サジタリウスの軌跡 (2)

 この戦艦『サジタリウス』号は、前はもう少し人員が多かった。だが、あいにくと俺たちは常勝無敗の集団ではない。時には戦場で散り、時には向こうの都合で処分されてしまうこともある。

 いつかは俺もこの船を降りるときが来るのかもしれない。はたしてそれがどのような形になるのかは想像も付かない。俺たちは所詮、使い捨ての兵器に過ぎないんだ。

 ザンカ、ジニア、ズーカイ、ゾッカ、そして俺、ゼクラを乗せた戦艦『サジタリウス』はいつ誰が欠けるかも分からない、いつ終わるかも分からない戦いの旅路を今日も突き進むばかり。

「ところで、ゼクラ、さん。Zeusの調子はどうです、カ」

 ゾッカがコキコキと首をならしながら訊ねてくる。相変わらず変な雑音の混じった声で。

「調子は、まあまあだな」

 と、返しておく。

 こいつと出会った当初は万能翻訳機の故障なのかと思っていたが、そうではなく、何やら独自の翻訳機を搭載しているせいなのだそうだ。だったらもう少し調整してもらいたいところなのだが。

 ゾッカもジニアに負けじと劣らない高度な技術を兼ね備えたメカニックだ。しかしどうにも胡散臭さが抜けきらないのは、その外見のせいだろうか。

 半身はちゃんと生身の人間だが、そのもう半身はガラクタを取り付けたかのような奇怪な機械の身体をしている。一体何処でそんな手術をしてもらったのかは知らないが、あまりにも不格好が過ぎる。

 所謂、機械人形オートマタと呼ばれるものなのだが、ゾッカは俺の知る限りの機械人形の中でも最も未完成のように見えてしまう。

 当然のように戦闘には不向きで、身体的能力は見た目の通り。動く度にスクラップがこすれ合うガシャガシャ音がして隠密行動にも向いていない。ザンカがいたからこそ補えている部分はあるが、知識量もかなり乏しいし。

 よくもまあ、この過酷な『サジタリウス』号でこれまで生き残ってこれたものだと感心するばかりだ。

「Zeusが変な動作を、したら言ってください。何か手伝える、かもしれませんか、ラ」

 ザリザリとした雑音を混ぜながらも優しく言われる。言おうとしていることが聞こえないことはないのだが、調子が狂う。

「ああ、そのときは頼むよ」

 そういってゾッカは眠そうなジニアの背を追うように操舵室からガシャンガシャンと音を立てて出ていった。

 頼りになる男だし、信用のできる男だとは認識しているが、実に胡散臭い男だ。まるで違う次元から這い出てきたような異質感さえあるくらい。本人を前にしてソレを口にする気は毛頭ないが。

「ゼクラさんも休める時に休んだ方がいいですよ。やっぱり疲れた顔してますから」

 おびただしい情報の流れるディスプレイを操作しながら言う。

 それをザンカに言われてしまうと何か矛盾を感じてしまうところだが、到着までの時間も十分あることだ。やはり少しくらいは休んでおくか。

「お互いにな。お前もあまり根を詰めすぎるなよ」

 さっきまですぐそばにいたズーカイもコックピットのスペースに立って、また何やら無数の計器のデータをチェックしている様子だ。

 頼もしい仲間たちに囲まれて感無量とでも言っておこうか。何度死線を潜り抜けてきたのかもう数え切れないくらいだ。

 次なる戦場では俺も仲間たちの期待に応えられるようにしないとな。


 ※ ※ ※


 小休止を挟んで間もなく、戦艦『サジタリウス』号は、その目的地となる場所の近傍へと辿り着いていた。そこは事前の情報と大差ない惑星だった。表面が銀色に包まれ、ところどころが深紅の境界線によって区分けされている。

 一目見ただけでそれが自然のものではないことが分かるだろう。それは機械民族マキナの手によって作り出された惑星。そしてこれより、俺たちの手によって破壊される惑星だ。

「では、ゼクラさん。このルートを記憶してください」

 そういってザンカから惑星規模のマップデータを転送される。パッと見、糸くずのかたまりでできたボールのようだ。かなり膨大だということは言うまでもない。

 ギリギリのギリギリまで詰め込まれた証拠ともいえるだろう。

「僕からも。『サジタリウス』号の進行ルート、あと追跡パッチです」

 ズーカイからもデータを渡される。出力してみると、『サジタリウス』号を模した小さい立体映像がキレイな軌道を描いて、目の前のある惑星と同じモデルの惑星を衛星のように旋回していく。

 そして瞬きする間に『サジタリウス』号は惑星から離脱していった。

 これが一体何を意味するのか言うまでもないことだが、このシミュレート通りに計画が進むと言うこと。うっかり『サジタリウス』号の方角を見失えば、俺はこの惑星に取り残されるということだ。

 さすがの俺も、全速力で飛び立つ『サジタリウス』号の速さを超えることはできない。タイミングを逃せば全てが終わる。

「陽動はオレらがしっかりやっておくから心配すんなよ、へっへっへ」

 相も変わらず愉快そうに笑ってみせる。

「こっちは、お任せ、ください、ネ」

 雑音混じりにいい笑顔を見せられた。

「頼んだぞ、お前ら」

 さて、こちらも準備万端だ。マスクを頭から被り、『サジタリウス』号の昇降機へと足を進める。無機質な機械駆動音と共に俺の身体が放り出されていく感覚に包まれる。重力管理領域を抜け出ていっているのが分かった。

 途端に、俺の世界から縦と横の概念が消失する。もう酸素もないはず。到達した場所は『サジタリウス』号の末端。ここより出発し、あの惑星へと向かう。

『第一ゲート、オープンします』

 ザンカの通信が聞こえる。

 それを合図にZeusを起動する。俺の身体に融和した金属が浸食していくように広がっていき、手の先、足の先、頭の先までを覆い尽くしていく。

 夥しい情報量が脳内を巡り、世界の全てが泥のように鈍くなっていった。正確に言うならば、俺自身が恐ろしく加速して、思考能力が全てを追い抜いているんだ。

『最終ゲート、オープンします』

 ザンカの声を明瞭に聞きとる。

 随分待たされた気がする。もう一眠りする余裕があったと思わされるほどに。しかし実際には何分と経っていないはずだ。

 目の前のゲートが、口を開くように大きく分かれ、その先に漆黒の宇宙を漂っているあの銀色に覆われた惑星が姿を現す。

「行ってくる」

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