第6話
その言葉を唱えると、隼人の脳はすっと晴れ、感覚が研ぎ澄まされるようだ。
そして別の何かになったような感覚が隼人を襲う。
「隼人、君?」
相沢が少し不思議そうな声を出すけど、隼人はその言葉を気にせず歩き出し
男の傍に行くと言いたかったことをそのまま口に出す。
「少しやりすぎじゃないのか?」
そう声に出した隼人だったけど、一番驚いていたのはもしかしたら本人だったかもしれない。
何にしても男にとってはそんな隼人の行動は気に障ったようだ。
「なんだぁ? 兄ちゃん、なんか文句あるのか?」
その男は、威勢よく啖呵を切ってくるけど、それは言葉と体が伴っていないように思える。
もうその時には、体力も使い切っていたようだし、手も怪我していたためか、
その言葉に勢いのようなものは感じられない。
「もう気が済んだんじゃないか?」
隼人はなるべく優しく語り掛けると、男はフラフラと立ち上がるり
隼人の胸ぐらを掴んで睨みを利かす。
隼人も負けじと、男を睨むと、胸倉を掴んできた相手の手を強く握り返した。
「チッ」
その男は案外素直だった。
それは、時間が経って怒りが冷めたこともあったろうし、
残りの体力、手の状態などを考え、これ以上の喧嘩は無益だと考えたからかもしれない。
男は隼人の襟を離すと、忌々しそうに立ち去っていった。
「隼人君」
相沢が心配そうに隼人に駆け寄るけど、その表情は複雑なものだった。
「隼人君、大丈夫?
いつもの隼人君じゃないみたいだった……」
それは隼人自身も感じていたことだった。
これがペルソナの力?それはまるで自分じゃないようだった――――
◇
「ありがとう、ございます」
顔の歪んだ男は、隼人のもとに近づき、話しにくそうにそういった。
口元にはまだ血が滲んでいて、口の中まで赤いようで、
口を開くと、唾液と血とが混ざり、赤い糸を引く。
「何があったの?」
相沢はそんな男に少し近づき、
隼人が何もしようとしないのをじれったく思ったのか心配そうに口を開く。
「あいつらがあまりに店の中で騒いでるから、注意したんでさぁ
俺の女がどうとか言ってまして
あんたにも問題があるんじゃないのかっていったら
この始末でさぁ」
隼人と相沢は、その話を黙って聞いていた。
それにしても、その程度であれだけのことをするのは酷いと思えた。
殴っていた男の勢いから見ると、普段から乱暴なのか、あるいは酒の助けもあり、
件の女のことを相当憎んでいたのかもしれない。
そして相沢は、思うことがあったようで口を開く。
「相手の事情もあるでしょうし、知らずに口を挟むのもどうかと思いますよ」
その言葉を聞くも、男はただうなだれるだけだった。
味方をしてくれるはずの人に注意されたのだから無理もないかもしれない。
「それよりあんたたち、人間か?珍しいな」
それに対して隼人は、何も口にすることなく、こくりと頷く。
隼人の中には、確かに自分は人間だと、そんな思いしかなかった。
それに、目の前のドールも人と変わらないこともあり、隼人にとっては
何が問題があるのかわからなかった。
「最近になって、皆の心がすさんでるときく
人間のあんたならなんとかできるかもしれない
現にあんた、簡単にあいつを沈めちまったしな」
ウサギの言っていたバランスとはこのことだろうか、
今の隼人と、相沢には分からないことが多すぎた。
ただ言えることは、件のウサギも、このドールも人間に何かしらの期待を寄せているということだった。
「あんたら、寄る所もないだろう、うちに来てはどうだ」
隼人はなおもだまり、どうしていいのか分からないのか、頷きもしない。
確かに、泊るところも決めてはいなかったし、あてがあるわけでもなかった。
だけど、隼人にとっては、人とかかわることが面倒でしかなかった。
やはり、見かねた相沢が口を開く。
「ご迷惑じゃないですか?」
「救世主様かもしれねぇ、歓迎したい
それに、助けてもらった礼もあるしな
いてててて」
思い出したように、相沢はハンカチを手渡そうとし、使うようにと告げる。
「そんな奇麗なハンカチ使えねぇ
口をゆすいでくるから待っててくれ」
そう言うと男はまた、店の中へと消えてゆく。
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