第三章 Another

そういう趣味もあるのか (前編)

「このような感じでいかがでしょうか」

「うんうん、そうそう、そんな感じ!」

 何の気なしに談話室へと入ると、何やらプニカとナモミが密接に何かを話し込んでいる様子だった。あまり深く立ち入らない方がいいだろうか。そう迷っていたらナモミと目があってしまった。

「何の話をしているんだ?」

 渋々というと語弊はあるが、無視を決め込める勇気もなく、そんな必要性も特には思い付かなかったので一先ず踏み込んでみる。

 見てみると、プニカは端末を操作して、何かのカタログのようなものを展開していた。見た感じ、部屋のレイアウトだろうか。

「ああ、ゼク。ちょっとプニーに頼んで部屋を改装しようかなって」

「なるほど」

 居住区の部屋はカスタマイズができる仕様なのは知ってはいたが、特には気にしていなかったから俺の部屋はデフォルトのままになっている。

 真っ白な空間にポツリとベッドが置いてあるだけだ。十分な広さは確保しているし、何より生活する上では不自由もしていない。

「ゼクラ様も何かご要望ありましたら承ります」

「ま、まあ、俺の方は後でいい。ナモミはどんな部屋にする予定なんだ?」

 広げられたパーツや家具は随分と変わっている気がする。パッと見でも木製のものが多いように見えた。デザイン性という意味では少々高級のようにも思えるが、機能性という面ではそもそも機械の類いが内蔵されていないものばかりだ。

 これはもしかしなくても、ナモミの生きていた時代にあった家具なのだろう。またプニカが何処かからかデータを集めてきたらしい。

「ええとね、こっちのカラーリングで、家具はこのくらいのがいいかな」

 ナモミが指先でシャッシャとなぞり、目の前でミニチュアの部屋が仕上がっていく。俺の知らない時代のものだからということを加味しても、可愛らしい女の子趣味の部屋だということくらいは流石の俺でも分かった。

「こんな感じ」

「そ、そうか」

 そう言ってナモミはこちらに視線を返す。

 そういう趣味もあるのか。

「窓の設定はいかがなさいましょうか」

「風景も色々と選べるのよね……、なんか贅沢っていうか」

 そう言いながらも、ミニチュアのナモミルームの壁際に設置された窓枠の中に緑の生い茂る山らしき映像やら家屋と思わしき建造物の建ち並ぶ映像やらが次々にスライドされていく。何処まで再現できるんだ。

 元が真っ白だらけのシンプルなデフォルトルームだったとは思えないほど全く別物へと模様替えされたミニチュアが完成していった。

 なんだか、女の子の部屋を覗き見ているような変な気分だ。まあその通りではあるのだが、はたして俺はこれを傍から見ていてよかったのだろうか。

「うーん、こんなところかな。ありがとうプニー」

「分かりました。では、この通りにナモミ様の部屋の工事に取りかかります」

「どのくらい掛かるのかな?」

「直ぐに終わります」

 サクッと一言、そういってプニカは手元の端末を操作していく。たった今まで投影されていたミニチュアの部屋がパッと切り替わったのかと思いきや、口を開く。

「工事が完了しました」

 いや、それはさすがに早すぎだろう。元々ろくに家具のない部屋だったとはいえ。

 そこに映し出されていたのはシミュレーションされたミニチュアの部屋ではなく、実際の部屋の映像だったらしい。

「プニーすごい!」

「もし、追加で必要な家具がございましたら直ぐに手配します」

 無表情でプニカが言う。

 アクセス権限を付与されているという事実は、俺が思っているよりも大きな力なのかもしれない。ナモミが生きてきた時代、即ち七十億年も前のデータを再現するなんて、俺からしてみれば禁忌のオンパレードだ。

 どうしてそこまでのことができて、自身のクローン技術を復元するにまで至れないのかが少々疑問ではある。

 まあ、当人が言っていたように、それらのデータはたまたまナモミの入っていたネクロダストや、これまで回収してきたものから集積されたもので、直接的に過去のデータを引き抜くことはできないのかもしれない。

 そこまで自在にできてしまったら神にでもなれてしまいそうだ。

 一応、人の形をして人の成分を持った生命とも呼べない何かくらいなら造れるとも言っていたし、クローン自体が全くできないわけじゃないのか。なんでもかんでも万能にこなせるわけではない。ただ、全てを完璧にできないだけなのだろう。

「さて、ゼクラ様。何かご要望はありますか?」

 きょとんとした顔でこちらに向き直る。

 そういう顔でそう言われてしまうとそのまま断る気もなくなってしまう。

「あーっと、そうだな。少し欲しいものがあるんだが……」

 などと、白々しくも言ってみたりする。

 プニカがその端末を起動すると、やはりかなりのバリエーションに富んだ部屋のレイアウトや機能美に溢れる家具がズラリと並んでくる。見たことも聞いたこともないようなメーカーから俺ですら知ってるメーカーの名まで網羅されていた。

 一体どういう品揃えをしているんだ。カラーもサイズも、また部品単位でのカスタマイズまでできる。まるでそういう業者か何かのようだ。

 そういえば、ここは人類居住用のコロニーだったか。

 人類が生活する上で不自由のないように設計されているのだから、あらゆる生活用品を取りそろえていて当然とも言える。

 それまで簡易なベッドで満足していたときのことを思えば、なんともはや贅沢が過ぎる。寝て起きて、食事も摂れて、怪我や病気の治療が十分にできればそれでいいと思っていたが、そうか。生活を充実させるということが俺の視野になかったようだ。

 これはこれとして選ぶのが大変だ。選択肢の幅が広すぎる。

 ナモミのように自分の馴染んだ時代の調度品で統一していくのもありだとは考えたが、そもそも生活に彩りを求めていなかった俺にはほぼ無縁な話だった。

「うむ。とりあえず、この辺りをソファを。あと窓を付けるのもいいか」

 無難に無難にと考えていたら、結果として必要最低限のものしか選べなかった。

 ナモミのときと同じく、部屋のシミュレーションされたミニチュアが形成されてでてきたが、前の部屋とそんなに代わり映えがしないように見えた。

「はい、工事が完了いたしました」

 そして、淡々と終わってしまった。

 あえてカスタマイズする意味があったのかどうかは不明だ。

「なんやおもろそうなことしてんなぁ」

 そこはかとない虚無感に苛まれ掛けていたところ、やや後頭部、頭上からふわふわとした声が聞こえてくる。その正体は明かすまでもない、キャナだった。

 その言葉と同様にふわふわと俺たちの頭上ら辺を浮かんでいた。

「あ、お姉様。プニーに頼んで部屋の模様替えしてたとこなの。お姉様もどう?」

 上を見上げてナモミが声を掛ける。

「うみゅ~、せやな。うちの部屋にも色々と欲しいもんあるんよね」

 ふわふわと泳ぐように身体を捻らせて、どうにも降りてくる様子はない。

 大体の理由は察せるが、おそらくはプニカとの接触を避けているのだろう。

 キャナはどうにもプニカに苦手意識を持っているようだからな。

「じゃあ、プニちゃん。お願いできる?」

 ふわふわそろそろと恐る恐るプニカの目の高さくらいまで降りてくる。どんだけ近寄りたくないんだ。別にプニカは噛みついたりはしないぞ。

「はい、承ります。どのような部屋をご要望でしょうか」

「うんと、じゃあちょっとあれなんやけど~」

 半ば逆立ちに近い恰好のまま進める。

 ツッコミを入れなくてもいいのだろうか。この光景。

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