古の王妃 (4)

 ※ ※ ※


「振り切ったか?」

 レーダー内に映り込む点滅しているソレを目で追う。数は大分減らしたはずだが、それでも両手を使っても数えられるような数ではないということは分かる。

「こちらを追尾しているものは今のところ確認できません」

 ザンカが息を切らせ言う。溜め息一つつく余裕すらなかったのだから仕方ない。

「バッカじゃねぇのか……なんだよ、あの数はよぉ」

 ヘトヘトの面でジニアが床に座り込む。今回のはさすがに堪えたのだろう。

「ステルス、正常。航路まで軌道修正。予定をやや超過……」

 ズーカイが何やら聞き取れないほどの小声をもらしながらもフル稼働中だ。ここまで持ちこたえられたのもズーカイのおかげ以外のなにものでもない。

「まったく、私も、冷や汗かいた、ゾ」

 ゴリゴリと鈍い金属の擦れる音を立てながらもゾッカがへたり込む。半身が機械なのだが、汗をかく器官はちゃんと正常に働いているのだろうか。

「ああ、危うく宇宙の塵になるところだったな」

 本当にシャレになっていなかった。

 識別信号から敵対組織の把握までは順調だったが、まさかその全てが『サジタリウス』号を狙ってくるとまでは予測していなかった。縄張りを避けていけば、交戦も最低限に抑えられると考えていたが、それが甘かった。

 どうやら最初から取り囲む予定で待ち伏せされていたらしい。そこまでするか。

「想定していたよりも消耗が激しかったせいで、このままでは目的地までに持たないかもしれません」

「補給できそうなところはあるか?」

 質問への答えのように、ズーカイの手元からソレが出力されてきた。

「この惑星であれば、十分に物資を整えられると思います」

 見たところ、自然惑星に見えた。データを一読した感じでは、あまりお世辞にも治安がいいとは言えない比較的小さな星だ。半端に開拓された資源惑星なのだろう。

 この手の星は色々と訳ありも多く、素性の分からないゴロツキが闊歩していたりと問題を抱えている側面もあるが、それと同時に面倒なことを隠すのには丁度いい。

「分かった。ズーカイ、そこへ向かおう」

「分かりました」

「やれやれ……とんでもない代物を引き受けてしまったみたいですね」

「ザンカ、お前にはこの惑星についてをもう少し調べてもらいたい」

「はいはい、了解です。また余計な面倒ごとは勘弁ですからね」

 そういって重い腰を持ち上げ、解析を開始する。何事もないに越したことはない。

「一応、敵対組織の反応はない感じですが、息が掛かっていないとも言い切れません。なんといっても何処にも所属していない無法者の地みたいですしね」

「安全に調達はできると思うか?」

「この惑星は機械民族マキナが常駐しているわけじゃありません。相手は生身の人類が殆どですよ。我々が武力差、戦力差で劣ることはないでしょう。こちらが事を荒立てなければ安全といえるのではないでしょうか。ま、身の振り方次第ですね」

 それを本当に安全といっていいのかどうかはさておいて、目的は達成できそうだ。

 今回の襲撃は、本当に想定の範囲外だったと言わざるを得ない。いや、襲撃されること自体は想定していたことなのだが、向こうの本気を見た気がした。

 一体俺たちは何を任されてしまったのだろう。なるほど、運搬ではなく護衛という言葉がしっくり、ぴったりと当てはまる。

 古の王妃というのもあながち極端な喩えではないのかもしれない。

「振り切ったとはいえ、また何処から攻撃されるか分からない。警戒は解くなよ」

「もう少し休ませろい!」

 バカ言うな。

 いくらステルスが正常に機能しているからといって、完璧に相手の目を眩ませられる保障など何処にもない。現に、幾分か追尾されてしまっていた。

「オレ一人だけで何機潰したと思ってやがる」

 多分、一人当たり数百は優に超えてると思うが。

「ゼクラ、さんの、数には、足下にも及ばない、と思う、ゼ」

 はっきり言って、数えていない。

 迎撃も追撃もやれることをやりきって、正直ヘトヘトすぎる。今も尚、猛烈な目眩と頭痛に苛まれている最中だ。

「結局Zeus、使っちゃいましたしね。ぶっちゃけ顔色悪いですよ、ゼクラさん」

 著しく体力を消耗するから使うつもりはなかったのだが、それほど仕方のない状況だったとも言える。

「ゼクラ、お前が倒れたらオレぁどうすりゃいいんだよ」

「あまり頼ってくれるな。いざとなれば補充要員も検討しておけ」

「お前の代わりを務められる奴がいるとでも思ってるのかよ。長いこと組んできたチームじゃねぇか」

 不穏な空気が流れている。まだ任務は開始したばかり。出発地点からまだ半分の半分も進んでいないというのに、これから向かう先はそこからさらに遠のく回り道。

 前途多難をこれほどまでに具現化した状況下はこれまであっただろうか。思い返してみても懐かしい記憶しか蘇ってこない。なかなか久しいピンチの渦中のようだ。

「ふぅ……ま、俺が倒れないためにも、お前らには存分に頑張ってもらわないとな」

 そう返すと、脱力したようにジニアがガクッと頭を落とす。やってられっか、とでも言わんばかり。

「さてと、何があるか分かりませんし、またステルスを強化してきますよ。あと、損傷箇所もチェックしないと。ゾッカさん、あなたの手がないと無理です。この人もこんな調子ですし」

「やれやれ……、私も、休みたい、のだ、ガ」

 ずるずるとくたびれた身体を引きずるようにしてゾッカが退場していく。そしてその直ぐ後ろにザンカもついていく。

「わぁーったよ、やりゃあいいんだろ。待てよ、おい」

 それを追いかけるようにしてジニアも後を追っていった。

 途方もない疲労感がドッと押し寄せてきた。まだ緊張感を解いていいような状況じゃないのに。

「ゼクラさん、休まれては」

 その場に残ったズーカイがこちらを振り向くことなく、シンプルに一言。

「お前もほどほどにしておけよ」

 お互い様で、人に言えた義理ではない。

「僕はもう少しルートの最適化を検討してます」

 相変わらず真面目な男だ。真っ先に倒れるのはズーカイなんじゃなかろうか。

「分かった。そっちは任せた。何かあったら直ぐに報告してくれ」

「了解です」

 ズーカイのシンプルな返しを受け取りつつも、俺はその場を後にした。

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