第三十八章
無法地帯
あれから特に交戦することもなく、『サジタリウス』号はルート通り、順調に進路をなぞっていた。にも関わらず、あまり休めた気がしないのは、やはり緊張を張りっぱなしだったせいなのかもしれない。
「ようやく見えてきましたね。あれが惑星『カリスト』です」
「ふぅ……やれやれ、ちったぁ休めるといいんだがな」
事前に確認した情報通りの自然惑星がそこにあった。周囲には随分と型の古そうな機体がそこかしこを漂っている。中にはスクラップみたいな船まであるくらいだ。
恐らくは、喧嘩の痕なのだろう。マナーのいい連中が揃っているようには到底思えない。一見すると船の墓場と思わされるほど、景観は最悪だ。
想像していたとおりの無法地帯。今からそこに休息をとりに行くのかと思うと、かえって気が重くなりそうだが、まあ、さっきまでの交戦続きに比べれば大したこともないだろうと思っている自分もいる。
「それにしても、『カリスト』なんて立派な名前がついているんだな。てっきり無名の惑星だとばかり」
「昔は機械民族の管理下にあって、それなりに賑わっていたそうです。人類側の権利者が私利私欲のために資源を横流ししたことがバレて、それが怒りに触れて切り捨てられた、といった記録が残されてます」
その切り捨てられたところの下りに関しては言及しなくてもいいのだろうか。
「以来、無人の惑星となり、いつの間にか無法者達が住み着くようになって今に至るようですね。こちらが以前の『カリスト』の姿です」
そういってザンカが差し出してきた映像には、今とは似ても似つかないようなものが写っていた。見るも美しい惑星だ。自然も豊かで、楽園という言葉が相応しい。
一体何をどうしたらこんなことになったのだろう。
荒れ果てた荒野、汚染された土壌、果てやゴミ捨て場のような惨状。好き好んでここを訪れようとするものの気がしれない。
「一応、改めて確認するが、この『カリスト』で物資の補充はできるんだよな?」
急に不安を覚えてきた。
「未だ地下資源はあるようで、それ目当てにくる者もいるみたいですよ。燃料や武器くらいなら調達できるでしょうね。こちらとしてはせいぜい粗悪品を掴まされないように注意するくらいでしょうか」
金に卑しい連中が商魂たくましく生き長らえている様が目に浮かんだ。
「おいおい、大丈夫かよ。ぼったくりは勘弁だぜ」
「ま、多少、は目をつむる、べきだろ、ウ」
「盗賊に怯えるような立場でもないでしょうよ」
それはごもっともだ。
向こうがコードZに匹敵するような戦力を兼ね備えているというのなら用心すべきなのだろうが、有象無象、烏合の衆。いざとなれば、強硬手段も検討するだけだ。
「通信要請、感知」
先ほどまで黙り込んでいたズーカイが唐突に口を開く。
「信号を合わせて繋ぎますか?」
外部からの通信か。あまりいい予感はしないが。
「繋いでくれ」
「了解」
ブツン、ブツン、ザザザと、かなりの雑音が混じってくる。よほど質の悪い通信端末を使っているようだ。
『オマエラ・ヨソモノダナ。ダレニ・コトワッテ・シンニュウ・シテ・ヤガル』
うぅむ。聞き取れはするが、かなり音質が悪い。これだったらゾッカの方がずっとマシだ。内容からも察するに、ただ絡んでいるだけのようだし。
「今、攻撃を受けました。軽微な光線です。損傷、無し」
少しでも揺れたか? 何も感じなかったな。『サジタリウス』号にダメージを与えられるような性能すらないらしい。やはりただのゴロツキか。
『カリスト・ニ・ハイリタケリャ・カネヲ・ヨコシナ!』
これからこういう連中をたくさん相手していかなきゃならないと思うと、なかなか気分が重くなるというもの。ある程度補給したら直ぐに発つべきだろう。
「挨拶くらい返してやろうぜ」
ジニアがヘヘヘと愉快そうに笑ってみせる。
そして端末を操作し、『サジタリウス』号からレーザーが発射された。
『ウ・ギャー! ナ・ナンダー!?』
視界の端くらいに、スクラップの中に紛れたオンボロの船が見えた。
「向こうはバカなんでしょうか。こんな分かりやすい場所から喧嘩をふっかけたら反撃食らうでしょうに」
「多分、スクラップの中に隠れているから見つからないと思ったんじゃないか?」
俺でも目視できるレベルだったんだが、まあ確かにどこもかしこもゴミにまみれているから、向こうからすれば見えない相手から攻撃しているぞ、とかなんとか思っていたのかもしれない。
そうでなくとも、こっちにはザンカがいるんだ。例えステルスで身を隠していたって位置情報などバレバレだ。
あと、おそらくだが、スクラップを壁にして身を守っていた可能性もある。
そうだとしても、『サジタリウス』号ならばその程度の壁など容易に貫通できる。
喧嘩を売る相手が悪すぎたな。
「なあ、ザンカ、もう面倒くさいから完全迷彩のステルス発動して燃料とかそういうの全部盗んでいこうぜ」
面倒くさいにも程がある。一番手っ取り早いが。
「だからさっきも言ったでしょ? もうこっちも燃料カツカツなんですよ。いくら無法地帯だからといって略奪なんて後々面倒ですし。というか、勝手にレーザーも撃たないでって言いましたよね?」
「本末転倒」
ズーカイが追撃する。
「せめて『カリスト』に着陸するまではステルスにしてもよかったかもな」
今更といえば今更ではある。
「節約は大事」
シンプルにズーカイから返された。
「連中を振り切ってからここにくるまでにもステルス展開で消耗してきましたしね。あまり滞在期間を延ばしたくないので各自自重願いますよ」
口調を強めてザンカが言う。
そうこうしているうちにオンボロ船が逃げようとしていたのだが、この場にいるものは特に気に留めている様子もないようだ。
あまりにも無害すぎて眼中にないといった方が正確か。
『クッソ・オボエテ・ロ――』
何か言ったような気もしたが、無情にもズーカイの手によって通信も遮断された。
無様という他ないな。
「成層圏内に入ります」
何事もなかったかのようにズーカイが進めていく。もうあのゴロツキのことは頭から抜けてしまったようだ。無駄に気を張っている方がバカらしくなってくる。
「あまり気を抜くなよ」
と気の抜けた声で言ってしまった。
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