第三十六章

サジタリウスの軌跡

 我らが戦艦、『サジタリウス』号は、次なる戦場へと向かい、少々長い航路についていた。このような旅路も、かれこれどのくらい繰り返されてきたことか。果たして後どれくらいの仕事が待っているのか、考えるのもくたびれそうだ。

 決してピリピリした空気ではなかったが、この広い操舵室はそこはかとない緊張感がそれとなく漂っている、そんな状態を保っていた。

 ふと、外の状況をモニターに投影する。そこには星々の瞬く銀河が見えていた。

 いくつかの星の位置からポイントを参照してみたところ、まだ目的地には少し時間が掛かるらしい。

「どうしましたか、ゼクラさん。随分とまあ疲れた顔してますけど」

 両腕いっぱいにつけた複数の端末を一斉に操作していたザンカが、振り向きざまにこちらへと声を掛けてきた。相変わらず面倒くさそうな情報処理をしているようだ。

「コイツの調子が気になってな」

 と、手元のソレを見せてみる。見た目だけならばソレは手のひらに収まる程度の筒状の金属。機械の部品余りのようにも見えなくもないが、一応これはこれで完成品となる兵器だ。

Zeusゼウスですか。まだ試作段階とはいえ前回はあれだけの成果を出しましたし、あれからまた調整したのならいい具合にチューニングはできているんじゃないですか?」

 投げやりっぽく言われてしまった。何せザンカには、いや俺以外にはコイツをまともに扱うことなどできない。いくらザンカが情報解析のプロフェッショナルといえども、明瞭な答えを示すことはできないんだ。

「悪くないと思います」

 横からズーカイも割って出てきた。また短い感想でまとめやがって。

「ま、今度は上手くやってやるさ。ところでズーカイ。状況は?」

「ゴフェル係数で二日」

 指二本を立ててきた。シンプルな答えだ。それはつまり、目的地に着くまで六十八時間くらいということだろう。もう少し他に言葉が欲しいところなのだが。

「なるほど、万全ということですね。変なイレギュラーがなければ、の話ですが」

 その視線が俺の手元のソレに向く。確かにその通りだ。

 コイツは、Zeusはまだ扱い切れていない。余計な手間を食って計画がおじゃんになってしまうようなことだけは避けていきたい。

「ザンカ、お前の方はどうなんだ?」

 両腕いっぱいのソレを器用に操作している様はなかなかその用途を知らないものが見たならば滑稽に写るのでは。こうしているうちにも、ザンカの目の前にはデータのかたまりのようなものがビュンビュンと宙を舞っている。

「少なくとも不備はないですよ。今のところ偽装の情報も弾いていますからね。ルートの最適化は任せてください。七十九回くらいなら間違えてもカバーできます」

 ニヤリと言われてしまった。おそらくそのいかにも適当そうな数値も今のところ誤差なく真面目に答えてくれたのだろう。心強いばかりだ。いつも肝心なところ、ここぞというところでしくじるが、今回は信じておこう。

 依然として、モニターには漆黒の風景が延々と写されている。眺めていたってさほど代わり映えはなさそうだ。杞憂になっていても仕方ない。

「栄養補給」

 そういってズーカイが徐に手元のソレを口に運ぶ。

 丸くて緑でモッサモサしているソレ。見た目だけでその食感を把握できる。

 名前は品種によっていちいち違うためよく分からないが、コケであるということだけは間違いないだろう。

「ゼクラさんもどうですか」

 こっちに視線を向けてきた。必要最小限の言葉で締める。

 ズーカイの言いたいことは分かる。

 そんなに不安を覚えていたってしょうがない。黙っていたって本番の時は訪れるのだから、せめて体調管理くらいはしっかりしておけ、と。こういうことなのだろう。

 腹が減っては戦はできぬと古代の人類も言っていたらしいしな。

 とはいえ、流石の俺もソレを口に運ぶ気はしない。高い栄養価があることは分かっているのだが、いかんせん見た目が食べる物に見えない。

 何度か食べたこともあったが、軽い甘みと、しっとりとした苦みが奇妙にマッチしていて、そこに青臭さも混じってくるものだから、常食する気にはなれない。

 ズーカイもそれを分かっているのか、別にコケを俺に差し出そうとはせず、腰に装備していた補給バッグからレーションを取り出してきた。こういうところを見ると、お前、意外と食いしん坊だよな。どうか酒だけはあまり呑んでくれるなよ。

「まあ、ありがたくもらうよ」

 一先ずレーションを受け取り、開封する。中から出てきたのは黄緑色した四角い固形の物体だった。間違い無く原材料はあのコケだ。加工されている分、あれよりかは大分マシだが、なんとも癖の強い味であることには変わりない。

 ズーカイに言わせてみれば、生の食材の方が良いらしいが、同意しかねる。

 そんな緑のビスケットを囓りつつも、船内を見回す。

「ところで、アイツらはどうしてるんだ? まだスリープしているのか?」

「前の任務の時に回収したスクラップをまた色々と弄くってるみたいですよ。毎度毎度よくもまあ飽きないもんですよね、まったく」

 かなりの数があったのは記憶している。それこそ船室を圧迫する程度には。

 処分してもいいようなガラクタもアイツらなら上手いこと再利用してしまうから不思議なものだ。そういうところからおこぼれいただいている俺からすると、何も文句は言えない。

「おぉいズーカイ。目標まで後どんくらいだ? もう着いちまったか? へっへ」

 噂をすれば影という奴だろうか。愉快そうに笑いながらソイツが操舵室に現れる。

「流石にまだ早いですよ、ジニアさん」

「そうか。ならもう少しくらいは休めそうだな」

 ふわぁあ、と大きく欠伸する。

 この緊張感を裂くようなのんきな男、ジニアはいつもこうマイペースだ。とはいえ、いざというときには一番頼りになる。こいつの作った発明品にはかなり助けられているし、Zeusの基本構築の殆どもジニアのおかげで完成したところはある。

「なら、私も少々、休ませてもらおう、カ」

 雑音に近い声が後ろから続く。そういえば一緒だったか。

「ジニアさんにあわせて寝坊しないでくださいよ、ゾッカさん」

「ハッハ、分かっている、サ」

 そう言いながら、ゾッカはガリゴリと頭を掻いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る