸せの象徴、きっとこの家族は幸せなのかもしれない、そんなことを思う隼人だった。


 家に入るなり、甲高い声が響く。


「あんた!どうしたのそれ?」


「いや、ちょっとな」


「ちょっとじゃないでしょ!」


「お客さんが来てる、今はよしてくれないか」


 その女性はどう見ても混乱してるようだった。

 無理もない、夫の顔は腫れ上がり、見ず知らずの者を連れてきたのだから。

 それからしばらく、話し合いが続き、隼人たちは、居間のようなところに招き入れられた。

 あの後の話し合いは、怒鳴り合うようなものではなく穏やかなものだった。


「お見苦しいところをお見せしてごめんなさいね。

 夫を救ってくれたこと、私からもお礼を言わせてもらいます。

 こんな夫ですけど、私にとっては大切な人ですから」


 その夫人は、少しふくよかな温かそうな女性で

 困り顔と、笑みとの混ざった表情で、お礼をしてくれた。


「こちらこそ突然お邪魔してしまってごめんなさい」


 やはり、口を開くのは相沢で、丁寧にお礼をするのだった。

 隼人にはまねができないことなので、いつも聞いていて関心をする。


「お食事の支度をしますから、ちょっと待っててくださいね」


 そう言うと夫人は奥のほうへと消えていくのだった――――

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